43.騎士の話
「オーグライド王国と我らキルグフィッツ王国は、正式に開戦した」
ざわり、と広場に集まっていたココ村の人達が緊張にざわめいた。
「静かに! リーディン様直々の布告であるぞ!」
ガスコンが一喝した。体と一緒で声も無闇にでかいな。
「ガスコン、あまり村の人達を驚かせるんじゃない。んんっ、皆も知っての通りオーグライドの正規軍が国境を侵し、アッセンを始めとした複数の村落を支配下に置いた」
結構大規模な侵攻だったんだな。複数の村落か……あんな事があちこちであった訳だ。
「これに対し、我らが王ティルフィトス・スルム・キルグフィッツ陛下が開戦を宣言された」
さっきの繰り返しのような内容だから、ざわつきこそしなかったが、村の人達から濃い緊張と恐怖の匂いがする。
「同時に、徴兵令も発布されることとなった」
げ、徴兵とかあるのか。皆が緊張するわけだ……
「徴兵された者はアッセンの東、オーグライドとの国境の警備にあたる事になる。準備期間は3日とする。なお、この村は兵站の予備保存場所として指定された。村民への物資の補給も行われるので、家族が飢える心配はない。戦士達よ、存分に力を発揮してもらいたい!」
『なんか、いきなり怖いことになりましたね』
『そうだな……』
これ、フィーナの父親であるところのラッツも徴兵されるよな? 隣のフィーナは話し合う父親と母親を不安そうに見つめながら、落ち着か無さそうにしきりに俺の肩を撫でている。
『アルス、布告の騎士様に不意打ちなどしおって。今回の巡り合わせが無かったら、村民が全員死罪になっていてもおかしくないのだぞ』
底冷えのする声が飛んできた。ああ、ババ様が超怒ってる。
「フィーナや、少しアルスを借りるぞ?」
「……はい、ババ様」
勝手に俺を偵察に出したことに思うところがあるフィーナは、ババ様に対する態度が若干固いが、素直に俺の肩から手を離した。
うう、ババ様がこっちを睨んでる。行きたくないよう……
『誠に申し訳ございません。このようなことが二度と無いよう努めてまいりますので、今後ともご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願いいたします……』
『よくそんな言葉がスラスラと出てきますね……』
ええい、エスタ! 混ぜっ返すんじゃない! 煙に巻こうとしてるんだから!
『お前の謝罪は長いだけで軽い』
うぐ、煙に巻けず、一刀両断されてしまった。
『まあ、過ぎた事はよい。二度と無いようにするのなら、キルグフィッツの紋章ぐらいは覚えておくことだな』
『あのリーディンの肩に掛かってる布に描いてある奴ですよね? もう忘れませんよ、ええ』
剣と麦が×印にデザインされている紋章だ。
『違う。それはリーディン様の家紋だ』
『えっ』
『旗や盾の右側に描かれているのが所属している国の紋章だ。肩に家紋の布を掛けているのは使者の証。本来なら敵だとしても不意打ちなどして良いものではない』
もうやめて! 反省してる、反省してるから! さっき過ぎた事はよいって言ったじゃない!
『ライオンっぽい横顔に剣と盾がデザインしてあるんですね。結構格好良いマークだと思います』
『ふむ、お前がアルスの言っていたもう一人のニホン人か?』
『はい、初めまして。エスタといいます。日本人としての名前は、カツラギユキノです』
お、話が反れてくれたぞ、助かった……
『慌ただしい顔合わせになったものだな。何か聞きたいことがあれば来るといい』
『はい、ありがとうございます。また落ち着いた時にでもお話しを聞かせてください』
『……こっちは礼儀正しいな。ニホン人は皆乱暴者かと思っていたが、どうやら早合点だったようだ』
ねえ、さっきから俺に対する風当たりが強くないっすか?
