24.外の世界
『来たか』
リィザの家の近くまで行くとババ様の声が飛んでいた。
『はいよ』
俺からはわからないのに、向こうからはわかる、ってのは落ち着かないなぁ。
『フィーナへの声がここまで聞こえたぞ。大声を飛ばしても素養のない人間には聞こえんよ。アッセンの村長の声は村の者には聞こえておらんかっただろうが』
おっしゃる通りです。やばい、超恥ずかしい。
『時間が惜しい。すぐにわしのところに来い』
『了解』
リィザとすぐに離れの前に向かう。
「ババ様、アルスを連れてきたよ」
「わかっておる。アルスを置いてお前は母屋に帰れ」
ババ様、愛想がねぇなぁ。
「……」
リィザが少し心配そうに俺を見たので、一声吠えて笑いかけてやった。
離れに入るとババ様がさっきまでと同じ格好で座っていた。
辺りはもう暗く、ランプの明かりが昼間よりも強く感じた。
『アルス、お前はこの村の北の端から南の門まで一日で何往復できる?』
前置きもなく、ババ様は話し始めた。
えぇ!? そんな耐久レースみたいなことしたことねぇぞ……でも、ん~そうだなぁ
さほど広くないしなぁ……20、は少なすぎるな、。50! ん~、まだまだいけそう……そうだなぁ。
『100往復はいけると思う』
『ほう』
ババ様は少し驚いたように言葉を詰まらせた。
『では、お前の足でアッセンまで2日はかからん計算になる』
なるほど、俺の足の速さの話だったのか。もうちょっと早くいけると思うけど、まあ、ギリギリで計算するとまずいよな。
『明日の朝、村の者に山に篭もる準備を始めさせる。準備は3日はかかる。山の中の狩人小屋に食料を運ばねばならんしな』
『狩人小屋?』
『狩人達がなにかあった時の為に泊まる為の小屋だ。そう広くは無いが、食料を備蓄し、弱ったものを寝かせることはできる』
なるほど、そこを拠点に山に篭もるのか。
『そんな小屋、兵隊にあっさりと見つかったりしない?』
『はっきりと道がある訳でも、麓から見える訳でもない。大丈夫であろう』
それならいけそうだな。
『アルス、お前にはアッセンまで行って、なにが起きているか見てきて欲しい』
『わかった……ん、待てよ。声を飛ばしてアッセンの村長に聞くわけにはいかないの?』
『ふむ、着眼点はよいがな』
ババ様はため息をついた。
『ここからアッセンまで届くような大声を飛ばすと、わしの寿命が吹っ飛ぶわい』
『えっ!? そんなに消耗するの? 今も話してて大丈夫? ババ様は声を出してもいいんだぜ?』
『普通に話す分には問題ない。それにこの話を間違って誰かに聞かれても面倒だからな』
『じゃあ、俺が!』
『止めておけ。わしが考えてないとでも思ったのか』
ひぃ、本当におっかないなぁ。
『この村に何人も声を飛ばせる人間が居ると宣伝するのは上手くない。なにが起こるかわからんことはしないことだ』
ババ様は仕切りなおすように咳払いをした。
『お前はアッセンが占領されているかどうか、と、もしすでに占領されていた時はすぐにこの村までくる様子があるのかを見てきて欲しい』
占領か、戦争、みたいなことになってるんだろうか。
『アッセンに行く前に兵隊と出会ったら、なるべく急いで帰って来い。準備を待たず山に篭もる必要がある』
それは最悪のパターンだな……地図を見る限り、ココ村は戦略的にも資源的にも魅力の無い場所だから、そんなに急いでくる事は無いと思うけど。
『では、出発の前に食べていけ。なにも食べておらんだろう?』
実は匂いでわかっていたけど、ババ様が横に置いてあった籠から肉の煮込み料理みたいなものが入った鍋を取り出した。
いやっほーい!
