30.偵察隊
さてと……
俺が振り向くと偵察隊の方々が警戒に身を固くした。
俺らがやりあってる時に横槍入れられなくて助かった。
今ならどっちも殺せるぜぇ! って偵察隊の方々が襲い掛かってくる可能性もちょっと考えてたんだよね。
さっきタナカに燃やされてた人はちょっと離れたところで手当を受けていて、ヒゲ、デカイ人、リーディン様!って叫んだ人が、俺の方を油断なく見つめている。
うむ、燃えてた人も生きてるみたいだし、もういいかな。
じゃあ、これで。
「おい、お前、これ食べるか?」
「リーディン様!?」
ヒゲの人ことリーディン様は腰の横にぶら下げているポーチから干し肉を取り出し、屈んで俺の方に差し出した。
このヒゲ、ちょっと抜けてるのか? 流石に俺が尋常な生き物じゃないのを見てると思うんだが。
「リーディン様、お止めください! こいつは堕ちた獣ですよ!?」
「早くこの場を離れましょう!」
ほら、デカイ人もお付きの人もこう言ってるぞ。
「この黒い方からは殺気を感じぬ。悪いものではない」
あぁ、これはどうも……む、その肉、良い匂いがするな。
「縄張り争いの結果とはいえ、我々は助けてもらった形だ。恩を受けたなら礼はしたい」
そこまで言うなら貰いましょうかね? なかなか良い肉っぽいじゃないですか、その手に持ってるの。
めっちゃ腹減ってるところではあるし、出したものを引っ込めさせるのも無作法だしねぇ。
「ですが……ひっ! こっちに来た!」
「こいつも俺に敵意が無いのがわかるのだろう」
リーディンには無いのはわかるけど、デカイ人は今にも剣を抜きそうな気配なのが気になるなぁ。
俺に斬りかかったらリーディンに当たる立ち位置だからポーズだろうけど。
「ほら」
目の前まで来た俺にリーディンは手に持った干し肉を俺の口元に持ってきた。
では、頂きます。
干し肉に喰いつく。若干俺の口からはみ出すサイズだったが、構わず噛み締め、咀嚼する。
途端に口に広がる肉の滋味。この肉、牛? 牛肉? なんと、なんと懐かしい……! 非常に濃厚な肉汁と脂がホロリと口の中で混ざり合う。そして、これは塩! 塩が遠慮なく使われている! すげぇ!
なんか犬に味の濃いものは駄目だった気がするが、中身が違うからいいよね!?
うめぇ! うめぇ! こんな旨いもん初めて食った! 村に帰ってフィーナにも食べさせてやりてぇ!
「ははっ! 旨いか?」
ええ、凄く!
「き、危険は、無さそうですな」
「凄い勢いですね……」
「だから言ったであろう?」
なんだか偵察隊の方々が喋ってるが、気にせず一心不乱に食べた。
口の中に残った最後の一欠片を飲み込む。
いやー、旨かったー!
「良い食いっぷりだった。礼にはなったと思いたいな」
うん、良いお礼でした。
リーディンは目元を緩めるようにして笑うとそっと俺の頭を撫でた。
ふむ、こいつは犬を飼ったことがあるな? 撫で方が心地よい……フィーナほどではないが。
「リーディン様、そろそろ出発しませんと」
「ああ、解っている」
見ると、炎に驚いていた馬は連れ戻され、リーディンとお付きの人以外は馬上にいた。
本隊に向けて出発するんだな。急急いでアッセン村を取り戻してくれよな。
「ではな、黒いの」
「ワン!」
俺が挨拶を返すとリーディンがおやっと驚き、面白がるような顔になった。
まあ、俺をこれ以上構うことはないぜ? 俺も出発だ。
軽く駆け、草むらを鼻面でかき分けて森へ向かう。
森に入るまでずっと背中に視線を感じていた。
さ~て、どんなルートで帰ろうかな。早くフィーナに会いたい。会いたいが……
万が一、日本人の追手がついていた場合を考えると、街道沿いは勿論のこと、まっすぐ北を目指すのもためらってしまう。
なんか良い方法無いかなぁ……ババ様のところで見た地図を一生懸命思い出してみるが、う~ん。
ココ村の西の森から大回りするぐらいしか思いつかない。
でも結局俺が尾行に気が付かなかったらどんなに遠回りしても意味ないよなぁ。
念の為、集中して探ってみるか。
俺は心を無にするように努め、気配を探ってみた。
近くに大きな気配は無いな、多分。
細かい、多分鳥……が上の方にパラパラといる、多分。
ちょっと前方遠くに、これは……リスかなんかがいる、多分。
ん? 結構遠く、右手の方に犬っぽい気配が3つ、もっと大きい、人間の気配が1つある気がするな。
犬っぽいのは見過ごせない。行ってみるか。
