【エスタ】練習の日々
本人には絶対に言えないけど、実はアルスさんに拾われて良かったと思っています。
転生してすぐの混乱しているところに、大丈夫だ、助けてやる、って落ち着いて言ってくれた時は本当に頼もしかったし、すぐにこの世界の事を説明し不便が無いように気を遣ってくれました。
それでいて、踏み込み過ぎず適度に放っておいてくれるので、息苦しさを感じず、精神的に不安定にならずにここまでやってこれました。
ちょっとぶっきらぼうで、さらに乱暴なところはあるけど、優しい人なんだと思います。あ、でも、敵と味方を綺麗に分けすぎる所はちょっと怖いです。村を襲ってフィーナちゃんを危ない目に合わせたので殺した、とか真顔で言うんです。学校でも殺すとか冗談で言う人はいますけど、アルスさんは本当に殺してしまっているので、洒落になりません。
私は味方なので殺されたりはしないはずです。
ですが……
『ほら、もっと集中しろ』
『いたぁッ!?』
アルスさんの右手に触れられた途端に、刺されたような痛みが全身に広がり、跳んで離れます。死ぬかと思いました。
『アルスさん、もっと手加減してくださいよ!』
『これぐらいじゃ死なないよ?』
死なない、という部分に妙な迫力を感じ、足の裏に汗が滲みました。
拾われてきてから74日が経過し、私の体はかなり成長しました。氷結の能力も使っている内にコツが掴めて、結構自由に使えるようになってきました。
そこで、能力も使い慣れてきたようなので実践形式の訓練をする、とアルスさんが言い出したんです。実践形式、という言葉をもう少し、真剣に捉えるべきでした。
『俺は電撃しか使わないから』
当たり前です。ワープとサイコキネシスを同時に使われたら、私が何もできない内に終わってしまいます。
『そんで俺の体のどこかを凍らせられたらエスタの勝ちな』
『え、それだけでいいんですか?』
自慢じゃないですが、私の氷結は結構有効範囲が広いのです。始めは自分の口を凍らせてばかりでしたが、今では10メートルぐらい離れていても見えていれば凍らせることができます。範囲は半径5センチから1メートルほど。アルスさんのサイコキネシスの射程は3メートルだそうなので、3倍以上も射程に差がある計算です。今回はそのサイコキネシスも使わないとのこと。これは勝負にならないんじゃないですか? 手加減しなきゃいけなかったりして? ふふふ……
なんて思ってたんですけどね。
『いだだあぁぁああい!! まいったまいったまいったッ!』
アルスさんはなぜか私の氷結の視線を避けるんです。何かを飛ばしてる訳ではなく、前触れ無く効果地点が凍りつくので、避けれるはずが無いのに。そして、あ、避けられた、と思った次の瞬間には触られているんです。
『エスタの能力は陽炎が見えるタイプだから避けやすいんだよ』
陽炎。なんでも、能力を使っていると見えるモヤモヤとしたものらしく、実際になんなのかはアルスさんも知らないとのこと。
『私には見えないんですけど……』
『なんでだろうな? 俺以外に見えてる奴にまだ会ったことが無いんだよ』
攻撃の前触れが分かるなら、どんなに能力を使っても当たりようがありません。無理ゲーです。アルスさん、ちょっと色々出来過ぎじゃないですか?
『よほどの不意打ちじゃないと当たらない、とわかってるなら、いきなりぶっ放さずに使うしかないよ』
『どういうことです?』
『まず、相手の行動を制限するか誘導して、意表を突けるタイミングで使う、とか。相手の移動先に置く、みたいな感じで。あと、今は一箇所が凍るだけだけど、応用的な使い方があれば、避けにくくなるかもしれん』
『応用……』
いきなりそんなこと言われても。遠くの物が凍らせられるようになってから以降、精度と強弱をつける練習しかしていません。
『例えば、俺の能力は触ったものに電撃を流すってだけなんだけど……』
アルスさんが私に向かって口を開きました。まるで何かを発射するかのような仕草に、思わず身構えると……
パンッ!
『うわっ!?』
アルスさんの口がいきなりカメラのストロボみたいに光りました。思わず目を閉じて、目を手で擦ると、首筋をがしっと掴まれる気配。あ……
『目潰しをして、これ、で詰みだ。原理はわからんが、電撃を口の中でぶつけて光らせてるんだよ。、これが便利でなぁ』
アルスさんが、私の首筋を咥えつつ説明してくれます。が。
『ちょ、ちょっとアルスさん、セクハラですよ!』
乙女の首を咥えるなんて!
