21.お見舞い
最近、妙にみんな優しい気がするんだよなぁ。
俺、なんかしたかな……したか。したけど、そんな村中の人から挨拶されたり、食い物貰えたりするような大層なことしてないと思うんだけど。
あ、これ美味しいですね。
名も知らぬオバちゃんから貰ったクッキーみたいなお菓子は見た目に反して煎餅みたいな味だったけど、結構好みの味だった。
「これからもよろしくねぇ」
荒れてるけど暖かい大きな手で俺の頭を3回撫でると、おばちゃんは歩いていった。
よろしく……?
「よかったね、アルス」
フィーナは水が入った桶を持ち直しながらニコニコしてる。
なんか事情を知ってるみたいだから、ちょっと話してもらえませんかフィーナさん。
フィーナは誰かさんみたいに聞いてもないことをベラベラ喋る子じゃないので、もちろん話してくれない。
俺を褒める時とかもその場でじんわりと喋る感じで、昔の事に遡ったり、脱線しながら褒めたりしないんだよね。
なんで午後からは事情を探ることができそうな場所へ訪ねてみることにした。
リィザの家である。
フィンはまだ寝込んでるっぽいから、家に行って顔を見せたらなにかしらのリアクションをとるだろう。
しかし、あれから何日経つと思ってるんだ、軟弱な奴め。
俺はこの通り全快してピンピンしてるというのに!
ちわーっす。
「あれ、アルスだ……?」
家に踏み込むと、いきなりリィザに出くわした。
「ワン!」
最近なんか低くなってきた声で挨拶して、フィンの匂いのする方に移動し、ようとしたんだけどリィザに首根っこ掴まれた。
「フィーナは?」
居ないよ? 俺が1人で来たんだし。
構わず奥に入ろうとしてみるが、やはり阻止される。
んー足止めされてしまったが、まあ要件としてはリィザでもいいんだ……最近の事の次第を呟いたりしてくれませんかね。
「兄貴のお見舞いに来たの?」
あ、じゃあそれで。
うなずく。
「本当にマメな奴ねぇ。キッシュのお墓にも毎日来てるでしょ?」
あれ、ばれてる? まあ、ウサギ狩りのついでだよ、ついで。
リィザが俺の首を離した。
「兄貴~、アルスが来たよ。アルスだけ」
だけ、を強調するな。フィーナがお見舞いに来るわけないだろ。お前ら兄妹はちょっと押しすぎなんだよ。
「アルスが?」
返事はすぐに返ってきて、フィンが奥から姿を現した。
右脚を若干引きずっているが、聞いていたよりも元気そうだな。
しかし、相変わらずおっさんみたいな格好してるなぁ。フィーナの気を引きたいならもっとファッションに気を配れ。
いや、やっぱり気を配らなくていい。そのままのフィンでいてください。
「久しぶりだな……ん? 暫く見ない内にまた大きくなったなぁ」
うん、俺もそう思う。最近差し入れが多いから沢山食ってるんだよね。多分そのせい。
「大きくなったよねぇ、もう堕ちた蛇が出ても負けないんじゃない?」
おいリィザ、前は負けたみたいな言い方はやめろ。一応、俺が勝った、でしょ? たぶん。
今やって勝てるかどうかってだけだったら、開幕の電撃噛みつきで瞬殺できる気はする。人目が気になるけど。
堕ちた獣、というキーワードで色々思い出したのか、フィンが若干沈んだ顔になった。
「アルス、あの時は助けてくれて、ありがとうな。お前が来てくれなかったら、僕は死んでいた」
ふむ、お礼は頂きましょう。まあ、感謝の程はこの家から届けられる肉やら山菜やらで、すでに貰ってるけどね。
俺はもう良いからキッシュに感謝しとけよ。俺に言われなくても感謝してるだろうが。
「うん、本当にありがとうね、アルス」
リィザからの礼は、フィンの意識が戻った日に、泣きながら散々言われてるが、改めて言われると照れるぜ。
「でも、兄貴の話、ちょっと信じられないなぁ。あんな大きな堕ちたイノシシを本当にキッシュとアルスが倒せたの?」
まー、そう思うよね。俺とキッシュを足してもイノシシの半分の重さにもならんだろうし。
「倒せるもなにも、実際に死んでるイノシシをお前も見ただろう?」
「でも、止めは兄貴だったんでしょう? だったら兄貴も倒したって言っていいんじゃない?」
あー、フィンのナイフがイノシシの胴体に刺さってりゃ、そう思うよな。
フィンは何故か、キッシュと俺が倒した、と言ったけど、止めはともかくフィンが途中で投げてくれたナイフが決め手になったんだから、協力プレイだった~ぐらいは言ってもいいと思うんだけど。
「いや、僕は……怪我のせいでよく覚えてないんだ」
んん? これは嘘をついている匂いだぜ。随分わかりやすい匂いを出すなぁ、正直な奴め。
「よく覚えてないなら、キッシュとアルスが倒したって言い切れないんじゃない?」
妹につっこまれてやんの。お前、なにか隠してるな!?
……まあ、これは俺のことですよね。
ばっちり見てたって証言しつつ、俺のことを隠そうとしたら、このイノシシの焦げてるところはどうしてこうなったの?って聞かれて詰むよね。
だから、よく覚えてないって誤魔化してくれてる、ということ、かな?
んー、見られてたかー。
隠してくれてるってことは、俺が電撃放てることはやはり隠しておいた方が良さそうだなぁ。
ぶっちゃけフィーナ以外の人に何言われても構わんのだが、俺を飼ってるフィーナが村の中で孤立したりしたらまずい。
これからも隠していこう。
そしてフィンは俺を庇ってくれるぐらいには味方な訳だ。
フィン、良い奴だな。でも、フィーナはやらんぞ。
「……あの場にはキッシュとアルスしか居なかったんだし、そういうことなんだと思うよ」
「もう! 僕がやったって言えば獣殺しになれるのに!」
獣殺し? 堕ちた獣を倒した勇者的な?
「獣殺し、なんて名乗っても面倒なだけだよ、柄じゃないしね」
「フィーナだって見直すかもよ?」
あー、ないない。
「あー、ないない」
うお、被った。
「フィーナは強い男が好き! なんて言う子じゃないだろ?」
「うん……」
く、よく解ってるじゃねぇか。このイケメン、今後の為に闇討ちしておくべきだろうか。
俺の殺気が伝わったのかフィンがチラっとこっち見た。
別に俺はなにも物騒なことは考えてないヨー?
「やれやれ、騒がしいねぇ」
いきなり玄関から小さい婆さんが入ってきた。
え……?
いきなり、入ってきた。
声を出すまでまったく気が付かなかった。
どういうことだ?
この婆さん、匂いも気配も無いぞ?
「ごめん、ババ様。うるさかった?」
ああ、この小さい婆さんが皆がよくいうババ様か。毒消しの魔法を使えるという……突然現れたのも魔法か?
「お前達のことではない」
「え?」
ババ様は俺の方をじっと見た。
『お前は思考を漏らし過ぎだ。煩くてかなわん。』
…………は?
『は? ではない。ちいと静かにしておれ』
ババ様は口を動かしていないのに、その声は俺の頭の中に響いた。