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46.黒犬軍団

 あ、そうだそうだ。もう見てて判ってると思うけど、一応アピールしとこう。

『エスタ、ちょっと来い』

『はい?』

 出発! と気合を入れたところでいきなり声をかけられ、エスタはきょとんとしながら俺の側に来た。

『なんでしょう?』

『今から兄弟達に向けて、お前を俺の女アピールをするので抵抗しないように』

『なっ!? ばっ!? ちょ、いきなりなにいってんですか!?』

『だから、アピールするだけだっつーの。俺の身内って事を念押しとかないと、また襲われたりするかもしれんだろ。そんなに嫌がるなよ』

『うぅ……わかりましたよぅ』

 俯いて渋々大人しくなった。ふん、その尻尾の動きは見なかったことにしておいてやろう。


 俺は兄弟環視の元、エスタを舐めまわし、首筋をこすりつけ、匂いを嗅ぎまくった。

『もう、お嫁に行けない……』

 お前、いつの時代の人間だ。若いと思ったが違うのか? 


 さて、気を取り直して、出発!



 その後、村をまっすぐ突っ切ってフィーナの家に帰ろうとしたら、移動中に息を吹き返したエスタに怒られた。

『絶対に村の人が怖がるので、こそこそしないと駄目です!』

 考えてみれば、そうか。

 と、いう訳でぐるっと村を山沿いに半周してフィーナの家に帰った。まあ、それでも途中で何人かに見られて悲鳴を上げられた。ゾロゾロ付いてくるのがなんだか楽しくなってきて、全力疾走してたから迫力がありすぎたのかもしれん。いやぁ、群れで走るのって妙な全能感があって癖になりそう。


「アルス?」


 家に着くと、フィーナがリィザとなにか話しているところだった。おお、丁度いい。俺がフィーナの前に止まると、後ろの兄弟達も揃って止まる。


「え、わ、アルスがいっぱい!?」

 リィザはいきなりで混乱してるのか、腰が引けて若干逃げ腰になっていた。よく見ろ。

「この子達、どうしたの? ……お友達……兄弟?」

 フィーナ良い勘してるぜ。さて、兄弟達が居心地悪そうにしてるので、まずはトップを知らしめる必要があるな。

 俺はフィーナに擦り寄ると、匂いを嗅いで手を舐めた後、ゴロンと横になって腹を見せる。そこにフィーナが流れるような仕草でしゃがみこんで撫で回してくれた。誰がどう見ても完全服従スタイルである。兄弟達からある種の納得と、緊張が解ける気配を感じた。

『なにやってるんですか、アルスさん……』

 ただ、エスタには俺が我慢できずにフィーナに甘えたようにしか見えなかったらしく、ドン引きトーンの声が飛んできた。俺の思考が読めないとはまだまだだな。……ああ、フィーナの指使いが心地いい。


 暫くすると、トップに挨拶する為恐る恐る兄弟達がフィーナに近づいてきた。フィーナは俺を撫でるのを止め、兄弟達を見回す。リィザは兄弟が身動きした時点でフィーナの家の中に逃げ込んでいった。情けない奴め。フィーナの落ち着きっぷりを見習え。

「こんにちは。初めまして、だね」

 でも、ちょっとは怯んだり、怖がったりするかと思ったが、本当に落ち着いてるなぁ。汗の量も全然変わらない。兄弟達もフィーナがあまりに自然に構えているので、特に緊張することなく、フィーナの周りに集結し、匂いを嗅いでいる。

「ここで暮らすの?」

 フィーナの問いかけに俺は首を振って答えた後、南の森を鼻で指した。兄弟達には南の森に行ってもらって、見張りでもしながら過ごしてもらおうかと思っております。

「森にいくのね……アルスと同じで北の山で生まれたんでしょう? 慣れないところで暮らして大丈夫?」

 フィーナは問いかけながら目の前にいた兄弟の頭を手で挟むようにして撫でた。撫でられることに慣れていない兄弟は、驚いたようだが、振り払ったり噛み付いたりすることなく、大人しく撫でられていた。暫くするとフィーナの手に頭を擦り付けて甘え始めた。ふふ、フィーナの魅力に気がついたか?

