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76.哀しみの路

『フィーナちゃん、どうだった?』

『サレアさんの手を握りながら眠ったよ』


 夜風が俺とキョーコの毛皮を撫でて森の方へ走っていった。

 少し寒いが、母親と一緒だ。フィーナが風邪を引くことは無いだろう。


 ここはアッセンから西に進んだ街道だ。

 道端にアッセンから貰った沢山のテントが張られ、中ではココ村とアッセン村の人たちが休んでいる。


 どこからか泣き声が聞こえてくる。近しい人の死を悲しむ感情の震える音が、静かなキャンプ地から流れ出て暗い森に吸い込まれていった。


 俺は柄にもなく感傷的な気分で辺りを見回した。特に異常は見当たらない。


 難民と輸送隊の集団に国境守備隊も合流し多少はマシになったが、人数規模に見合った護衛の人数は居ないのでもっぱら俺たちが護衛の要だ。

『今日はあたしが見てるからあんたも休んだら? 大暴れしてまだ疲れてるんでしょ?』

 キョーコがキャンプ地の真ん中に移動しながら声をかけてきた。

 ふわりとキョーコからそよ風が吹く。いいから寝ろ、と急かされているような気がした。


 意外にもキョーコが見張りにおいて有能らしい。

 能力で起こした風の中に何か入ってくるとわかるらしく、風をキャンプ地の周辺に吹かせ続けると侵入者センサーとして機能する。

 しかも、風で矢を逸らすことができるので、遠距離からの不意打ちにも対応可能らしい。

 結構有能だと思うんだが、なんで同盟の中であんなに扱いが悪かったのかね……バカだからか。


『失礼なこと考えてるでしょ?』

『お前が有能だなぁって思ってただけだ』

『はぁ……やっぱり疲れてのか、いつものキレが無いわね。寝なさいよ。朝まではあたしが見張ってるから』

『へぃへぃ』


 お言葉に甘えて休ませてもらうかね。俺はフィーナ達が眠るテントの前で丸くなった。





 フィーナの親父さんの死を聞いた後、森のキャンプ地を出発した守備隊は問題なくアッセンまでたどり着くことができた。

 死んだと思っていたリーディンが戻ってきたので、アッセンの守備隊は大いに湧いた。

「アッセンを守り、リーディン様まで救ってくれるとは! 正に守護精霊の名の通りの活躍だな!」

 と、特にウルクストが大喜びしていた。そこで俺が騎兵隊を壊滅させた事を聞かされたリーディンは驚き恐れながらも褒め称えてくれたが、どうにも誇らしかったり、嬉しかったりといった感情が沸かなかった。


 と、いうのも、フィーナの親父さんの死について漫然とした怒りがあるが、誰に向けていいのか判らない気持ち悪さがずっと腹の中に重くもたれていて気分が悪いのだ。

 勿論侵略戦争しかけてきたオーグラドが悪いのは間違いない。だが、やり返そうにもどうしたらいいんだ? 向こうの兵士を全滅させるか? 王様を暗殺するか? もし、それをやれたとしても気が晴れるんだろうか……。まあ、殺し、殺され、では解決しない気がするな。こういう哲学みたいな話はスッキリしないから苦手だ。大元を辿れば日本人が転生してくるのが悪いんだろうが、これは本当にどうしようもないからな……


 かといって不殺に目覚めるつもりは無い。殺そうと殴りかかってくる奴には全力で相手してやる。それが道理で礼儀ってもんだろ。特にオーグラド軍がアッセンで虐殺してたのは忘れてないからな。全力で反撃してやる。


 さて、やることはやった、俺はフィーナ達を追いかけると村長に告げると、リーディン、ウルクスト、村長に縋り付く勢いで引き止められた。なんでも、捕虜にした騎兵隊の隊長がオーグラドの大物で、アッセンには置いておけないからケッセルフまで護送するのを手伝ってくれ、とのことだった。そっちの都合だ、知らんがな、と突っぱねても良かったんだが、護送には元国境警備隊も参加し、フィーナ達に追いついて一緒にケッセルフを目指す予定だと聞かされて引き受けた。ココ村の人たちも連れて合流した方が手間も心配も少ない。

