85.昼飯は旨い
『ねえ、アルス君、さっき同盟に姿を完全に消して潜む能力を持ってる人がいるって言ってましたけど、いつそんな人と会ったんですか?』
ミリルフィアがフォークを優雅に使い、鶏肉を頬張りながら聞いてきた。口に食い物が入っていても飛ばした声は非常にクリアだ。
『最初に会ったのはアッセンを不意打ちしようとしてた奴だな。会ったって言っても本人を確認してないけど、兵士を大勢透明にして隠してたんだ。キョーコも一緒に居たぞ』
あ、この肉旨い。兄弟たちにも食べさせてやりたいなぁ。
『あぁ、風の耳の人たちね。能力を使うと姿だけじゃなくて音も匂いも消えて、じっとしてると本当にわかんないのよ。ちょっとの衝撃でも能力が解けちゃうし、能力を使ってる時はゆっくりとしか動けないみたいだけどね』
『人間は何人ぐらい消せるんだ?』
『20人ぐらいって聞いたわ。能力を使ってる人に触ってると一緒に消えるんだって。あ、人によって消せる人数は変わるかも?』
『ちょ……それ、大変な能力じゃないですか!』
ミリルフィアが眼の色変えて立ち上がった。あぁ、なんか言うこと聞かれることが多くて忠告するの忘れてたわ……ごめん。
『その、風の耳はキルグフィッツの領内にも来ているんですか!?』
『詳しくは知らないけど……』
『来てないわけはないと思うけどなぁ』
「これが聞いた話の中で1番緊急じゃないですか! とりあえず日本人探知魔法が効くかどうか試してみないと! シクシリス、どこいったぁ!」
ミリルフィアが客室から飛び出していった。
……
いや、本当にすまん……でも、探知魔法が効いたかどうかをどうやって判断するんだ?
「緊急……?」
フィーナがポカンとミリルフィアが出て行ったドアを見つめていた。
「ワゥ。ウオゥフ」
俺たちやフィーナが何かする必要はないよ。問題ない。
「大丈夫なの?」
「ワン」
「それならいいんだけど……」
しかし、ミリルフィアが居なくなったから、飛ばした声が聞ける人間がいなくなったな。
昼食を運んできたメイドが2人と案内してくれた兵士が扉の外に1人いるだけだ。
飯を食い終わったらどうしよう、と考えていると、背の低い黒髪のメイドの方がチラチラとキョーコを見ていることに気がついた。悪意は無さそうだがなんだ?……と思ってると、メイドの方からフィーナに話しかけてきた。
「フィーナ様、犬を撫でさせて頂けませんかっ?」
領主さんのお客さんだからやんごとなきお方だと思われてるのか様付けだ。フィーナ様。いい響きだな……
「さ、様は止めてください。みんな、大丈夫?」
フィーナがこっちの具合を聞いてくれたので、3人とも了承の意を込めて軽く吠える。
「撫でてもいいみたいですから、どうぞ」
「お返事するんですね、賢くて羨ましいです!」
お許しが出た途端に、小さいメイドがキョーコの隣にしゃがみ込み背中を撫で始めた。
「ちょっとアンナ……」
もう1人のメイドが相棒のあまりに気安い態度を窘めるように声をかけるが、アンナはキョーコに夢中だ。
「すっごく綺麗で格好いい~……こんにちはアンナだよ?」
『反応に困るわね~』
飯を食べ終わったキョーコは小さい子をあやすように話しかけられて困惑しているようだ。
「申し訳ありませんフィーナ様。アンナ! お客様の前ですよ」
なおもキョーコを撫で続けるアンナをフォローするようにもう1人のメイドがフィーナに頭を下げた。
暗い色の金髪で随分体格が良いが、ちょっと気が弱そうな人だな。
「あの、私は平民ですので、敬称をつけて頂く必要はありませんよ? 犬達のことは気にしないでください」
「そ、そうですか? 申し訳ありません……あの子、犬には目がなくて。お城に勤めてるのも犬の世話ができるからだって言ってるぐらいなんです」
金髪メイドも実は喋りたかったのか、フィーナの柔らかい対応と平民だということがわかって表情を緩めて話しだした。
「そういえばミリルフィア様が犬が沢山いるって以前お話しをされていました。お城で飼っているんですか?」
「はい、領主様が大の犬好きで……」
会議室で妙に領主さんがニコニコしてると思ったら、ただの犬好きだったのか。
「エマも好きな癖に! 撫でてごらんよ、この子の毛、とっても手触りがいいよ!」
マイウェイを突き進む小さいメイド、アンナはずっとキョーコを撫で回している。
キョーコはゴロンと横になってされるがままだ。犬好きのアンナの指捌きはなかなかのものなのか、気持ちよさそうにしている。
「……」
確かに金髪のエマも撫でたそうにしてる気がする。チラチラとキョーコを見たり、エスタを見たりしてる。
そこにエスタが気を利かせて、エマの足元まで行って腹を向けて横になった。
「あ……その」
「大丈夫ですよ。優しい子ですし」
戸惑うエマにフォーナが促すと、しゃがみ込んで恐る恐るエスタを撫で始めた。
「可愛い……」
撫でて囁きかけると、エスタがクンクン鳴いて返事するのが面白いのか、エマはすぐに笑顔になった。
ふっと気が向いたので、俺もエマに近づいてみる。
ギョッと驚かれ、身を固くして警戒されてしまった。
…………
……いや、俺はフィーナ一筋だからね。別にメイドになんと思われようと関係ないからね。
引き返してフィーナの足元で丸くなる。
あぁ、フィーナとくっついていると癒やされるなぁ!
