88.飛ばす声と呼び出し
走っていったエスタはその日は帰ってこなかった。
帰ってこないといってもどうやら兄弟達の部屋に転がり込んでいるようなので心配は無い。
大好きなエスタが久しぶりに近くで寝ていることにテンション上がったペペルから過剰なスキンシップを受け、エスタの悲鳴が聞こえてきた。楽しくやっているようでなにより。
俺はフィーナと一緒に寝た。横になった俺の背中にフィーナがぴったりと腹を当てる形で横になるという実に満足度の高いスタイルでの就寝。フィーナは悩んでいるのに、俺のテンションはうなぎ登りである。ペペルを笑えない。
朝飯を食べ終わる頃に馬車が来なかったら基本的に呼び出しはほぼ無いので、どうやら今日はフリーのようだ。
どうしようかねぇ……どうやらフィーナはサレアさんが見つけてきた籠を編む内職を手伝うようだから家の中で寝てるか?
なんて考えてたら、エスタがなんてことは無いふうを装いながら兄弟の部屋から出てきて俺の方に歩いてきた。
『よう、おはよう』
『お、おはようございます。今日は呼び出しは無いんですね』
目が泳いでいるが触れないでおこう。
『そうだな。暇だから寝てようかと思ってたところだ……ああ、そういやババ様や調子悪い人の様子を見に行くのもいいなぁ。最近やってないから』
『いいですね。お供しますよ』
『つー訳でババ様、回復しに行くけど、大丈夫~?』
『ああ、助かる』
ババ様に声をかけるとすぐにリィザがドアを開けてくれた。
「や~、アルス、エスタ」
なんだか俺たちを見てニヤニヤしてるのが不気味だったが、スルーして中に入る。
ババ様は壁際に座布団を置いて座り、乾かした草を広げていた。中にはリィザとババ様だけだった。
『どうしたのこれ?』
『街の中とはいえ、川や農地もあるでな。薬草として使えるものは生えているものだ。リィザに取ってこさせて、選別しておるのよ』
なるほどなぁ。リィザが最近あちこちウロウロしてると思ったらそういうことか。
『これも修行の一環?』
『まあ、そうじゃな。最近は随分と熱心に学んでおるよ』
『どんな心境の変化だ……?』
『いやぁ、アルスとエスタがどんな話をしてるのか凄く興味が湧いてさぁ』
いきなりリィザから声が飛んできた。
『うおっ! お前、声飛ばせるようになったのか!?』
『前から練習はしてたんだよ。声がしっかりと聞こえるようになったのはここ最近でね』
『ふ~ん、まあ、ババ様の跡継ぎなんだし、これぐらいはできないと駄目だろうしなぁ』
『まあねぇ~、ふふ、アルスと会話するのって新鮮で面白い!』
リィザはご機嫌である。
『あ、あ、あの、私たちの会話に興味って……?』
エスタが声がガクガク震えさせながらリィザに問いかけた。
『ババ様がたま~に、アルスとエスタがこんなこと大声で話してるって聞かせてくれるからさ、自分でも聞いてみたくなって』
出歯亀根性で習得か。ババ様はこれを狙って話したのかねぇ……勉強へのモチベーションの上げ方としては、あり、か?
『じゃあ、昨日……』
『アルスさんがいなくなったら、私、どうしたらいいんですか?』
リィザが芝居がかったポーズでエスタのセリフを諳んじた。
エスタがうめき声をあげて倒れた。
『おい、リィザ。エスタをあんまり虐めるなよ』
『ゴメンゴメン。機嫌直してよ、エスタ』
リィザがしゃがみ込んで、倒れたままのエスタを撫で始めた。
『んー、アルスって想像してよりも冷静で格好いい感じだね。あんなにフィーナにじゃれついてた子犬がこんなになるって面白いわ』
冷静で格好いいって? いやぁ、照れるなぁ……
『尻尾振っちゃって……』
エスタがボソリと声を飛ばしてきた。え、尻尾動いてた?
「くっくっく」
不機嫌そうなエスタの声が面白かったのか、リィザがエスタをつついてイジりだした。
エスタはされるがままである。
『体の具合を良くしに来てくれたんではなかったのか?』
会話に置いて行かれていたババ様がなぜか愉快そうに声を飛ばしてきた。
俺はココ村の人限定で、定期的に調子の悪そうな人を回復して回っている。
村を出てから俺が妙な力を持っている事を隠すこともできなくなったので、せっかくだからと移動中に調子が悪そうな人をガンガン治して回っていたら習慣になった感じだ。
倒れて動けなくなる人が増えたりしたら、大変だしね。
最近はあんまり頼りにされても困るから、適当に回って死ぬほど調子が悪そうな人をちょいと魔力を伸ばして回復している。
穴だらけの体を治したり、吹っ飛んだ手をくっつけたりするのに比べたら、村の人たちを回復するのは全然疲れないしね。
さて、こんなもんかな。
ココ村の人達の家をぐるっと巡ると、そろそろ昼飯かという時間になってきていた。
今日の飯は何かな……と、フィーナの家に向かっていると、不意に大きめの声が飛んできた。
『アルス、話がある。顔を貸せ』
この声……
『マクルシオン様ですね』
『行きたくないなぁ』
ため息をつきつつ、小声で話す。
とはいえ、シカトもできない。
やれやれ……
『どこに伺えばいいでしょうか?』
『使われていない農地の端だ。近くまで来ればわかるだろう』
『承知しました』
「ウオォーーン」
標的を囲むぞ、と兄弟達に呼びかける。
『ちょっとちょっと! アルスさん、なんでそんなに喧嘩腰なんですか!』
『念の為ね』
『もう……!』
「オゥーン」
エスタが吠えた。攻撃するな、という意思を感じる。包囲するだけだぞ! と念を押された形だ。
『手慣れてきたなぁ』
『おかげ様で。いきましょう』
「随分なご挨拶ではないか」
『なんの事でしょう?』
マクルシオンはやや恐怖の匂いを滲ませて視線を泳がせていた。
マクルシオンは指定してきた通り、疎開してきた人たちが住む区画の外れにある荒れた農地に端に立つ1本の木の側にいた。お供の魔法使いシクシリスも一緒だ。
その2人を兄弟たちはノリノリで包囲している。久しぶりの荒事っぽい行動だからなぁ。3メートルほどの距離で特に気配も姿も隠してないからプレッシャーも凄かろう。
「……この犬たちは、お前が言っていた兄弟たちか?」
『そうです。日本人ではありませんが。それで、御用というのは?』
「その前にお前の兄弟たちを下がらせよ! こんな状態では話しもできん!」
えー? どうしようかなぁ……前はいきなり殴りかかられたしなぁ。
ん? あれ? この気配、この匂いは!?
ばっと振り向くとフィーナとリィザがこっちに走ってくるのが見えた。
くそ、リィザが飛んできた声を聞いたのか!? いきなり余計なことしやがって!
「ピノン! パプル! プロア! ペペル! ポポラ! こっちに来て。良い子にしてましょう?」
フィーナが一声かけると兄弟たちがさっとフィーナの後ろに移動していった。
「……ほう、大したものだ」
「失礼しました。マクルシオン様」
フィーナが跪くと、兄弟たちもそれを真似て一斉に伏せた。リィザはそれを見て慌てて跪いた。
「よい。よく来てくれた」
マクルシオンがやたら満足そうにしているのがムカつく。こいつ偉そうなんだよな。
「今日はお前たちに力を貸してもらいたい」
ニヤリ、とマクルシオンが笑う。
「日本人の間者を捕まえるのだ」