 

 それから護送の準備などに時間が掛かって1日出発が遅れたのにはイライラしたが、そこにオーグラドの軍がアッセンに迫っていると知らせが入った。捕虜を取り戻そうとしているのかもしれない、とリーディンが話してくれたが、細かいことはいいや。丁度暴れたい気分だったんだよね。



 アッセンから出てみると、もう東の路上にオーグラドの兵隊の影が見えていた。

 報告が遅いよ……これじゃあ、罠が仕掛けられない。

 俺の後ろでウルクストと村長が慌てていたので、とりあえず弾だけ用意してもらった。


 

 オーグラド軍が騎兵隊と同じ場所に整列し終わった。

 今度は前列に馬防柵、その後ろに大盾を構えた兵士、歩兵、弓兵、と隊列を組み、騎兵は遊撃を担当するのか端に少数並んでいるだけだった。

 大砲でも持ってくるかと思ったが、見当たらない。


 こっちは俺1人だ。アッセンには門を閉めて内側の防備を固めてもらっている。消火の準備とかね。


 おーおー、なにやら俺を指差して後ろの方でゴチャゴチャやってるな。

 犬1匹だから気が付かずに近づいてくるかと思ったんだが、あてが外れたわ。


 じゃあ、こっちから行くか。


「オオォォォーーーーン!!」

 遠吠えと共に、横に山積みになっている槍を陽炎で掴んで矢と同じ要領でガンガン飛ばす。真っ直ぐだと流石に届かない気がしたので、山なりで隊列の上から槍が降り注ぐようにした。

 オーグラド軍は大慌て何か叫んだりしてるが、気にせずガンガン投げまくる。まさに槍が降ってもってね。

 しかし妙に簡単に投げられるなぁ。投げ慣れたからかね?


 すぐに矢を放ってきたが、防御壁を展開して槍を飛ばし続ける。

 突っ込んでくる歩兵、騎兵が何人かいたが、槍を水平掃射したらすぐに静かになった。


 やがて近くに積んであったオーグラドの騎兵が使っていた槍を投げ尽くすと、オーグラド軍は半壊していた。


 が、それでも、槍が無くなったのを好機と見たのか、前衛が一気に突撃してきた。


 騎兵には劣るがかなりの迫力だ。地面を揺らして興奮で恐怖を紛らわせて何百という兵隊が突っ込んでくる。

 

 いいね、やっぱり近距離戦だよな。


 俺はキョーコの忠告も忘れて突撃してくる歩兵隊に向けて喰いついた。


 前衛の兵士を陽炎で殴る。殴る。殴る。倒れた兵士を踏み越えて向かってくる兵士に剣を投げつけて殺し、左から槍を繰り出してきた兵士の手首に噛み付いて感電させた。

 どんどん向かってくる。倒しても倒してもきりが無い。飽きる間も、考えている余裕もなく、ただひたすらに殺す。

 盾を構えた兵士の足首に倒れた兵士から奪い取ったダガーを突き刺す、後ろから斬りつけられたので治癒能力を発動させる。飛び上がり、陽炎をムチのように振るって頭をなぎ払う。

 どう避けるか、どう殺すか、そんなことすらもう考えなくなり、息をするのも忘れて、思考が真っ白になっていく……




 

 ふと、気絶から覚めたように我に返った。

 辺りには兵士の死体が山積みになっており、血臭が酷い。まあ、俺も血塗れだから俺の匂いかもしれん。

 まだ兵士達は残っているが、俺を遠巻きにして攻撃してこない。なんだ? もう降参?


