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~幕間~ ある志願兵との再会 

 結局、その日は模擬戦三昧だった。

 瑠希乃と荒城を呼び出し、東京湾上でひたすら烈空の機体の動作確認。乗り慣れたイーグルと全く異なる挙動に慣れた頃には、陽は傾きかけていた。

 作戦開始は明朝。それまでは休息できる。

 俺は二人と別れ、帰路につこうと基地外周を歩いていたのだが……


「やあやあ、大澄君」

 大きく右手を掲げ、悠揚迫らざる態度でこちらに近づく男。

 何で俺の名前を知っているんだろうか。警戒を強めながら俺は身構える。

 アメリカ海兵隊を連想させるサンドイエローの迷彩服。広い鍔の戦闘用ヘルメットの側面には、ご丁寧にUSAの白いマーキングが記されている。

 どう見てもアライド軍属の人間だ。しかし、生憎、俺に陸戦部隊の知り合いはいない。


「ん? 分からないか?」

 立ち止まっていたら、男が近づいてくる。そして、ヘルメットの鍔をぐっと持ち上げた。


「あ、井上さん!」

 それは、いつも登校途中のコンビニで出会う顔見知り、サラリーマンの井上だった。

 こちらの世界に流されてからずっと無人の会社に通うだけの毎日。しかし、その格好は……


「何でこんな場所に……しかもコスプレっすか」

「違うよ!」

 とうとうコスプレ趣味に目覚めたのかと思ったら声を上げて否定する井上。


「私も戦おうと思ったんだ」

 得意げな顔で背中に吊っていた小銃を手に取る。

 米軍海兵隊仕様のM4カービンはピカピカに輝いていた。呆気にとられたまま見上げる俺。


「こちらに来る前にプレイしていたFPSのアカウントがあってね。志願する事にしたんだ」

 井上は白い歯を見せ、営業経験者らしい爽やかな笑みを作る。


「志願って……」

解放軍アライドだよ。君も空で頑張ってるからね。私も世界を変える為、こうしちゃいられないと思ったのさ」

 得意げに言ってのけるが、俺の方は開いた口が塞がらない。


「こう見えてもFPSは得意だったんだ」

 井上はそう言いながら、銃を構えて遠くに狙いを定める素振りをして見せる。


「一歩間違えれば死ぬんだぞ! 陸上部隊はアンネームドと生身でやりあうんだ。歩兵プレイヤーの死亡率をアンタは知ってるのか?」

「知ってるさ。だから、航空支援を頼んだ時はすぐにかけつけてくれよ!」

 俺は叫び声をぶつけるのだが、井上は親指を突き上げてサムズアップのポーズを取る。

 なんというお気楽さ。


「このバカ……」

 俺は拳をぐっと握り締めるだけ。彼に言い返す言葉はどうしても見つからなかった。

 しかし……井上がどんな気持ちでここまでやってきたのかだけはわかる。

 恐らくは、俺がHFで空戦をしてると聞いて、いても経ってもいられなくなったのだろう。

 最前線で戦い続けるプレイヤーは減る一方だという。

 対峙したアンネームドの恐怖に勝てず、自ら身を退いた者。奴らに消滅させられた者。

 華々しく散った。英雄的行為。彼らの死を無駄にするな。

 人が一人死ぬ事実をそんな美談で片づけてしまう日常。

 死んでいった者達は、元の世界でごく普通の人生を送っていた。死と常に隣り合わせの生き方をしていた人など皆無だったはずだ。

 それが、こんなふざけた世界に流れ着いてしまったために、得体の知れない敵と殺し合いをさせられている。これほど馬鹿らしい死に方があるだろうか。


「本当、感謝だな」

 新たな情報を配信し続ける有志は多くいるが、彼らが俺達をどう報道しているかはあまり知らない。最近は作戦が続き、そういった退屈しのぎに触れる時間も失われつつあった。

 だが、井上のように触発され解放軍アライドの兵士として加わってくれた者達もいる。


「?」

 どうも天然なのか、本当に何も考えていないのか井上は首を傾げる。

 一回りも年上の筈なのに、俺はそんな彼を見て笑ってしまった。


「俺達は上空から脅威を掃除するだけ。その場に降り立つ事はできないし、助ける事も出来ないんだからな」

「分かってる」

「いや、分かってないよ。俺達が全滅したら、もう敵を妨げる壁はアンタらしかいないんだぞ」

「そうなったら我々が君達の分も戦うさ」

「井上さん……!」

 思わず腕を掴んでいた。それでも井上は年上らしい達観した優しい笑顔で俺を見ている。

 俺は所詮、高校生だ。ガキ扱いされるのは嫌いだけど、多分井上や北条、そして長束みたいな大人たちからしたらやっぱりガキなんだろう。それがたまらずに悔しい。


「大澄君……君は勝ってくれ。それで、どうしてもダメな時は私達に任せて欲しい」

 どうしてもダメな時――それがどういう意味かも、井上は多分知ってる。

 もし、俺達が全滅したら……あとは陸上戦力で対応するしかない。

 しかし、敵アンネームドには戦闘機型もたくさんいるし、対空兵器だけでは絶対に防ぎきれないと思う。実際の戦争と同じように、空の相手に地上からでは手も足も出ないのだ。

 陸戦部隊という聞こえはいい。

 でも、空軍の援護無しの彼らは捨て駒同然で、市民が逃げるまでの時間稼ぎにしかなれない事を意味する。それを承知で、彼らは最後まで戦い続けるのだ。

 井上、そして彼らの覚悟に報いるためにも、明日の作戦は是が非でも成功させなければ。


「ああ。全力を尽くす。陸戦部隊はやらせない。アトラスは俺が落とす」

 そんな決意が、弱気な心から夢想めいた大口を叩かせる。

 気休めかもしれない。しかし、井上は俺の肩を労うように叩いて微笑をうかべた。


「その意気だよ、大澄君。アンネームドを蹴散らしてやろう」

 そう言って俺達は一緒に顔を上げる。

 すっかり宵闇が広がった紫色の空には、気の早い星たちが瞬き始めていた。





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