『アルスさんは、そのフィーナちゃんが大好きなんですよ。だから他所の人に少し過剰に反応してしまっただけだと思うんです』
お、いいぞエスタ! ナイスフォローだ!
『アルスがフィーナの事を好いておるのは知っておるわ。辺り一帯に聞こえるような大声でフィーナへの愛を叫びおったことがあったのでな。……好いた相手の事を考えるならばこそ、冷静にその相手の為になることを成せばならんと思うがの』
あ、あぁ、あの、その話は素人さんにはちょっと、あの、ババ様?
ちらっとエスタを見ると、ドン引きしていた。 犬ってこんな表情もできるんだね……
「フィーナ、少し良いかな?」
「は、はい、騎士様」
どんどん下がっていく俺の株をなんとかしようと、考え込んでいるとリーディンがフィーナに話しかけてきた。
「君の犬だが、おっと……」
フィーナとリーディンの間に体を置き、殺気混じりの目線でプレッシャーをかける。お偉い騎士様が一介の村娘になんの用でしょうかねぇ?
「アルス、大丈夫よ」
『アルスさん、さっきのババ様の話、聞いてました? ほんとにもう……』
フィーナがゆっくりと俺の首筋を撫でた。エスタもトコトコと俺の傍に寄ってきて、どうどう、と俺の右手をポンポンと叩いた。な、なんだよ。人のことを狂犬みたいに……
「ふふっ」
自分が近づいた途端にフィーナの周りに集まってきた俺達2人を見て、何か思うところあったのかリーディンは目を細めて笑った。
「なに、個人的な興味で聞きたいことがあるだけだ。お前たちの主人には指一本触れぬ」
まあ、リーディンに対しては悪い印象持ってないけどさ……権力持ってる奴って無理難題ふっかけてきそうなイメージがどうしてもあるんだよね。
『おぉ、このリーディンって人、ダンディ……』
なにやらエスタがリーディンを見上げて感心したように呟いた。えぇい、警戒せんか!
「騎士様、私にわかることでしたら、お話しします」
「助かる。フィーナ、君が飼っている犬はこの2匹だけかな?」
「え? はい、エスタは最近家に来たところで、それまではアルスだけでした」
「フィーナに、アルスとエスタか、なるほど良い名前だ。名前通り君をよく守っているようだ」
あ、久しぶりにそれ言われたわ。やっぱりエスタも俺と同じような名前の由来なんだな。サレアさんの趣味全開の結果だが、揃ってるってのも気持ちいいかもな。
『え、私の名前ってアルスさんとセットになってるんですか……?』
『なんだ? 不満かねエスタ君?』
『いえ、そんなことないですよ? あ、これから私の事はユキノって呼んでくださいね』
『おいこら』
『へへ~冗談ですよ』
「では、アルスになにか特別な訓練などはしていない、ということかな?」
俺たちが戯れている間にもフィーナとリーディンの会話が続いていた。
「はい。水汲みを毎朝一緒に行っていたぐらいです」
む、俺の能力について探っているのか? 残念フィーナに聞いてもわかんないよ。
「あとは、話しかけたりはしますけど、その……」
「ははっ私も我家の犬に話しかけることもあるが、残念ながら特に賢くなる様子はないな。もちろん、それでも愛しい友人達だという事に変わりはないがね」
冗談を交えた雑談っぽい雰囲気だが、俺たちの能力には興味あるよね、やっぱり。
リーディンは収穫なしと見て、引き下がるようだ。
「さて、時間を取らせてしまって悪かった。そろそろ私達は今後のことを村長と話さねばらなないので、失礼するよ」
「はい、騎士様」
フィーナがペコリとお辞儀をした。一応俺も合わせて頭を下げる。隣で釣られたようにエスタも頭を下げた。
一斉に頭を下げた俺達を見たリーディンは楽しげに喉を鳴らすと、手を振り村長さんの家の方へ歩いていった。
この後、会話を途中で切り上げてしまったババ様に怒られた。