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86.噂話

「今日も誰か来てるねぇ」

 リィザが洗濯しながらフィーナに語りかけた。

「そうだね……」

 フィーナは歯切れが悪い。


 ココ村の住居に頻繁に見知らぬ人たちが様子を伺いにくるようになった。

 今も建物の影からこそこそ伺っている。

 

 なにを伺っているか、といえば俺たちだ。


 城で聞いたんだが、アッセンでオーグラド軍を撃退したのはアルスという黒い犬だと、なんと、正直に発表したらしい。

 それで精霊の化身だ、守護獣だなんだと、あろうことかフィーナ、エスタと一緒に宣伝してくれた。

 街の人たちは領主からのその発表を驚愕と共に受け止め、様々な憶測、流言飛語を含みつつも、勝ったという事に湧いたらしい。


 あっという間に国境に接するほぼ全ての領地を取られてしまって、国内の士気の下がり方が深刻だったので、事実でもあるし、目覚ましい活躍を利用させてもらった、と領主の弁。


 あの領主、バカじゃないの?


 まあ、貴族達の前で俺がアッセンでの事を話した上で、大勢の前でこの国1番の騎士を倒してしまったので、リーディン辺りが大活躍したって嘘ついてもいずれバレると思ったのかもしれんが……大迷惑である!

 いつかミリルフィアが言っていたが黒い犬なんて街に存在しないらしいので、俺の所在がバレるのは一瞬だった。 

 あれが、アッセンで活躍したという犬か? 堕ちた獣じゃないの……? みたいなことだろう。

 特に近づいてこないけど、警戒、恐怖心が解けるのも時間の問題だ。


 なんせペペルを始めとした兄弟たちが村の子供と毎日のように遊んでるからな……そりゃあもう楽しそうに。

 

 街の中で獣や兵士に襲われる心配がないので神経を尖らす必要がなく、狩りをする必要もないので、兄弟たちはやることがない。

 兄弟たちには色々と世話になった。ココ村を出てからケッセルフに着くまで、兄弟たちがいなかったらこんなにスムーズに行かなかっただろう。

 俺が安心して別行動をとれたのも信用できる兄弟たちの存在が大きい。

 なので、楽しみにしているらしい子供とのじゃれ合いを止めるのは心苦しい……。


 面倒は御免だというのに、面倒なことになりそうな予感だ。

 

「この前、買い物に市場に行った時に出身を聞かれたから、ココ村だって答えたらさ。フィーナって女の子知ってる? って聞かれちゃった」

 リィザがネタを披露するかのように、ニヤリと笑いながらフィーナを横目で見た。

「私も聞かれたことあるよ~」

 フィーナをリィザち挟んで一緒に洗濯をしていたタルサも、そうそう思いだした、と乗っかってきた。

「私もこの前フィーナってどんな子って聞かれたよ」

 フィーナがさらに被せると、一瞬の間の後、3人が爆笑し始めた。


『あれ、フィーナはあんまり気にしてないのかな?』

『有名になる事について、あまりイメージが無いのかもしれませんね……あ、ミリルフィアさんの馬車が来ましたね』

『今日は来たのか。予定とか知らせずに用がある時だけ来るんだもんなぁ……まったく』

『日本人からすると凄く適当なスケジュール感ですよねぇ』

 



「フィーナ、不便はないかね?」

「お気遣いありがとうございます。少々街が騒がしい以外は変わりはありません」

 馬車にフィーナと俺、エスタが押し込まれ、城に連れてこられてみると、以前使った会議室で領主とロクトミリオンが待っていた。

「そうか……今日はアルスに頼みを聞いて貰う為に来てもらった」

「はい」

 随分急だなぁ。おい。

「彼にケッセルフに士官して欲しい」

 はぁ?

「士官、といいますと?」

「我々と一緒にオーグラドから国を守って欲しい、ということだ」

「……」

 まあ、その内言われるとは思ってたけどな……

「アルスに戦えというんですか?」

 フィーナも色々と想像していたのか、あまり驚かない。

「そうだ。アルスの力がどうしても必要だ。このままではケッセルフが攻め落とされるのは時間の問題かもしれんのだ」

「え……!?」

 ケッセルフが落ちる? 随分平和そうに見えるけど?

『俺が捕まえた人質は使えなかったのか?』

 俺が質問すると、ロクトミリオンが白く長い眉毛を悲しげに垂らした。

「オーグラド軍の指揮官の捕虜の扱いについて、オーグラドに打診をしたよ。少なくとも交渉中なら攻撃はされない。停戦状態にできるとね」

 領主が急に話を変えたロクトミリオンを不審げに見たが、俺と話しているのをすぐに察したらしい。

「オーグラドはお構い無しに攻撃を仕掛けてきている。アッセンは増援のかいあってまだ無事だが、これ以上兵を送ればケッセルフの守りが薄くなり過ぎる」

『こっちで日本に帰る研究を始めたって噂はオーグラドの方に流したのか?』

『残念ながらさした効果は見られないらしい。わざわざ研究が遅れてる方につく理由も無いからのう』

 まあ、確かにそうだけどさ……待遇の良さをアピールするとかなんとかならんかな……。


「自分の住む土地が奪われる……これは他人事ではないだろう? 国、などという表現は止そう。家族や友達を守る為に力を貸してくれ」

 く……そんな風に言われたらフィーナは、はいって言うしか無いじゃねぇか……!



「少し、考えさせて頂けませんか?」

 だが、予想に反してフィーナは苦しそうにそう切り出した。

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