『セクハラってなんだか久しぶりに聞いたな』
アルスさんがなんだか面白そうに笑って私から離れていきました。
『じゃあ、それを踏まえて何度かやってみるか』
踏まえて、と言われても……別の使い方かぁ。ゲームみたいに氷柱を空中に出せたりしたらカッコいいけど、やってみようかな。じゃあ、アルスさんの頭の上の空間を凍らせようと集中する。
『ん……うおッ!?』
氷柱は出来なかったのですが、白い霧のようなものが発生し、アルスさんが慌てて飛び退きました。あ、アルスさんに薄っすらと霜が降りてる。
『これは……』
霧は暫くその場に留まっていましたが、じわじわと薄くなって消えていきました。
『びびった。いきなり陽炎が大きくなったもんだから……へっくし!』
アルスさんがクシャミをしつつ、霜を振り払おうと体を揺さぶりますが、なかなかとれません。結構強力に凍りついているようです。ふふん。
『アルスさん、私の勝ちですね!』
得意げに言ったのが癇に障ったのか、その後模擬戦でボコボコにされました。
『でも、初見だとかなり苦戦しそうだ。上半身にまともに食らったらそれで死ぬかもしれんしなぁ。お前が敵じゃなくて良かったよ』
倒れ伏した私の背中に右手を乗っけながらアルスさんが言いました。後ろをとられてこのような体制で電撃を流されました。もうセクハラとか言って楯突く元気もありません。体も頭もビリビリします。
『死ぬって……そんな』
『忠告させてもらうとな』
私がモゴモゴと口の中で言葉を転がしていると、アルスさんが真面目な顔で私を見下ろしました。
『生き残って日本に帰る手段を探したいなら、敵とみたら手加減するな。殺されたらそれまでだぞ。お前の攻撃には殺気が足りないと、ずっと思ってたんだよ』
それは、そうかもしれませんが……
『でも、冷静に見極めて、敵じゃない人は攻撃しないようにしないとですよね』
アルスさんは、トボけた顔をしてプイと横を向きました。
ちょっと前の事を持ちだして、ちゃんと返事をせずに会話を終わらせてしまいましたが、アルスさんの言うことはもっともだと理解はしているんです。でも、自分の力で生き物を殺す、というのは、どうしても拒否感があって、踏み切れる気がしません。なんとか、しないといけないのでしょうか……。
アルスさんは、そこの辺りをなんとかしようと考えたのか、次の日私にネズミ退治と狩りについて来るようにと言いました。
早速次の日の朝からアルスさんについてネズミ退治が始まりました。妙に熱くネズミの行動パターン、巣の見つけ方などを語るアルスさんに若干引きつつ、遠くのネズミに向かって能力を使ってみました。ネズミはすぐに凍りつき、死にました。少し、驚いたんですが、特になんの感想も持てず、ああ、凍ったな、と思っただけだったんです。
ネズミとはいえ命を奪った訳ですから、涙を流すまではいかないにしろ、なにか、こう、あると思ったんですが……アルスさんは、もうちょっと威力を抑えてもいけそうだ、とか言いつつ、移動を始めています。相談しても、ネズミ1匹殺す度に感想を持つ訳無いだろ、とか言われそうです。うぅん……
その日はネズミを20匹ほど殺しました。殺すよりも、ネズミの死体を咥えてフィーナちゃんの家に持って帰るのが苦痛でした。アルスさんも手伝ってくれなければ心が折れていたかも……。
『あー、そのまま動かないでちょっと待って』
『えぇ……』
なぜかネズミの死体の山の前で待機を命じられました。ネズミの死体には残念なことに慣れましたが、こんなに山積みになってるとグロくて怖いです。近くで待て、なんて嫌がらせとしか……
「あら、エスタがやってくれたの?」
「エスタありがとうね」
暫くするとサレアさんとフィーナちゃんが家から出てきて、私を口々に褒め、撫でてくれました。うわ、これ、凄く嬉しい! ぐっと前向きな何かが胸を満たしたようでした。思えば今までご飯を食べ、寝ているだけで、なにか申し訳ないと、心のどこかで考えていたのかもしれません。もちろんフィーナちゃん達は私になにか期待してご飯を食べさせてくれた訳じゃないと思うんですが、それでもこうして役に立つことで、喜んで貰えた。認めて貰えた。なるほど、アルスさんが一生懸命に朝晩走り回っている訳がわかりました。これからも頑張ろう。フィーナちゃんの後ろでニヤニヤしてるアルスさんがちょっと癪ですけど。
ネズミ狩りを続けて、10日ほど経った頃、今度は山に連れだされ狩りも手伝うようになりました。
自慢じゃないですが、私の能力は射程距離が長いので狩りにはとても向いていました。特に鳥類相手には相性抜群です。
獣は草むらに隠れていたりして、すぐに目視できないことが多いのですが、鳥はよく探せば枝に止まっているのを狙い撃ちできます。群れて止まっている時は氷の霧で一網打尽にできることも! それができた日はその場で狩りが終了します。持って帰るのも手間なほどの数ですからね! ふふふ……