『じゃあ、行ってくる』
『頼んだぞ』
腹いっぱいになった俺は離れを飛び出した。
夜の道を俺は8割ぐらいの力で走った。思ってたよりは道がしっかりと踏み固められて走りやすい。
そういや、道の上をがっつり走るって初めてだな。結構な勢いで道の左右の木々が後に流れていく。俺、時速何キロぐらい出てるんだろうなぁ。
心地よい夜気を吸い込み、もうちょっとスピード上げてみるかな、なんて考えた。
次の日の昼前、俺はアッセンを見下ろす森の中の崖の上に居た。
……いやぁ、思った以上に早くついたなぁ。俺、俺が思ってた以上に足が速いぜ。
アッセンは村と呼ばれていたが、ココ村の倍以上の広さがあり、南に農耕地の広がる草原、北に森を眺める低い丘の上乗っかっていた。
森にはココ村へと続く道があり、それ以外にも東西に続く道が村に繋がっている。
その東西の道に軍隊が陣取っていた。
何人ぐらい居るのか……100や200じゃないのはわかるんだが。
村は、攻められているって聞こえたけど、特に燃えてたりしない。だが、しっかり占領はされてるようだなぁ。村の中に鎧来たのが出入りしてる。
んー、ココ村と違って背の高い建物が多いから中の様子がしっかりわからんなぁ。
ココ村へ続く道には人影は無いから、今すぐココ村に来る様子はないな。このまま帰ってもいいが、ちょっと村の様子でも見てみるか。
ババ様が奴隷にされるとか言ってたのも気になるし、今後の作戦とか伝達してるのを聞ければ最高だ。
俺はひょいと崖を迂回してアッセン村を目指した。
犬だから誰にも見咎められず、村に入れるだろうと思ってた。
そう普通の犬ならね。
「堕ちた獣だ!!」
村の入り口にいた兵士が俺を見るなり悲鳴を上げた。
やっべ、忘れてた。これがノーマルな反応だった。
兵士の声を聞きつけ、村の中から大人数が集まってくる気配がする。
ん? 村から漂うこの匂いは……
一時撤退だな、これは。
俺は夜を待つことにした。
ババ様的には俺は明日の昼に到着することになってるから、もうちょっと情報集めてもいいだろう。
村の入り口には松明が灯され、東西の軍隊が陣取っている場所にも所々に篝火が焚かれている。
が、これぐらいだったら村の中に入れそうだな。
俺は村の入り口が無く、松明が灯されていない南側から村の中に忍び込んだ。
柵こそあるけど、牧場にあるような板を上下に渡してあるだけの柵で、ひょいと屈むだけで入れたぜ。
血の臭いが濃くなった。
遠目からは見えなかったけど、これはかなりの血が流れたんじゃないか? 村全体が血の沼かと思うような臭いだ。
聞き耳を立てながら、明かりに入らないように木造の家の間を縫うようにして移動してみる。狩りの経験を活かし、足音を立てないように注意する。
すすり泣く声、女の人のくぐもった悲鳴、馬鹿笑いしている男の声……馬鹿笑いしている方に近づいてみよう。
馬鹿笑いしている男は街の中心にある広場にいた。
椅子を広場の隅に置き、太った体に鎧を纏い偉そうに座っている。
他にもざっと10人ほどの武装した兵士が広場にいた。
広場には篝火が沢山焚かれ、昼のように明るい。
広場の中央には死体が積み上げられていた。
2、30人分はあるだろうか。皆、血まみれで一目で死んでいるとわかる。
その中には兵士のような格好をした人も混じっている。おそらく、軍隊に抵抗した人達だろう。
国境を越えてきて占領とか、日本人的には馴染みの無い言葉だからなんとなく軽く捉えていたところもあった。
くそ、こんな奴らがココ村に来たら……!
「さて、もう余興は終わりかぁ?」
1人椅子に座っている男は機嫌良さそうにニヤニヤしながら、隣の副官らしい男に視線を向けた。
「次は少女の決闘です。二人は日頃から仲がよく、何をするにも一緒だったとか。我らが兵士に手折られた時も共に手を繋いで慰めあっていたそうで」
「くくっ! それは見ものだなぁ!」
……は?
「連れて来い」
「はっ!」
すぐに2人の少女が兵士に腕を掴まれて入ってきた。
1人は金髪、もう1人は黒髪で、二人とも下着姿だった。
二人は椅子の男の前に突き飛ばされ、倒れこんだ。すぐに起き上がらないその少女達の前に2本の短剣が投げつけられ、転がった。
「お前たちにはこれから殺し合いをしてもらう」
副官の宣言に、少女達はお互いを見つめ合い、首を小さく振った。
「無理です……」
「できません」
はっ! と副官は鼻で笑って続けた。
「やらなければ、お前達2人の家族を皆殺しにする」
二人共目を見開き、震え始めた。
「殺し合えば勝った方の家族は生かしておいてやろう」
少女達はまだ動かない。
「これから5つ数える。それまでに始めなければ、家族もお前たちも死ぬぞ?」
椅子の男はニヤニヤして、少女達を見つめている。
「ひとつ」
あー、いいかな。
「ふたつ」
少女達は顔を見合わせた。
もう、いいよね。
「みっつ」
少女達は頷き合う。
これ以上見ていたくないわ。
「よっつ」
少女たちは笑いあった。
あなたを殺すことなどできない、と。
この子達、フィーナと同じぐらいじゃん?
「いつつ」
死ネ