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58.解凍

『あんまり遅くなると、また誤解されそうだから行ってくるわ』

『……私も行きます。ちゃんと言い訳しておかないと』

 そんな会話を交わしてから俺とエスタはミリルフィアの天幕に急いだ。


『あら、いいんですか?』

 俺たちが天幕に入ると、ちょうどミリルフィアと目が合って、不思議そうに呟かれた。

 いいってなにがだよ。

『あ、あの! 誤解ですからね!?』

 エスタが宣言通り、釈明を始めた。

『またまた~』

『いや、本当に! ペペルがじゃれてきたから、それで、えっと』

 ミリルフィアがニヤニヤしている。お前、からかうのとか好きなタイプか。何を隠そう俺もだ。

『おほん! 声を飛ばせる人に有りがちな注意点をお話ししますね』

『え、あ、はい……?』

 なんだなんだ。

『アノ時って結構忘我の彼方というか、いつもと違う状態になっちゃうと聞いています。すると、いつもはしっかりと意識している心の壁が外れて思考がそのまま飛んじゃうことがあるみたいで……』

 ほう……?

『いや、ですからね! 前提が違うって話しをしてたんですよ!?』

『なんか、日本の方は生まれてすぐに声を飛ばせるらしいですから、その傾向が強いのかもしれませんね。普通に声を出す感覚というか』

『あの、話しを聞いてます?』

 日本人を相手にすると掛け声やらなにやら、やたらと声を飛ばすと思ったら、そういうことなのかね? なかなかタメになったな。

『私とアルスさんはそういう関係じゃありませんから!』

『そうなんですか、アルス君?』

 目配せされた。のってやるか。

『ああ、そうだぜ』

『ふう、わかってもらえましたか?』

『エスタは俺の女だが、まだ清い交際中って奴だ』

『ちょっとッ! なに言ってくれてんですかッ!?』

 エスタが襲いかかってきた。

 


 適当に噛み付き引っ掻きをいなしていると、エスタが拗ねて寝転んでそっぽを向いてしまった。



『くふふ、本当にお二人って仲が……おっと、やめときますか』

 エスタがじろりと冷たい視線を送ったのでミリルフィアが笑うのを止めた。

『さて、本題ですが~。犬の氷を溶かそうかと思います。自然に溶けるのを待って、突然動き出されても困りますので』

 だよねぇ。自然解凍したら死んじゃう気もするが、確証は無い。

『別の天幕に保管してあります。付いて来てください』


 その天幕の中には縄を掛けられた箱が2つとそれを見張っている兵士が2人いた。それだけで天幕が満杯になるほど小さな天幕だ。

「ご苦労様。変わりは無いかしら?」

「はい、特に動き出すなどありません」

 おや、この見張り達、初日にフィーナに横柄な態度をとった兵士だな。護衛から見張りに格下げか? 兵士の1人が俺たちを見て嫌な顔をした。

「今日は犬使いはご一緒ではないので?」

 犬使い。フィーナの事だろうなぁ。まあ、そう見えるのはわかるけど、あまり愉快な響きじゃねぇなぁ……フィーナは俺たちの事を使ってる、なんてカケラも思っちゃいないんだぜ?

「皆がそう言っているのは知っていますが、控えた方がいいでしょうね。特にアルス君の前では」

 ミリルフィアが微笑みながらも毅然と言った。

「彼らは言葉がわかっていますよ? ね、アルス君?」

「ヴォウ!」

「ひぃ!」

 ビビるぐらいなら舐めた態度とるんじゃねぇってんだよ。


『やるならやろうぜ』

『そうですね~。では、私が回復魔法をかけますので、アルス君達は万が一の時に備えていてください』

 兵士たちがミリルフィアに手で促され、右の箱を開けた。そこには枯れ草と一緒に氷漬けの土使いが入っていた。なんとも苦しそうな表情だ。完全にコチコチに凍っておらず、半生だから余計にそう感じる。兵士たちは2人がかりで土使いを箱から取り出すと、地面に寝かせ、顔に布を巻きつけた。