アルスさんもワープできますから鳥も獲ろうと思えば獲れるのですが、疲労に対するリターンが割に合わないのであまりやらないそうです。
そんな訳で、私は鳥担当になりました。いいですよ、鳥。襲いかかってこないし、軽くて持って帰りやすいですし。
「あら、エスタちゃん、今日もありがとうね!」
いえいえ、ちょっと小振りでスイマセン。あぁ、感謝されるっていいなぁ。
狩りを一緒に初めて10日すると、もう山の道も覚えたよな? と言われて、手分けして獲物を狩ることになりました。
手分けをすることで、丸一日頑張れば全ての家に獲物を配ることができるようになった、とアルスさんが喜んでいました。リーディンさんは物資を支給するって言ってましたが、それから音沙汰が無く、食べ物は相変わらず不足していますから、全部の家に配れるというのは意味があります。それに、配る家に偏りがあると色々まずい気がしますしね。
私達が獲物を配ると、村の人達にはフィーナちゃんがそれを命じてやらせているように見えるので、フィーナちゃんの評判がグングン上昇中です。それも気持ちいいです。アルスさんみたいなベクトルじゃないですが、私もフィーナちゃんの事は好きなんで、フィーナちゃんが村の人から感謝されてチヤホヤされるのを見ると嬉しくなります。
「エスタ、無理してない? アルスみたいに大きくないんだから、無茶しちゃ駄目だよ?」
私が狩りを終えて帰ってくると、フィーナちゃんが出迎えてくれます。最近頑張り過ぎているように見えるのか、私の事を心配してくれます。確かにアルスさんほど体が大きくないですが、私も結構強いんですよ! なんて伝えられたらな。
ん? 伝える……?
『あの、アルスさん?』
『なんだ?』
夕食の時に隣であっという間にお皿を空にしたアルスさんに、気になっていた事を聞いてみることにします。
『フィーナちゃんは飛ばした声を聞けませんけど、ババ様に通訳してもらえば、お話しできますよね? やったことあります?』
アルスさんは特になんでもないことのようにこう言いました。
『ババ様を通訳にしてまで話したいとは思わないなぁ』
意外でした。毎日フィーナフィーナ言ってて、大好きなのに? 好きな人とは話したいものじゃないんですか?
『どうして?』
『……フィーナは俺がフィーナを好きな事を知ってるし、俺もフィーナが俺の事を好きな事を知っている。必要な事は話さなくても伝わってるから』
うわぁ、恥ずかしい! でも、ちょっと、ほんのちょっとだけ感心してしまいました。なんだかロマンチックです。
『うわぁ……』
『なんか文句あんのかゴラァ!』
でも、恥ずかしいからいつもみたいにからかってしまいました。
さて、次の日も狩りです。今日は北の山に来てみました。
あんまり同じところでやると、生態系のバランスが崩れちゃったりするかもしれないので、毎日場所を変えているのです。アルスさんは東の山に行くって言ってました。
今日はなんだか森が静かだなぁ。少し歩きまわっても、鳥の声が聞こえません。ちょっと奥の方に行ってみましょうか。知らないところに行くのは少しワクワクします。
獣道を私は上へ上へと登ります。犬の体にも随分慣れて、走るのが楽しいです。もの凄く速く走っている感じがするんです。人間と違って視点が地面に近いからでしょうか。レースゲームで運転席を非表示にしてやってるみたいな感じで……はたと、走るのを止めます。
静か過ぎます。いくらなんでも、ここまで走って鳥の声も、獣の気配もしないのはおかしい。そうだ、手分けすることになった初日に、アルスさんから注意を受けました。堕ちた獣について。もの凄く強いことがあるから、ちょっとでもおかしいと思ったら逃げろ。出会っても戦おうと思うな、と。冷やりと寒気がしました。何も獲ってないけど、引き返そうっと。
すると、いつの間にか、私の5メートルほど前方にある高さ50センチほどの岩の上にアルスさんが立っていました。あれ? なんで? 不思議に思い、声を掛けようとした所で気が付きました。右手と口元がが白くありません。アルスさんじゃない。
その犬はアルスさんと同じ黄色の瞳で私をじっと見つめています。なにか、良くない事が起こりそうな気がします。引き返そうと、ゆっくりと後ずさると、不意に後ろに何者かの気配を感じました。今まで何も感じなかったのに!? 振り向くと、私から3メートル離れた獣道の上に真っ黒な犬が立っています。慌ててさっきまで向いていた岩の方を見ると、先ほどと変わらず黒い犬が立っています。挟まれてる! 私が混乱した次の瞬間、次々と黒い犬が姿を現します。周囲を見回すと、死角にいつの間にか犬が立ってる! 右にも左にも、黒い犬の姿が見え、石の上の犬もいつの間にか2匹に増えてる……
気がつくと、私は、すっかりと黒い犬に囲まれていました。




