87.お誘いと決断
領主はさほど食い下がらず、色よい返事を期待している、とだけ言って帰してくれた。
『その内こういう事言われるって思ってました?』
『まあね。日本人が前に出てきたら普通の人間ではどうにもならないだろうからなぁ』
帰りの馬車の中でエスタがぽつりと声を飛ばしてきた。
『ミリルフィア、祝福者ってキルグフィッツに何人いるんだ?』
俺に話を振られたミリルフィアが嫌な顔をした。なんだよ、睨むなよ。
『……これ、機密情報ですから、他所で喋らないでくださいね? 5人です』
『少なっ! それってマクルシオンも入れて?』
『入れて、です』
『ダルクストみたいなのが3人ほど組んだら日本人が前線に出てきてもなんとかなると思ったんだが』
ミリルフィアがため息をついた。
『ダルクスト様と同じぐらい強い方といえばあと1人しか居ません。でもその方は国王様の警護をしておられます。前線で戦われることはないんです』
『えぇ……キルグフィッツ、やばいんじゃない?』
『だから助けて欲しいってお願いしたんじゃないですか……』
確かになぁ。
『ねぇ、アルス君的には士官の話ってどうなんです? フィーナちゃんを守る事に繋がると思うんですけど』
『まぁ……な』
正直、オーグラド、というか同盟はどうにかしないと落ち着かない。戦うことに戸惑いは無いのだが……
『ミリルフィア様、実は気になっている事があるんですが、お聞きしてもいいですか?』
『エスタちゃんどうしたの?』
『最近、日本人が前線に姿を見せる頻度が下がっていたりしませんか?』
『え……い、言われてみれば前ほど日本人が暴れたって報告は聞かないです……なにか心当たりが?』
『なんだよエスタ。軍師か?』
『茶化さないで下さいよ。日本人として、同盟の日本人を想像してみただけです』
『ん?』
『……戦争はとても危険なことだ、と実感したんじゃないでしょうか』
んん? こいつは何を言ってるんだ?
『そりゃ戦争は危険なものだろ?』
『そうなんですけど、今までは結構楽勝ムードだったんじゃないですか? 人間には負けないですし、キョーコさんが言うには戦い方にも気を遣ってるみたいでした』
『そこにアルス君が現れた?』
『そうです』
『え、俺?』
どういうこと?
『言われるがままに能力を使えばいい。危なくないように配慮もされている。それなら、日本にも帰りたいから協力しよう、ってなると思うんですが』
エスタが俺をじっと見つめてきた。
『自分たち以上の能力を持った敵が現れて、襲いかかってくるとしたら? 話し合いも通じない、もう何人も殺されている……命の危険を強く感じると思います』
『人を狂犬みたいに……命乞いされたら殺さないよ? 多分』
『同盟の日本人はアルスさんの事知りませんからそんな風には考えられませんよ』
『なるほど、オーグラドに家族が居たりする訳でもなし、忠誠心がある訳でもないでしょうからねぇ』
『はい、私だったら間違ってもアルスさんと戦いたくありません。死んじゃったら日本に帰れないじゃないですか』
『なるほどアルス君の存在を恐れて日本人が出てきにくくなってる訳ですね』
『そうだと思います。ですが、アルスさんの居場所がバレているとまた日本人が出てくるでしょうけどね』
『あ~、そうですよねぇ』
『キョーコが言ってた風の耳だっけ? あいつらケッセルフに来てるかね?』
『アルスさんはどう思います?』
『多分ケッセルフ内には入りにくいんじゃないかなぁ……透明になれるといっても、連絡する時は動かなきゃならん訳だし、門を頻繁に出入りするのは危険過ぎる。さっきエスタも言ったが、死んじまったら日本に帰れないと思うのは風の耳の奴らも同じだろうし』
『そうですね、日本人が前線に出てこなくなったようですから、まだアルスさんの居場所はバレてないか、伝わってないんだと思います』
だから……とエスタが前置きをした。
『領主様がおっしゃるほど、差し迫ってないと思うんですよ。だから、士官については考える時間はあると思います』
おお、つまりそれが言いたかったのか。
『なるほど、それは良いこと聞いた』
ミリルフィアはあちゃあ、と痛そうな顔をした。
『エスタちゃん、頭いいのねぇ』
『頭が良いって言われる程の話じゃないですよ。ちょっと想像しただけで……こんな話したのは意外ですか?』
『エスタちゃんはアルス君の3歩後ろをついていってる感じで、あんまり前に出て話さないからビックリしたわ』
『3歩後ろ……』
なんかエスタが照れていた。
ココ村の住居に着くと、フィーナに今日の給料を渡してミリルフィアはすぐに帰っていった。今日はあんなちょっとしか話してないのに給料くれるとは太っ腹だな。
フィーナは馬車の中からずっと考え込んでいるようだったが、馬車を見送るとサレアさんに戻ったと顔を見せた後、洗濯をし始めた。
俺はフィーナとサレアさんが住む部屋の窓の真下の定位置に寝っ転がり、フィーナを見守る。エスタも定位置の俺の隣で丸まった。
フィーナはいつものように振舞っているが、気もそぞろで洗濯に身が入っていないように見えるな……。
俺を戦場に向かわせるのは申し訳ない、と考えているのだろうか。
それとも怪我をさせたくない? 死んだり、捕まったりって可能性も考えられるから、いなくなって欲しくない、とか……。
その不安要素に、戦争に手を貸さなかったことで発生する損害に対する罪悪感がのっかってきたりもするかな。
飼い主の責任、みたいに以前言ったが、こんな判断を、責任をフィーナに負わせていいのか? 自分の判断で自国民が助かったり、敵の兵士が死ぬってことは普通に暮らしてきた女の子にとって重すぎるんじゃないのか?
ここは、俺が勝手にやった、みたいな形にした方がいいんじゃないのか?
フィーナの護衛はエスタと兄弟達が張り付いていれば、余程の事が無い限り大丈夫のはずだ。
ここはやはり……
『勝手に出て行ったら、凄く悲しむと思いますよ』
『エスパーかよ』
『それぐらいわかりますよ』
エスタが片目を開けて俺を見ていた。
『アルスさんせっかちですからねぇ……フィーナが辛い思いをすることは無い! 俺がパパッと片付けてきてやる! みたいに考えてたでしょう?』
『まあ、大体そんな感じだが』
『やっぱり』
『軍師エスタはどうするべきだと思う?』
『軍師はやめてくださいよ! もう……』
エスタがふと、目を伏せた。
『行かないで欲しいです』
『随分と直球だな』
『私もフィーナちゃんと同じですよ。アルスさんって戦う度にボロボロになりますし、なにかの拍子に死んじゃいそうなんですもん』
『そうならないように頑張ってはいるぞ』
『……アルスさんがいなくなったら、私、どうしたらいいんですか?』
いきなりどうした? 随分と真面目なトーンの声だ。エスタの方を伺うと、プイと顔を逸らされた。
『どうしたらって、お前……』
『あ、あ! やっぱりいいです! 今のは忘れてください! 大丈夫ですフィーナちゃんは守りますから、ええ!』
『いや、俺は』
『あー! あーーー!! 聞こえないーー!』
『聞こえとるぞ。もっと遠くでやらんか』
不意にババ様の声が後ろの建物から飛んできた。
それを聞くやいなや、エスタが悲鳴をあげて走り去っていった。