「いいでしょう。貴方たちは下がってください。護衛はアルス君達がいるから大丈夫ですよ」

「……はっ」

 ミリルフィアが懐から沢山木札を取り出した。メモでもするんかな? ……さて万が一暴れ出した時の為に土使いの背後に立っておくか。

『ほらエスタ、へそ曲げてないで、俺の傍に来い。凍らせ直してもらうかもしれん』

『……はぁ~い』

 天幕の外に居たエスタは渋々俺の隣に歩いてきた。


「いきます」

 ミリルフィアから陽炎が立ち上った。

「治癒の6番、快癒の7番起動しなさい」

 ん? 2つ?

「命の源、輪転し、流れ巡る姿、正常となり、治癒の力を発揮せよ。連なり命ず、7の門、異常なる姿、排する力を発揮せよ」

 ミリルフィアから伸びた陽炎が凄い勢いで土使いの体に吸い込まれていく。すると見る見る土使いの体の氷が溶け、柔らかく脱力していった。溶けた氷は水になることなく、陽炎となって空中に掻き消えた。なるほど、普通の氷ではないのか……

「ミリルフィアが宣言を終える」

 ミリルフィアが呟くと、土使いへ吸い込まれていた陽炎が止まった。

「ふう、手応えはあったけど……」

 随分と疲れているようだ。燃費悪そうだな。


 土使いはぐったりとしたままピクリともしない。駄目か?

『そりゃ、死んじゃいますよね……』

 エスタがどこか沈んた声で呟いた。日本人……というか、しゃべる生き物を殺したのは初めてだろうからな。俺はなんともなかったが普通はショックを受けるだろうな……やるだけ試してみるか。

「駄目かぁ。まあ、凍ってたんだものねぇ」

『試しに蘇生させてみるわ』

『え?』

『どういうこと?』

 多分上手くいかないけど、どうせ死んでるんだし、成功したら儲けもの、ぐらいの気持ちでやってみるぜ。


 俺は2本陽炎を伸ばすと土使いの肩を挟み、固定した。

 そして、3本目の陽炎を土使いの胸の中に押し込んだ。


 ミリルフィアの陽炎が体に入っていくのを見て、もしかして陽炎を他人の体の中に入れられるんじゃないか、と思ったんだが、いけたな。体を傷つけず、めり込んでいく。感触がある訳じゃないが、あまり気持ちよくない手応えだ。


『なにしてるの?』

 土使いをじっと見ている俺にミリルフィアが話しかけてくるが、今はとりあえず無視。これ、かなぁ。ちょっと硬い塊……ぐっとリズムをつけて連続で握ってみる。

 ビクンと土使いの体が震えた。

『ひゃっ!?』

 動きが気持ち悪かったので、エスタが悲鳴を上げた。ミリルフィアはもう質問することもなく、木札になにか書き始めた。

 反応があったということは、やっぱりこの硬いのは心臓だな。心臓を直接マッサージしながら、回復能力で回復してみる。力加減が非常に面倒で、思わず放り投げてしまいたくなるが、隣のエスタの気配で思い直した。ほれ、生き返るなら生き返れ。ほんのちょっと電撃も流してみるか?


「ぐがふっ!」

「うわぁッ!」

 能力を3つ同時に使うのはしんどかったが、なんとか報われたようだ。土使いが体を小刻みに震わせた後、くしゃみのような声を上げ頭を大きく跳ね上げた。それと同時に心臓が勝手に動き出す。

『一応生き返ったぞ。体を温めてやれ。この様子だと暴れるどころじゃないだろうから暫く大丈夫だろ』

『なにをしたか、後で聞かせてくださいねッ!?』

 ミリルフィアが兵士達に火を起こすように指示を飛ばしてから、土使いの体をあちこち触ったりしながらメモを取り出した


 やってみるもんだね。

『アルスさん、あの、ありがとう、ございます……』

 エスタが何事か呟いたが、俺は聞こえない振りをした。

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