『フィーナちゃん、やっぱり凄い子なんじゃ……』

 エスタが呆然と呟く。前から俺が説明してるじゃないか。なにを今更。


 不意にフィーナが呟いた。

「名前……つけていい?」

「ゥオン」

 撫でられてる兄弟が、意味がわかっているのとは思えない曖昧な返事をした。おい、兄弟、いいのか……?

「貴方はピノンね」

「……ウオン」

 やはり半濁音か……今回はサレアさんのつけ入る隙が無いからフィーナの独壇場だな。……そうだ、サレアさんどこいった? 見回すと、リィザと一緒に家の中から恐る恐るこちらを伺っていた。そりゃそうか、普通は見知らぬ大型犬が群れてたら怖いよね。

「貴方はパプル」

「……ワン」

「貴方は……プロア」

「ワン」

「貴方はペペル」

「ワンワン」

「貴方はポポラね」

「ワンッ!」


 フィーナのネーミングセンスが十二分に表現されていた。実に、可愛らしい。子犬にならともかく、こんなデカい犬に……

『……俺の時、サレアさんが居てくれて良かった』

『ですねぇ。あ、でもピノンは可愛いから私につけてくれても良かったのに』

『ええっ!?』

『なんですか? いつもはフィーナちゃん全肯定なのに、ネーミングセンスについては随分否定的じゃないです?』

『う、うぅ……』

 そんな愛を試されるようなことを言われると辛い……いや、でも半濁音……


「フィーナ? 女の子の名前が混じってるけど……」

 リィザが壁に隠れながらフィーナに声をかけてきた。女の子の名前? みんな一緒に聞こえたが……

「この子と、この子は柔らかい顔をしてるから、女の子かなって」

 マジで?

 近寄って匂いを嗅いでみたら、確かに女の匂いがした。プロアの方は噛み付いたりしたのに、気が付かなかった……

『え、フィーナちゃんの言うとおりで、本当に女の子なんですか!?』

『お前も嗅いでみろ、わかるから』

『いや、私、多分わかんない……』

 とか言いながらもエスタはポポラの匂いを嗅ぐ。

『女の子だ……わかっちゃった』

『だろう?』

 つまり、プロアとポポラが女の子の名前ってこと? 法則性がわからんな……

『フィーナちゃんってビーストテイマーなんじゃ』

『そんな禿げたおっさんみたいなジョブな訳ないだろう。もっと綺麗な感じの例えをせんか』

『えぇ、禿げたおっさん? それなんのゲームですか?』

『え~と……なんだったかな』


 俺たちがそんな会話をしていると、リィザとサレアさんが家の中から恐る恐る出てきた。

「フィーナ、大丈夫なの?」

「大丈夫よ、お母さん。みんなアルスの言うことを聞いてるみたい」

 フィーナは大人しく座っているプロアの背中を撫でながら微笑んだ。

「そうなの?」

 サレアさんの問いかけの視線に大きく頷いておく。実は大人しくしておけ、なんで強制してないけど兄弟達は空気読めるから大丈夫。リィザよりもよっぽど大人。

「なに見てんのよ」

 リィザが俺の視線に気がついて、顔をしかめるが、いつもみたいに叩きに来ない。周りに居る兄弟達が怖いらしい。

「でも……凄いわね……」

 流石のサレアさんも言葉が無いようだ。兄弟達は緊張が解けて興味深々なのかキョロキョロし始めている。ん……?


『どうしたエスタ。モテモテじゃないか』

『あの、ちょっと、なんか、身の危険を感じるんですけど!』

 エスタがペペルとポポラから執拗に匂いを嗅がれ、グイグイと鼻やら肩やらを押し付けられていた。そういやこの二匹は……

『お前にブチのめされたから、お前の事をリスペクトしてるんじゃない?』

『えっ!? この2匹ってあの時の攻撃役!? ちょっとあなた達! さっきはあちこち噛まれて痛かったんだからね……!』

 エスタが怒りの声を飛ばしつつ唸るが、ペペルとポポラは構わずエスタに擦り寄り、ベロベロとあちこち舐め始めた。俺が言うのもなんだが、こいつら試合が終わったらノーサイド過ぎない?

『聞いてるの!?』

『聞いてないと思うぞ』

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