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54.死ぬ死ぬ

 腹が凍りつく感覚はなんとも不快だった。痛みとは違う、痺れるような無痛部分が広がっていき、凍ってない部分が逆に冷たい。


 エスタを見ると必死の形相で俺の腹を睨んでいる……視線を追うと茶色斑の犬が俺の腹に食いついていた。やるじゃねぇか幻影使い。幻影って物理衝撃が無いと消えないのかよ。普通逆じゃない?


『エスタ、幻影だ』


 声を飛ばしつつ視線を配って犬を探す。俺の傍にはミリルフィアとフィーナが覆いかぶさるように座ってて、俺の腹に視線が通る範囲は狭い。


 いた。


 兵士用の天幕の隣に積み上がっている木箱の1番上の木箱の上に伏せている茶色の小型犬がいた。エスタに言うか? いや、あの位置じゃ視線を遮るのは簡単だ。さらに幻影を使って逃げられるかもしれん。


 持ってくれよ。俺の体。すまん、フィーナちょっと無理するわ。


 幻影使いの上に転移する。


 俺に刺さっていた6本の矢が俺が寝ていた場所に残され落下し、騒々しい音を立てるのと同時に俺は幻影使いの上に現れた。矢が無くなったので血が吹き出てきて気が遠くなるが、まだだ……!


 事態を察した幻影使いが逃げようとするが、こっちは真上ギリギリに出現してるんだ、逃げようが無い。首に食いつき、電撃。


 バヂッ


 幻影使いがぐったりと脱力した。


 これで、終わりか?


 なんか、下で騒いでんなぁ……あー、眠い。


 俺は眠気に耐えられず、崩れ落ちた。





 起きたら目の前にフィーナの顔があった。

 なんて幸せな目覚め……という気分には残念ながらならなかった。


 怖い。超怒ってる。あの、ちょっとやり過ぎました。でも、凍ってるところは矢が抜けても血が出ないだろうなぁとか一応計算はしてたんだよ? あの、あの……


 ごめんなさい。


「目が覚めたみたいね」

 ミリルフィアが俺の顔を覗き込んできた。あれ?

『攻撃するのは苦手だけど、回復はできるのよ、私』

 ああ、そういうことか。何日か経ってる訳じゃ……無さそうだな。体を見てみると、傷はなんとか塞がっていて、凍っている部分も無かった。

 俺の周りには関係者が大集合している。


 起き上がって周りを見渡してみると、兵士たちが壊れた天幕やらを直していた。気を失ってから1時間は経って無さそうだな……そうだ、同盟の奴らは……


 ぐっとフィーナに抱きしめられた。え、あの?


「もう、動いちゃ駄目」

 いや、もう回復したから、その……

「今日はずっとこうしてる」

 それはちょっと嬉しかったりしますが……


 フィーナの様子を伺うと泣き腫らした目で睨まれた。はい、言うことを聞きます。降参です。

 俺は力を抜くと、フィーナに寄りかかった。自然と膝枕の体勢になる。あぁ、至福……ちらりと周りの面々をみると皆呆れ顔。これは仕方ないことなんだ。わかってくれ。

『同盟の奴らはどうなった?』

『ジュンジとアヤトと最後にアルス君が倒した犬は、目隠しをした上で手足を縛って木箱に入れてるわ』

 捕虜3人か。

『凍りついた犬2匹はどうした?』

 ミリルフィアが怪訝そうに首を傾げた。

『どうしたって……凍ったままよ? 一応持って帰るつもりだけど』

『回復したら、凍った場所も治るんだ。もしかしたら回復魔法かけるなりしたら、あいつらも生き返るかもしれんぞ?』

 うろ覚えだが、メダカとかなら冷凍してから生き返らせることができるんじゃなかったっけ?

