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27.日本人

 ちょ、ちょっと待って、どういうこと?


 え、え、日本人でしょうって……は?


 俺、ババ様にしか日本って言ってないよな?


 つまり、こいつはババ様!?


 そんなわきゃねぇよ。


『ねえ、返事しなさいよ』

 あ、そ、そうだ、返事!

『は、はい、そうです』

『なんで敬語なのよ……』

 いかんいかん! そうじゃない!

『お前、今、日本人って言ったか!?』

『ちょっと! 声が大きいわ……!』

『あ、スマン』

『調子狂うわね。ええ、言ったわよ、貴方は日本人でしょう?って』

『なんでそれを知ってるんだ?』

『あたしも日本人なのよ』

 え、お前も!? いや、なんていうか……大変だったなっていうか……

 ん、待て、日本人だと俺が日本人だとわかる? 答えになってないぞ?

『それと俺が日本人だとわかるって繋がらなくないか?』

『それが繋がるのよ』

 俺の目の前の狼が目を細めた。


『日本人って犬っぽいのかしらね? 転生するとイヌ科の動物になっちゃうみたいよ』


 ……は?


『じゃあ、他にも犬になった日本人がいるってのか?』

『ええ、居るわ。沢山ね』

 狼が頷いた。

『犬に生まれるだけじゃなくて、大抵は色々と妙な……超能力みたいな力を持ってるのよ』

 狼から不自然に風が吹き付けてきた。なんだ? こいつの周りに陽炎のようなものが見えるぞ?

『あたしはコレ』

 風がさらに強まった。狼を中心に渦を巻き始め、森の木々が身じろぎするように揺れ始めた。

 風が吹いてたのは10秒程だっただろうか。不自然な程、唐突に止まった。

『声を飛ばせて、電撃放てる犬なんて100%日本人よ』

 

 まさに、ポカーンとするって奴だ。


 え、そうなの? 納得できるような、でも、デタラメを並べ立てられてるような……


『あたしはキョーコ。ワタナベキョーコよ。貴方の名前は?』

『アルスだ』

『え、マジで? 確かに最近そういう名前も増えてるって聞いたことあるけど……苗字は?』

『苗字? いや、無いが』

 キョーコが首を傾げた。

『無いってことはないでしょう? え、アルスってこっちでの名前?』

『そうだけど?』

 なにを当たり前のことを。

『そうだけどじゃないわよ! こっちが本名を名乗ってるんだから、そっちも本名名乗りなさいよ!』

 本名……日本人としての名前? えー……なんか思い出せないんだよなぁ。 俺、もうアルスだし。

『忘れちまった』

『随分とぼけたやつねぇ……まあ、いいわ』

 ため息つかれちゃった。

『あたしが貴方を助けて、こうやって接触したのは仲間のところへ連れて行く為よ』

 何故か嫌な汗が出た。仲間。日本人の?

『こんな妙な世界に変わり果てた姿で生まれてしまったけど、日本人同士で協力して、なんとかやっていってるの。あなたも来るでしょ?』

 この答えを強要されている感じ。圧迫面接を思い出す。ああ、思い出す必要もないものを思い出しちまった。

 背筋と腹が重く冷え、体が縮んだような気がする。

『いや、行かない』

『は? どういうこと? 原始人みたいな人間の住んでる世界で、犬っころと同じ生き方をしたいっていうの?』

 ふと反射的に思い出した、キッシュの眼差しや、フィーナの手の優しさの記憶が俺の体を温めてくれた気がした。

 ああ、そうだよな。

『確かに日本人って聞いて驚いたし、そうだな……希望を見たよ』

 ぐっと、体を捻って、嫌な思い出を振り払う。

『だけど、ここでの暮らしも悪く無いと思ってんだ。助けてくれたところ悪いが、俺は行かない』

『あんた……』

 目の前の狼から怒りの気配。いや、怒りどころか殺気だぞこりゃ。

『無駄足踏ませちまったのは謝る。だが、強要するようなことじゃないだろ』

『なんでよ! なんでこないの! 日本人同士でしかわからないこともあるでしょ!?』

 相手が怒れば怒るほど、なんだか冷静になってきた。つか、なんでこんなに怒るんだ?

