61.大移動
翌日の朝、予定通りに移動が開始された。
ババ様や村長さんみたいな年寄りは資材を降ろして空いた馬車のスペースに乗り、他の人間は徒歩である。
フィーナも徒歩。フィーナも。……特別扱いするのは本人も嫌がるだろうが、ぐぬぬ。
フィーナはリィザと時々話しながら、他の村人達と一緒に馬車の後方を歩いている。移動速度は徒歩の人間が居るのでかなり遅い。休憩もそこそことるようだ。疲れた人は交代で馬車で休んだりもしているが、それでも休憩を挟まない訳にもいかないのだろう。
兄弟達は、朝一の集合の時呼んで、移動することを伝えると、特に気にした様子もなく付いてきた。そういや、これまでもあちこち移動してたんだもんな、定住したい訳でもないのだろう。兄弟達が居てくれると正直助かる。
今は道の左右の森の中を分散して歩いてもらっている。ジュンジ達を倒してからさほど日が経ってないので、すぐに次が来ることは無いだろうが、念の為だ。日本人以外にも、堕ちた獣やら、野犬やらが出るかもしれんし。
その日は何事もなく移動し、日が暮れると道の上でキャンプになった。横にどくスペースなどないので、全力で道を塞いでいるが、この道を通ってくる人間は多分居ないだろうから問題にはならんか。
食料は切り詰めなければならないだろうから、俺たちが適当に狩りをして提供した。鹿とか捌くのにも料理するにも時間がかかるものは避けてウサギなんかの小物を中心に狩る。
フィーナやリィザはキャンプの近くで焚き木拾いをしていた。慣れない場所での作業だったが、手が空いてる村人が一斉にやっていたのでさほど時間もかからず、危険も無さそうだったので、安心して狩りに専念した。
そんな風に何事もなく、アッセン経由のケッセルフまでの旅は数日続いた。
異常を感じたのは、朝、夕方にはアッセンに着くだろうとミリルフィアが皆の前で言った直後だった。
『……っ! せ…に、み……っ……だ!』
途切れ途切れの声が飛んできた。緊張していることだけは伝わるが、何を言ってるかはわからない。
「……」
ミリルフィアはニコニコしたままで表情を変えない。が。
『拙いことになってるかもしれません。アルスさん達は先行して様子を見てきて貰ってもいいですか?』
俺たちに声を飛ばしてきた。
『それは構わんが、フィーナに話を通してくれ。こういうのを勝手にやると凄い怒るんだよ』
『フィーナちゃんが怒るなんてことあるんですか?』
『怒るよ。めっちゃ怖いんだからな』
『なるほど……フィーナちゃんが怒ってる様子に興味はありますが、大人しく許可をとるとしましょうか』
なんて軽い様子でミリルフィアは、出発の準備をしているフィーナの所に行って話し始めたが、案の定話しを聞くとフィーナの顔がすっと硬くなった。
「え、と……そういうことで、アルス君たちにアッセンを見てきて欲しいと思ってるんだけど、いい……かな?」
ああ、いいですよ~みたいな返事でも期待してたのか? 残念だったな。フィーナは優しいんだ。ミリルフィアのオロオロする様をニヤついて見ててもいいんだが、これはフィーナの安全の為でもあるからな……
「ワン」
仕方ないのでミリルフィアに口添えしてやる。大丈夫だ、お前が好きだと、伝える。伝わる、よな? フィーナが俺の鳴き声を聞いて困ったように眉を寄せた。
「危ないことはしないでね?」
「……ワゥン」
それは保証しかねる。向こう次第だからなぁ。
「危なかったら逃げてくるのよ?」
「ワン!」
了解した。
「……わかった。ミリルフィア様、アルス達に行って貰ってください。危ない指示は出さないでくださいね」
「わかったわ」
『ねぇ、私に聞こえない言語で会話してたりするの?』
『心で通じあってるそうですよ~』
ミリルフィアが会話をしてる様子の俺とフィーナに心底不思議そうに声を掛けて、エスタがぶっきらぼうに俺の代わりに答えた。
出発するぞ、走るぞ、と伝えると、兄弟達は喜んでついてきた。兄弟達からしてみると、ここ数日の移動ペースは遅すぎたので、ストレスが溜まってたようだ。その鬱憤を晴らすように全力でアッセンまで移動した。人間が歩いて一日の距離だから、ほんの一瞬で到着した。
いや、マジで一瞬だったので、ビビった。1時間も掛からなかったんじゃないか? もうちょっと走っていたかったなぁ。
『ココ村以外の村って初めて見ました。変な感じはしませんが、アルスさんはどうですか? 以前来たことがあるんですよね?』
『そうだなぁ。前は占領されてたからなぁ……それと比べればまだマシだな』
門のところにキルグフィッツの旗がかかってるので、南の方の敵がここまで押し寄せてきてアッセンを占領したって訳でも無さそうだ。ふむ、このまま帰って変わったことは無かったよ、とだけ報告するのもツマランな。
『じゃあ、付近を一周するか』
『え、アッセンの偵察をするだけなんじゃないんですか?』
『遠くから見ただけじゃ、わからんこともあるかもしれんだろう?』
『まあ、それはそうかもしれませんが……』
よし、説得完了! さあ、もうひとっ走り行くぜ!
「オォーン!」
「「オォーン!」」
俺の号令に兄弟達が喜びを持って答える。そうだよな、もっと走りたいよな!
『……やっぱりなんか偵察以外の事を考えてる気がするんですよねぇ』
いやあ、森の中の道を走るのも気持ちよかったけど、平原を疾走するのはまた別格ですなぁ! ははっ! ペペルがはしゃいでジグザグに走りだした。
『広いところを走るのっていいですねぇ!』
エスタもなんだかんだ言って楽しんでいるようだ。
俺たちはアッセンを中心に時計回りに走った。アッセンの建物や門から2、300メートルは離れて走っている上に草も生えてるので、見張りも何か走ってるのは判っても、堕ちた獣だなんだと騒ぐまでにはいかないだろう。
う~ん、声も特に飛ばないし、やっぱり特に異常は無いかなぁ……なんて思ってたら、
『久しぶりじゃない』
どこかで聞いたことある声が飛んできた。




