47.警戒体制
フィーナに面通しが済んだので兄弟達を南の森に連れて行った。実は俺も南の森はそんなに詳しくないので、兄弟達と一緒に回る。森は木が山ほど密集していなかった。それもそのはず、主に木材を伐り出されるのは南の森らしい。あちこちに切り株があった。
『森は歩きやすいですねぇ』
『そうだな』
兄弟達は黙って付いてきている……かと思いきや、エスタに喧嘩打って顎を凍らされたペペルが群れから外れてウロウロしている。まあ、腐っても野犬だ。完全にはぐれたりしない。
『こうして暫く連れてると、結構個性があるのがわかるなぁ』
『そうですね。ペペルは1番落ち着きが無いですね。なんか弟っぽい』
ペペルと揃ってエスタにノサれたポポラは普段から一緒に行動しているらしく、ふと見るとペペルとじゃれている。が、ペペルほどはっちゃけずにいる印象だ。今も俺たちとペペルと間ぐらいでペペルを気にしながら歩いてる。
「ヴォウ」
俺とエスタの1番近くに歩いてたピノンが俺に注意を促すように低く小さく鳴いた。ん? あぁ、鹿が3頭いるな、角があるオスが1匹、メスが2匹……昼飯にするか。
「ウォン」
やるぞ、と意識を込めて鳴くと、兄弟達の気配が変わった。すっと、ピノン、パプル、プロア静かに移動を始めた。鹿の向こう側に回り込み逃げ道を塞ぐつもりだな。エスタが言うにはこの3匹は包囲役で、俺が目撃した時に食われそうになったのもこの3匹らしい。
ペペルとポポラが俺たちの左右に控える。鹿たちはなにか異変を感じたのか、キョロキョロしている。ちらっと鹿の向こう側にピノンが見えた。わざと姿を見せたのかな、準備OKね?
俺は合図代わりに跳びだした。ペペルとポポラが続く。エスタはキョトンとしていた。
鹿が俺たちの殺気に気が付き、バラバラに逃げ出す。普通なら1匹は逃がしてしまうところだが……ピノン達が逃げ道を遮るように木の陰から飛び出した。メス鹿達は驚き飛び上がる、が、オス鹿だけは怯まず角を前に突き出し、ピノンに突撃している。鹿の角って案外厄介なんだよね。1対1だと能力抜きでは苦しい。1対1ならね。
俺はピノンを突き回そうとしているオス鹿に後ろから迫る。ピノンは自分で仕留めようとせず、じっと俺を待つように鹿を足止めしていた。できた兄弟だなぁ。俺の牙が首尾よく鹿の首筋に食い込む。痛みに驚き鹿が仰け反ると、その隙にピノンが滑り込み、喉笛に噛み付いた。即死しそうなものだが、鹿は俺たちの倍近い重さがありそうな体を揺すり抵抗する。思いっきり噛んでるんだけど、デカイってのはやっぱり凄いね。俺は鹿から口を離すと、右後ろ足に噛みつき直した。そして引き倒そうと引っ張る。当然鹿は抵抗して左前方に体重をかける。そこで力を抜いて鹿の体を左前方に逃がしてやった。同時にピノンが喉笛を左前方に全身の力を込めて引く。鹿の力を利用した巴投げのような形になり、鹿が地面に派手に投げ出された。立ち上がれないように足を噛みに行くが、投げ飛ばされた時にピノンの牙がえげつない角度で喉笛を抉ったらしい。追い打ちは必要無さそうだった。
見れば、他の2匹もそれぞれ兄弟達が2組になって仕留めていた。
『な、なかなかのチームワークじゃない……』
取り残されたエスタが呟いた。
能力を使わないで済んだ、実に効率的な狩りであった……と鹿の死体を前を眺めていると、兄弟達が俺をじっと見つめてきているのに気がついた。ん? あぁ、俺から食えってことか。じゃあ遠慮せず、オス鹿の太腿を頂くことにする。肉に牙を突き立て、引く。1回では皮が剥がれたりで上手く肉まで到達できないので、再び噛みつき、肉を食いちぎった。うむ、旨い。甘いとか辛いとかいう味ではなく、生命を自分のものとする感覚に体が喜んでいるような、深い満足感を味わう。
俺が食べたのを確認して、兄弟達もそれぞれ鹿を食べ始めた。律儀な奴らだなぁ。犬って結構上下関係を重視するんだっけか。
『あの、アルスさん、生で食べて平気なんですか?』
エスタがかなりビビリながら声を飛ばしてきた。あれ、なんでそんなに遠くにいるの?
『犬の身じゃ料理できないしなぁ。結構前に割り切ったよ。食べてみると案外平気だぞ?』
『でも、お腹壊したりしませんか?』
『へーきへーき。犬の体を舐めてはいけない。それに、日本に帰る方法を探すんなら、大抵の食事は現地調達でこういう風になるんじゃない? 慣れとかないと大変だぞ』
『うぅ……それはその、えぇ……』
『ほら、ペペルが、俺の獲った鹿食べてくださいよアネさん! みたいにお前を見てるぞ、行ってやれよ』
『ほ、ほんとだ……』
ペペルは本当に俺と同い年かという程幼いな。なんというか末っ子だ。この世に生まれた時間は数秒と変わらないと思うんだが、なんで他の兄弟とこうも違うのか。
ペペルの視線に負け、エスタが倒れ伏したメス鹿に齧り付いた。それを確認してペペルもメス鹿を食べだした。
『どうだ、いけそうか?』
『生肉、です……』
いかんかったか。
『でも、思ってたよりは気持ち悪くないです。ああ、私、犬になっていく……』
『まあ、犬として生きてる訳だからな』
『アルスさんの割り切りっぷりが羨ましいです……』
鹿を粗方片付けて、超満腹になった俺たちは大体のテリトリーを定めた。村から1キロほど離れた南の街道付近から森の中ほどまでの辺りで、デカイ岩やら、倒木やらで巣にするのに都合が良さそうだ。俺がマーキングしつつ周囲を周り、くつろいで兄弟達の様子を伺った。キョロキョロ、ウロウロしているが、不安そうな様子もない。兄弟達もここらをテリトリーとすることに問題なさそうだな。
「ウォーーン!」
ここら辺に居ろ、と意思を込めて鳴くと、了解の鳴き声がそれぞれ返ってきた。うむ、よしよし。ここなら南側から妙なのが来たらわかるだろう。そうしたら、群れの習性的に遠吠えなりなんなりで知らせてくれるはず。……ここまでしといて今更だが、こんな風に扱って大丈夫だったかなぁ……だが、もし北の山で放置しても、俺が生まれた辺りまで降りてきたら村の人に被害が出るかもしれん。そうなったら全滅させるしかなくなるしな……兄弟達も別に不満そうにしてないし、いいよね?
しばらくしてから俺とエスタは兄弟達を巣に残し、ココ村へと出発した。まあ、目と鼻の先だけどね。
『今日は怒涛の1日でした……』
『ああ、お疲れさん。ガチで戦ったのは初めてか?』
『はい……噛まれたり、殺す気で能力使ったり、生肉食べたり……今日だけで犬への階段をかなり登ってしまいました』
『元から犬だろうに』
『元は人間ですよッ!』
「キャンキャン!」
『ああ、スマンスマン』
『もう……』
3日後の朝、南の森から警戒の遠吠えが聞こえた。