俺はなるべく物音を立てないよう、気配を殺しながら犬の気配がする方に急いだ。
そしてすぐ外れ……ある意味当たりか? だと気がついた。
獰猛な唸り声と共に子供の助けを求める金切り声が聞こえる。
子供が野犬に襲われてるんだろう。
キョーコとかタナカみたいな奴らが腹減ったからって群れて人間を襲うとも思えん。
さて、袖振り合うのもなんとやら、見つけてしまったからには助けましょう。
「おがぁざぁん!!」
子供のテンパった叫び声が近い。
俺はあえて気配を消すのを止め、存在を主張しながら近づいた。
茂みを掻き分け、現場に到着してみると、小学校低学年ぐらいの黒髪の男の子が細い木に登ってて、それを3匹の犬が取り囲んでいた。
男の子は木に登るまでにやられたのか、服はボロボロだ。
アッセン村から避難してきた子かね? 親は目を離すなよ、まったく。
3匹の犬はいかにも野良犬! といった荒んだ気配を漂わせる茶色の犬だった。絶対違うとは思うが、念の為……
『おいおい君たちやめたまえよ?』
声を飛ばしてみるが、特に反応も言い返してくる気配もなし。
よし、やったるか。
俺は無造作に野犬に近づいた。
犬は俺に向かって吠えかけて威嚇してくるが、全然怖くない。
イノシシの10分の1も怖くないわ。色黒くして出なおしてこい。
なおも近づき1番近い野犬との距離が2メートルを切ったところで、そいつが逃げ腰で噛み付いてきた。
なにかあったらすぐに回避に移れるようにした、腰の引けた突進である。
甘いわ。
俺は右手でその野犬の頭を払いつつ、軽く電撃を放った。
「ギャンッ!!」
ええっ!? そんなに? って、こちらが驚くぐらい野犬が悲鳴を上げ転げ回って、後退した。
残りの2匹が全力を殺気を込めて睨みつけてくる。
かかってこいや。にらみ合いやってる暇は無いのだよ。
かかってきた。
2匹同時に左右から跳びかかってきたが、遅いねぇ。
俺はやや近い右の野犬を飛び越えるようにして跳び、すれ違う瞬間に首筋に噛み付いた。
即座に電撃を流す。
「ギッ……」
静かになった。多分死んでないと思う。
左の方はいきなり右がやられて逃げるか戦うか迷う素振りを見せた。
俺は間を置かず、右の野犬の体を蹴りつけ左の野犬に食いついた。
中途半端な体勢で左の野犬は避けられない。俺の電撃噛みつきを食らって沈んだ。
その直後最初の1匹が山の方に逃げていった。
なかなか良い逃げっぷりだ。
男の子が登っている木を見上げると、涙に濡れた顔でポカンと俺を見つめていた。
男の子はのろのろと木から降りてきた。
このまま立ち去ってもいいんだが、野犬の2匹は昏倒してるだけだから、適当にこの場から引き離さないと。
さて、いくか小僧。
男の子は不思議そうに俺を見つめぽつりと呟いた。
「しゃべった?」
え……
聞こえたのか? 才能ありってやつ? あちゃー……せっかく普通っぽく戦ったのになぁ。
昨日もどっかの指揮官に聞かれて大変なことになったというのにうっかりしてた。
とりあえずここはすっとぼけるとするか。
「わん?」
「……?」
さあ、首を傾げてないで行きますよ。
俺は体で男の子の足を押し、森の端の方に誘導して歩き始めた。
ふむ、ちょっと遠いけど、人間がウロウロしてるな。そっちに行ってみるか。
ウロウロしている人間の方に近づいていくと、なぜか俺を呼ぶお姉さんの声が聞こえる。
「アルスー! アルス、どこにいるの?」
え、なんで俺の名前を?
「おかあさん!」
俺の横を大人しく歩いていた男の子がその呼び声に答えた。
え、この子、アルスっていうの?
「アルス!」
お姉さん改め、お母さんの気配がこっちに近づいてくる。
よし、ここまでで良さそうだな。
「あ、ワンちゃん?」
俺が離れる気配に男の子が引き止めるように手を伸ばしてくるが、躱す。
ほら、母ちゃんきてるぞ。
男の子と雰囲気の似た女性が、木々の陰から姿を現した。
「アルス! え、あ……!?」
お母さんは無事な息子に喜び、その隣にいる黒い獣に怯んだ。
なるべく刺激しないようにトボけた顔をしておく。
「おかあさん!!」
走り寄ってきた息子を抱きとめ、女性は俺を油断なく見つめながら後ずさる。
わかってたけど、ちょっとショックやわー。
さて、さらばだ。もう母ちゃんから離れるなよ。
俺が北に向けて走りだそうとした時、必死な、血を吐くような叫びが飛んできた。
『アルス! ココ村が襲われている!』