 なんとなくのフィクション混じりの知識を元に提案してみただけだが、ミリルフィアは妙に感心して後日実験に付き合ってくれと頼んできた。暇だったらいいぞ、と答えておいた。


『アルス君達のお陰で、前線に現れる不思議な能力を使う犬を捕まえることができました。これは快挙よ。ありがとう』

『どういたしまして』

 まあ、俺としては補給部隊が来なければこんな事態にはならなかったんじゃないか、というモヤモヤとした八つ当たりのような怒りを感じないでもないが、置いておこう。それよりも、だ。

『あいつらを捕虜としてどう扱おうが構わんが、一つ聞きだして欲しいことがある』

『同盟の本拠地かしら? さっき、本拠地を突き止めてやるって言ってたわね』

『そうだ。こいつら懲りないんでな。位置だけでも把握しておきたい』

『それはいいのだけど……だったら……まあ、込み入った話しはまた後にしましょう。お互い疲れてるしね』

『そうだな……』


『アルスさん、その、すいません……』

 ミリルフィアが下がると、エスタが今にも消え入りそうな声を飛ばしてきた。見ると尻尾を股の間に入るほど垂らして落ち込んでいた。

『あぁまだ腹の中が凍ってるような気がする。誰かさんがまんまと騙されて凍らせてくれたせいで~』

『うぅぅ~……』 

 しまった、冗談を言うタイミングではなかったな。エスタがマジ泣きしている。

『スマンスマン。お前が居てくれなきゃ死んでたところなんだ。最後のちょっとしたミスなんぞ大した問題じゃない。こうして生きてるんだしな』

『でも、でも……』

 ええい、面倒な。

『じゃ謝意の表明ってことで俺の代わりに、そこでこっち見てる兄弟達に巣に帰って休んでくれって伝えておいてくれ。今日は俺は吠えられる気がしない』

『えっ!? む、無理ですよ!』

『大丈夫大丈夫。鳴き方よりも、伝える事を強く考えながら吠えればいいんだよ』

『わかり、ました』

 エスタが兄弟達に向き直り、息を吸い込んだ。

「ワゥーーン!」


 ?


 兄弟達が首を傾げた。5匹一斉に首を傾げるという、恐ろしげな見た目に反して妙に可愛い仕草を披露してくれた。

「ププッ」

「……ッ!」

 飛ばした声が聞こえて事情がわかってるミリルフィアとババ様が笑いを噛み殺す。エスタ涙目。

「ワウゥン!ワン!ワン!」

 帰るの! お疲れ様! お疲れ様! かな。

 今度は通じたようで、兄弟達が動きだした。ピノンが俺を労るようにひと舐めしていく。おう、ありがとうな。

『つ、伝わった……』

 エスタがほっと肩の力を抜く。ふむ、これで少しは気が紛れたかね。


「ミリルフィア様、わしはここで失礼させて頂いても?」

「ソルバさん、巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。兵に送らせましょうか?」

「いえ、得難い体験をさせて頂きました。帰りは孫がおりますので、問題ありません」

 リィザに手を握られて補助をされつつ、ババ様が腰を上げた。

「フィーナ、ミリルフィア様とアルス達の会話は一方的なものでも、お前が不義理に思うものでもなかった。保証しよう」

「ありがとうございます、ババ様」

 そんなフィーナとのやりとりの後、ババ様に見下された。

『養生せよ、アルス』

『そんなに重症でもないんだけどなぁ』

 俺の言葉に少し笑ってババ様は帰っていった。なんかリィザがチラチラと俺を見てたけど、まあ、用があるならその内来るだろう。


「さ、フィーナちゃん、ずっとそこに座ってるとお尻が汚れるよ? 場所を変えましょう」

「あ、そ、そうですね」

 フィーナもさっきは興奮していたのか、勢いで「今日はずっとこうしてる」って言ったが、ミリルフィアから言われて、兵士がウロウロしている軍のキャンプ地の真ん中に俺を膝枕して座り込んでいる自分を改めて意識したようで、恥ずかしそうに答えた。

 この恥ずかしそうな感じ、いいね。あえて膝の上から頭を動かさずに堪能しよう。


 移動したそうなフィーナに構わずニヤニヤしてたら叩かれた。

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