『拗ねてる拗ねてる』
『くすくす』
やかましい。
いわれのない中傷を受けておれが憤慨していると、フィーナが笑いながら俺を撫でてくれた。
嬉しいけど、拗ねてないからね?
俺たちを撫で回して雑談に興じていると、自然と身の上話になった。犬を撫で回す関係上、フィーナとメイドは床に座り込んで車座になっている。
「じゃあ、ココ村から避難してきたんですね。大変だったでしょう? オーグラド兵があちこち出るって聞きますし」
「はい、怖かったです。でもアルス達が守ってくれましたから、危ない思いはしなくて済みました」
「守ってくれたってことは、この子達って訓練されてるんですか?」
アンナがキョーコの右手の肉球を揉んでいる。さっきから見ているが実に手慣れた構いっぷりだ。
「えぇっと……」
「ワフ」
話していいのかなぁ、といった雰囲気でフィーナが考えこんだので、いいんじゃない? と促してみた。
大勢の兵士やら貴族やらの前で全力で戦ったしね。
「アルス達はとっても不思議な力を使えるんです。兵隊さんが何人来ても敵わないんですよ」
「えぇ~?」
冗談だと思っているのか、アンナがケラケラと笑い出した。ふむ……
『アルスさん、あんまり凄いことしちゃ駄目ですよ?』
『わかってる』
ひょいと魔力でテーブルの上のフォークを持ち上げ、余り物の肉に突き刺し、俺の口元まで運んできて食べてみた。
うむ、旨い。
「……」
「……」
メイド二人が空中浮遊したフォークと肉を見てピタリと停止した。
あれ、凄くマイルドにやったのに結構恐怖の匂いがメイド2人から漂ってくるな。
「……それ、その子がやったんですか?」
金髪のエマが恐る恐る聞いてきた。
「はい、そうです。怖がらなくても大丈夫ですよ。アルスは優しい子ですから」
「魔法を使ってるんですかね~?」
アンナは若干興味が出てきたらしく、前のめりになって浮いたままのフォークを突きだした。もちろん、俺の魔力で捧げ持っているフォークはピクリとも動かない。
「偉い魔法使い様が、アルス達の力について難しいお話しをされていましたけど、よく、わからなくて……」
「あぁ! ロクトミリオン様ね! お爺ちゃんなのにすっごく沢山話しますよねぇ。私、いつもお話しの半分もわからないんですよ」
「あなたが聞き流してるだけでしょ? もう……」
「へへ~、でも確かに魔法みたいなことができる犬を3匹も飼ってたら、外でも安心ですよねぇ」
「実は家にお留守番してるアルスのお兄さん達が5匹いるんです。あとキョーコちゃんはべつに飼ってる訳では……」
「あと5匹も!? それは本当に安心ですね……」
「凄い犬好きなんですねぇ! 流石は領主様のお客様です」
変な納得のされ方をしてしまった。
む、誰か廊下を歩いてくるな……ミリルフィアか? そっとフォークをテーブルに戻した。
「すいません、お食事の途中で……おっと、随分と打ち解けてますね」
やっぱりミリルフィアだった。車座になって床に座っているフィーナとメイドと、それに撫でられている俺たちを見て嬉しそうに目を細めた。
ミリルフィアは、申し訳ありませんと立ち上がるメイドに、いいんですよ、と答えると、改めて俺たちに向き直った。
「色々と話し合いが長くなりそうなので抜けてきました。一旦フィーナちゃん達はお家に帰って貰った方が良さそうです」
「わかりました」
ミリルフィアが声をかけると、ドアが開き、案内の兵士が待っていた。すぐに馬車まで案内された。なんとも慌ただしい。
「私はここまでで失礼しますね。明日以降もお城に来てもらうことがあるかもしれませんから、なるべく家から離れないでください」
「えっと、でも、お仕事をしないと……」
「え、フィーナちゃんが仕事?」
何故か俺が睨まれた。この甲斐性なし、とでも言いたげだ。いや、どうしろっていうのよ? 街じゃ狩りもできないぜ。
「お城に来てくれた日はお給料を出しますから、とりあえず暫くは家にいてください。お願いします」
「はい、わかりました」
確かにその日からちょくちょく城に呼ばれた。
基本的にはあの爺さん……ロクトミリオンが聞きたいことや、試してもらいたい事を纏めているので、それに答え、昼飯を食って帰ってくるのが基本的な流れだ。
個人的には能力がどの程度の威力があるのか調べたり、どういう使い方をすると燃費がいいのか確かめたりといったことは興味深く、そこそこ楽しく過ごせた。
魔法の成り立ちのことも教えてもらって面白かった。
そんな繰り返しの日々の中、ある変化がじわりとココ村の疎開地に迫ってきていた。