『そうかもな。でも、そんなに拘ることかね?』

 そうだなぁ、母犬に捨てられた時にお前が現れたら違っただろうけどな。俺はフィーナと出会ったんだ。

『来て。来ると言って』

 キョーコの声が硬い。態度変わり過ぎだろ。これは胡散臭いな。

 そもそも日本人を探してて偶然俺を見つけたってのも、納得できるようで、できないんだよなぁ。

 探し当てるような能力があるんなら、もっと早く来るだろ?

 殺気が強くなった。

 一応修羅場を潜ってるんでね、お前がどこを狙ってるかわかるぞ。俺の首だろ?

『残念だが』

 ため息をつくように、俺は俯いた。結果、首が伸び、キョーコの前に無防備な首筋が晒された。

 ように見えただろう。

『力づくでも連れていくわ』

 キョーコが足音もなく飛びかかってきた。想像していたのより倍以上も速い。さっき見せた風の能力でも使ったか?

 牙を剥き、俺の首筋を狙ってくる。事前に声をかけられたのに、避ける隙がない。

 だけどね。

 俺は口の中に電流を溜めこみ、ぶつけて弾けさせた。


 バンッ!!


『ギャッ!!?』

 いきなり目の前で発生した馬鹿でかい音と閃光にキョーコが悲鳴をあげた。

 これはアッセン村で使わなかったから知らなかっただろう!

 俺は怯み、仰け反るキョーコの首に逆に噛み付いてやった。

 がっちりと首を咥え込む。

 ピタリとキョーコが動きを止めた。

 賢いね。抵抗しようとしたら、すぐに首をへし折ったところだぜ。

 左足をキョーコの胴体に置き、完全に制圧する。

 はい、王手。どうする?

『や、やめて。助けて……』

 震える声で命乞いしてきた。うん、中身は日本人だもんな。こっちに来て色々あったのかもしれんが、自分の命の危機にはこんなもんだよな。

『俺を強引に連れて行こうとしたのは何故だ?』

 口が塞がってても話せるのは便利だね。

『仲間を集めないと、いけないから……』

『集めてどうする?』

『そ、その……研究を進めて、日本に、帰れるように、なるかもしれないって……! 帰れるかもしれないの……あたし、こんなところで死にたくない!』

 答えになってねー。

 しかし、自分でも驚くほど、日本に帰れるかもしれない、という言葉に心が動かないな。

 まあ、真実味が無いってのも大きい。なんだよ研究って? 胡散臭い……俺に隠していたのも裏がありそうだ。

 それに、フィーナを置いて行く訳にはいかんしな。

『研究ってなんだ? 俺に隠したってことは、なにか後ろ暗いこと……人体実験でもしてるのか?』

『あたしもよく知らない、本当よ! で、でも、仲間が減ったりはしないし、そんな危ないことなんか、ない、はずよ……』

『実験ってのは誰がやってるんだ? 日本の霊能力者でも転生してきてるのか?』

『そ、それは……言えない。ここで仲間以外に話したなんて知れたら……!』

 んー、その言い分も腑に落ちないなぁ。日本人が日本に帰る研究して困る人間が居るのか?

 まあ、俺の知らない込み入った事情でもあるのかもしれんが。

 さて、聞くことは聞いたか? こいつ、どうするかなぁ。

 損得で考えれば、ここでキョーコを殺して姿を眩ませた方がいい。

 お仲間の日本人を連れてこられたら、今回みたいに切り抜けられないかもしれない。

 だがなぁ……


 俺はそっとキョーコを開放した。


『助けて貰った恩がある。だが、俺を連れ去ろうとしたことでチャラだ』

 キョーコはゆっくりと身を起こすと、俺に背を向けて離れていった。

 尻尾は垂れ、体が一回り小さくなった気がする。

『俺のことは放っておいてくれ。仲間を連れてきてみろ、次は容赦しない』

 キョーコは俺をチラリと振り返り、小さく頷くと森の中に消えていった。


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