2章 ミーティング
髙橋さんは二回、手を鳴らした。
それと同時に、ぴたり、と会話がやんだ。
「ミーティングします!」
「はい!」
気をつけ、礼!
お願いします!
「出欠とります」
フルート——あっこが病院で遅刻です。
オーボエファゴット——います。
クラ——宮下が体調不良で欠席です。
「サックス」
……しーん。
「あっ、サックス?——1人いません」
なぜか違和感を感じたが、なぜかは分からない。
そのまま出欠確認は続いた。
出欠確認が終わると、髙橋さんが話し始めた。
「えっとまず、昨日のことについてお話ししようと思います。もしかしたら、もう知っている人もいるかと思いますが……昨日、さきちゃんが……うちかわさきさんが、人身事故に遭って……今、意識不明の重体です」
その場の空気が凍りついた。
さっきの女の人……千尋さんが叫んだ。
「——嘘、嘘でしょ⁉︎絶対嘘!だって——」
「千尋、落ち着いてよ……。僕は、さきちゃんが人身事故に遭った時、その場にいたんだ。間違い、ないんだ。みんな、信じたくないよ、そんなこと……」
髙橋さんがそれを遮る。
「でも……」
「言いたいことはわかるよ。ものすごく。でも、事実なんだ」
「凛……」
その場に沈黙が流れた。
沈黙を破ったのは、髙橋さんだった。
「えっと、今日の予定は——」
それ以降の話は、何故か全く頭に入らなかった。
入ったのは、この言葉だけ。
「——あと、ミーティング終わったら千尋はこっちに来てください」
「はい」
「ミーティング終わります。気をつけ、礼」
「ありがとうございました」
その部屋から誰もいなくなると、髙橋さんは私を見て手招きした。そして髙橋さんが「おいで」と小声で言ったような、そんな気がした。私はおずおずと近づいていった。
髙橋さんと千尋さんが私を待っていた。いや、千尋さんは待っていたというよりかは、何を言っているのか分からないぐらい、半ば叫ぶようにして話していたというか……。
私が近くに行くと、髙橋さんはそんな千尋さんの言葉を静かに遮って言った。
「千尋の言いたいことは分かるよ。だから、3人で話そう」
千尋さんは髙橋さんを睨みつけるかのように見た。
「——凛にも見えるんでしょ、さきちゃんのこと……」
「見えるよ。さっき、さきちゃんと話していたんだ」
「そうだったんだ。暗くてさきちゃんのことはよく見えなかったよ」
……全く話が読めないのだが、どういうことなのだろうか?
「あの……一体、何があったのですか?」
「そうだね、さっきの話の続きから話そうか。僕は髙橋凛。ファゴット担当なんだ。そして、彼女は中野千尋。トロンボーン担当なんだ」
「——待って、なんでそんな話からしなきゃいけないわけ?」
中野さんが不思議そうに、そして慌てたように問う。
「さきちゃんは……記憶を、失ってるんだよ。だから、全部説明してた」
「……嘘」
中野さんが呆然としている中、髙橋さんは話し続けた。
「君の名前は、内川咲希。バリトンサックス担当だよ」
「そうだったんですか……」
私はそう言うのがやっとだった。
(私の名前は、内川咲希……)
中野さんは私のことをじっと見て、聞き取れるかどうか、ぎりぎりの声で呟いた。
「本当に……覚えてないんだね。……うちらのことも、何もかも……何も覚えてないなんて……」
「千尋……」
その時だった。
「凛!」
眼鏡をかけていて、少し背が低めの女の人が、突然部屋に入ってきたのは。