「なにをしている! 黒狗は弱っているぞ! 早く仕留めるのだ!」

 

 遠くからがなり立てる耳障りな声が聞こえる。見ると神経質そうなヒョロっとした男が金ピカの杖を振り回して俺を指していた。

 さっきまでは見えなかったが、兵士の密度が下がったから見えるようになったようだ。


 黒狗って俺のこと? 俺を仕留めたいならやってみろよ。


「ひっ!? こっちにくるぞ! 防御陣形!」

 ずらりと大盾が並び、俺の突進を防いだ。構わず陽炎で大盾を殴りつけた。ガツンと手応えがあったが、大盾を構えた兵士は倒れない。


 バヂィ!


「あがっ!?」

「うっ!」

 盾を殴りつけた時に飛び散った俺の陽炎が上手い具合に盾持ち全員を包み込んだので電撃を流してやった。揃って倒れた兵士を乗り越える。


「ひ、ひ、ひっ!?」


 おいおい、指揮官が逃げちゃいかんなぁ。こっちに背を向けて逃げ出した男に追いつき、足首を噛んで引き倒した。


「お前たち、た、たすけあががががぁぁぁ!」


 電撃を死なない程度に流してやる。ビクビクと体が震え、ぶっ壊れたみたいに悲鳴を垂れ流し始めた。

 残っている兵士達は俺の戦いっぷりを見て怖気づいた奴らだ。指揮官の悲鳴を聞いて後ずさり、逃げ始めた。


「ぐがぁぁ! あ、あ、あぎゃああ!」


 人望の無い奴だなこいつは。もう、動けないだろうから放っとくか。


 アッセンの方を見ると、俺の左右を抜けていった兵士が門を壊そうとしているのが見えたが、10人かそこらなので放置だ。


『敵の指揮官が丘の上に転がってるから回収したかったらしてくれ! 多分死んでない』


 アッセンに向けて声も飛ばしたし、さあ、第二ラウンド始めるか。

 


 

「なんとも、凄まじかったな……」

 帰ってきた俺を出迎えたリーディンはドン引きしていた。

 むしゃくしゃしてやった。思ったよりスッキリしなかったから後悔している。またやるかもしれない。


 どうやらアッセンに居た人たちは総出で観戦していたらしく、総じてドン引きしていた。

 途中まで夢中だったからそんなに覚えてないんだけど、そんなに酷い戦いっぷりだったかね?

 なんかココ村の人達も撫でに来ないし。


『俺、疲れたから休むわ。今回はあんまり生きているのは居ないと思うけど、後片付けは気をつけて』

『は、はい、あの、水を用意しておきましたので、一度汚れを落としてからお休みになっては?』

 あぁ、確かに血塗れだから、このまま寝たら大変なことになりそうだなぁ。

『じゃあ遠慮無く』

 用意してくれてたタライで顔を洗うと、なんだかビラビラしたものが奥歯に引っかかって口角からぶら下がってるのに気がついた。

 なんか毛皮とか口の中とか感覚が鈍っちゃって気が付かなかった。

 ぶら下がっていたのは、手のひら半サイズの人間の皮だった。どこで引っ掛けたのかなぁ。覚えてない。

 首を振って皮を振り払う。

「ひっ!」

『あ、汚くしてごめんね』

 誰かが怯えた悲鳴を上げたので一言謝り、俺は水浴びを続けた。





 水滴が俺の鼻を濡らした。眠りに落ちていた意識が覚醒する。雨が降ってきていた。

『雨とあたしの能力はちょっと相性悪いのよね。寝てろって言ったけど、ごめん。見張りに協力してくれる?』

『ああ、オーケーだ』

 もう眠れそうもないしな。


 しとしとと振り続ける雨の中、俺はキャンプ地の回りを巡回した。歩哨が2人馬車の中で起きているだけで皆寝ている。外を歩いている人間はいない。雨の音で塗りつぶされ、悲しみの泣き声はもう聞こえないが、まるで雨そのものが、誰かの涙のようにも感じる。


 雨に濡れ、重くなった毛皮は、血塗れになった時の事を思い出させた。

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