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【ロクトミリオン】恐るべき犬

 こんなにも知的好奇心を刺激されたのは何十年ぶりであろうか。

 日本人という存在がわしの枯れかけた人生に色彩を取り戻してくれた。


『こんなもん?』

「素晴らしい! 本当に意識せずにやっているのだね?」

『うん、OKとピースを繰り返してるだけだし』


 特にアルスは会う度、話す度に驚きと発見、閃きを与えてくれる。

 

「魔力を体外に固定できるだけでも奇跡のような事であるのに、指のように自由に動かせるとは……」


 アルスの背中から立ち上った魔力は木の枝のように捻じれてわしの方へと伸び上がり、人間のものとよく似た5本の指を形成していた。

 その指がうねうねと動き、2本の指だけを立てたり、指で輪を作ったりと自由に動かせる事を知らせてくれている。

 これをどの指を曲げるか、伸ばすかを意識せず、集中せずに行えるらしい。術式が働いているのかと、よくよく調べてみるがその気配は無いし、目視での確認もできない。


「では、これから会話をしよう。その動きを会話中も続けることができるかね?」

『おぉ? 脳が鍛えられそうだな……いいよ』


 アルスはどうやら効率化や技術の応用への思考を好むらしく、わしの研究に長く付き合ってくれるので助かっている。


「ミリルフィア。アルスが何か動揺するような話しをしてごらん」

「え。う~ん……でき、ますけど……はい、やります」


 作業台でわしとアルスの会話を書き留めていたミリルフィアに実験への協力を仰ぐ。

 魔力の変化があった場合、わしが確認するしかないのだから、わしが経過を書き留めるべきだろう。


「アルス君、最近フィーナちゃんの様子がおかしくない?」

『……いつも通りだけど?』


 動揺させてくるとわかっているので、アルスは硬い声で応じる。魔力に変化は無い。指は動き続けている。


「そうなの? 昨日、ある貴族様に妾にならないかって誘われてたんだけど」

『なんだとコラァ!!!』


 魔力が乱れた。だが、腕のような形を失うも、大きく広がり、アルスの体の周囲を渦巻き循環している。なんと興味深い。意識と同調している証左となろう。

 ミリルフィアが、中止を求めるようにこちらに視線を寄越すが、首を振って先を促した。


「怒らないでよ~。平民にとっては夢のような話なんだよ? 私の母さんもその口だし」

『そんなん知るか! どこのどいつだ俺のフィーナに穢らわしい口きいた野郎は!? 二度とその口きけなくしてやる!』


 さらに魔力が乱れた。波打つ魔力はさらに広がり対面のミリルフィアを飲み込もうとしている。

 渦巻く魔力は稀に腕のような形をとることもあるが、明確に腕のように機能はせずすぐに霧散する。時折、稲妻のような現象がアルスの体の周りに見られる。これにもやはり術式が働いている気配はない。


 ミリルフィアが助けを求めるようにこちらを向くが、顎をしゃくって続けさせる。


「すっごく格好良い人だったよ? 支度金代わりだって、綺麗なブローチ貰ってたし、あれは結構脈ありな……ひゃあぁぁ!?」

『そいつの名前を言え。痛い思いをしたくないだろう?』

「痛い痛い! もう痛い思いしてる! お師匠様ぁ!?」


 アルスの魔力は乱れ、まるで洪水のようにアルスから流れ出してきている。この魔力の量だけでも驚嘆するべきものだが、さらに驚くべきは制御を失っているように見えてアルスの意思によって収束し目的を果たす事だ。今もミリルフィアを締め上げている。なんと手加減までしているようなのだ!


「無理無理! お師匠様、もう無理! アルス君、嘘だから! 今の話は全部嘘!」

『本当だろうな?』

 

 おお!? まるで綿のように広がった魔力が吸い付くようにミリルフィアの体の周りに集まり、稲妻を纏って渦巻いている。これはミリルフィアを脅すという意思でやっているようだ。一旦拡散した魔力を再び制御下におくとは! どうやったらそんなことができるのだ!?


「フィーナちゃんが知らない人からブローチ貰ったりする訳ないでしょ!?」

『それもそうだな』 

 

 アルスの魔力が急に霧散した。先程広がっていた魔力とは違いすぐに霧散しきって消えてしまった。なるほど、拡散はしていたが最初から制御下に置かれていたのか? これは魔法影響範囲を広げる手掛かりとなるやもしれぬ!


「良い仕事をしたなミリルフィア」

「こんな事、もう絶対にしませんからね! 死ぬかと思ったんですから!」

「それについては、また状況をみて話し合おうではないか」

「あぁ、もう……」

『嘘をつくにしても、フィーナをネタにしたりするからだ』

「逆にフィーナちゃんの事以外じゃそんなに動揺しないじゃないですかぁ」


 そうなのだ。アルスは非常に飼い主の事を慕っている。犬としては珍しいことではない程度なのだが、人の心としては少々行き過ぎている気がしている。飼い主が冗談の種にされるだけでもこの有様だ。一度だけ、城内で面と向かってフィーナが馬鹿にされたことがあったらしいが、その時はフィーナ本人が縋り付いてアルスを止めていなければ死人が出ていたかもしれなかったとか……。

 妾に、というのは極端だが、実際貴族達の間で、フィーナに取り入り結果としてアルスの力を利用しようという動きがあると聞いている……この調子では話していいものか迷ってしまう。片っ端から貴族に襲いかかりかねない。 


「では、今日はここまでにしよう」

 書き留めた資料や、考えが多くなってきたので、一度纏めておく必要がある。名残惜しいが今日はここまでだ。


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