18.北の山にて
商隊は次の日早くに引き上げていった。
俺としては、妙な奴らを見て気分が悪かったが、村長さんとピーヒンが笑顔で握手して分かれてたから、お互いに納得していたようだ。
フィーナはあれから震えて泣き続けるもんだから、リィザ達を呼んできて、みんなで慰め続け、寝かしつけた。
あのゴロツキ共はネズミ捕りを中止して見張ってみたら、案の定村の中をウロウロしやがったので吠えてビビらせてやった。
フィーナの涙の跡が残る寝顔を思うと闇討ちしてくてたまらなかったが、耐えた。
市場の後は村に若干浮ついた感じが残っていたけど、数日も経つといつもの村に戻っていった。
俺もいつもの通りにネズミ狩りをするんだけど、そこで気になるのはネズミでもタヌキでもない畑への被害。
以前ラゴ爺さんの畑を荒らした獣がウロウロしているらしく、あちこち掘り起こされて芋を持って行かれている畑が多い。
これ、ちょっと洒落にならない頻度なんだけど、何故かネズミ狩りの時に出くわさないんだよなぁ。
夜通しで見張ってみたりもしたんだけど、その時は全然姿を見せないでやんの。
掘り起こされた畑に残った匂いを追ってみようともしてみたんだけど、何故か森に入ると匂いが途切れる。
打つ手なしで、非常に気持ち悪い。
その内農家の人が寝ずの番とか始めそうな勢いだから、その時になんとかするしかないかな。
さて、そうやって畑の番をする日々だが、そろそろ食える獲物を狩らねばならない。
最近、飯が足りなくて困っている。
出される飯の量は変わらないんだが、どうやら俺の胃袋が、というか体が大きくなってきていて全然足りない。
肉気がないのは、リィザやフィンがたまに肉を持ってきてくれるんで、以前よりは改善されたが、やはりもっとガッツリと食いたい。
と、いう訳で俺はフィーナの水汲みの後、午後から北の山にウサギ狩りに来てみたのだ。
キッシュ師匠からウサギの獲り方を教わってから随分と時間が経ってしまったが、ちゃんとできるかなぁ……
以前実演してもらった所で待ち伏せするのが1番手っ取り早いが、それはなんだか情けないので、自力でウサギの道を探すことにする。
これが良くなかった。
やっぱり、難しいね……動物の通り道を探すの。
明らかにウサギの道って確信が持てないまま、延々と獣道の傍で待ちぼうけしたりして、結構な時間が過ぎてしまった。
んー、やはり前の場所に行くかぁ。
トボトボ歩いていると、キッシュの鳴き声が聞こえた。
大きな、必死さの滲む鳴き声だ。まるでキッシュらしくない。どうしたってんだ?
俺は嫌な予感に身を震わせつつ、全力でキッシュの声のする方へ走った。
大きな峰を真っ直ぐ越え、草むらの中を走ってキッシュの気配を感じるまで3分ほどかかっただろうか。
草むらから飛び出ると、そこは森の中の開けた広場だった。
まず見えたのは、ぶち撒けられた荷物。弓、矢、ナイフ、縄や食料。
次に太ももを赤く染めて倒れているフィン。
そして、倒れている主人を庇うように立ち、吠えているキッシュの後ろ姿。
キッシュと相対しているのは、暗い気配を纏った、真っ黒なイノシシだった。
お、堕ちた獣!?
視界に入るまでまったく気配を感じなかった。
見ていると、蛇の時のような不快感、恐怖感があるが、非常に薄い。
なんだ、こいつ!?
「ヴォウ!ヴァウ!!」
思考をキッシュの鳴き声で中断される。
そうだ、フィンが怪我して倒れてるんだ。このイノシシをなんとかしないとな!
俺は駆け足で、キッシュの隣に並ぶ。
キッシュは俺をちらっと見つつも、吠えるのを止めない。
俺、待ち伏せは苦手だけど全力でぶん殴る分にはなかなかのものっすよ、師匠。
力を貸しますよ。
突然イノシシが突っ込んできた。
なんとか飛びのいてかわす。予備動作が見えなかった。あぶねぇ。
イノシシはキッシュよりも二回りは大きい。
俺からしてみると、見上げるようなサイズだ。
なのに驚くほど、速い……んん!?
この匂い、嗅いだことあるぞ! こいつ、最近畑荒らしてる奴か!
ここで会ったが百年目!
また突っ込んできた。
キッシュと左右に分かれ、跳んで避ける。
イノシシはすぐに進路を修正してキッシュに突っ込もうとしやがったので、イノシシのケツに電撃パンチをお見舞いしてやる。
バヂヂヂヂッ!!
手加減なんてしない、全力で放つ。手応えは十分だ。
どうだ、ひっくり返れ!
次の瞬間、イノシシの後脚が跳ね上がり吹っ飛ばされた。
腹の中が踊り狂い、胸が詰まる。
俺は落ち葉の上を転がりながら悲鳴にならない吐息を漏らす。
くそ、効かない……!? 確かに当たったのに!
なんとか立ち上がる。
イノシシが俺を蹴飛ばした隙を狙ってキッシュが前足に噛み付こうとするが、イノシシは首を振り回し、それをさせない。
イノシシの口には上向きにとんでもなくデカい牙が生えており、当たったらタダでは済まなさそうだ。
例え前足に噛みつけたとしても、あの牙で串刺しにされちまうかもしれない。
「う、ぐぅ……」
フィンが苦しげに呻くのが聞こえた。
結構出血しているように見える。早くしないと。
俺はキッシュに気を向けているイノシシに全力で飛びかかった。
一撃が通じないなら、後ろ足に噛み付いて電撃を流し続けてやるぜぇ!!
が、もう少しというところでイノシシが180度回頭し、牙を俺に向かってカチ上げてきた。
あぶねっ!!
俺は咄嗟にイノシシの牙の間、鼻面に蹴りを入れる。おまけに電撃もくれてやる。
バヂッ!!
「ギィィィイイィッ!?」
効いたか?
イノシシはバタバタと足踏みをし、頭を振って嫌がっている。
鼻面への電撃は通りそうだが、ヘタすると串刺しだからあんまりやりたくないな。
今の蹴りをもう1回やれるかと言われると自信ない。
おっと、もう待ち直したのかい? もうちょっと痛がっててもいいんだぜイノシシさん。
イノシシは黄色い目を怒りに輝かせて俺を睨みつけている。
今度は俺が標的か。なんとか突進をかわして、また電撃を……
不意にイノシシの姿が掻き消えた。
え?
瞬き1回ほどの時間も無かったと思う。
気が付くとイノシシの姿が無く、同じぐらい唐突に、イノシシが目の前に出現した。
え!?
右肩にとんでもない衝撃。
次の瞬間、俺は宙を舞っていた。
なん……な、なにが!?
俺は痛みと衝撃と混乱で、受け身も取れず、転がり這う。
朦朧としながらもなんとかイノシシを視界に入れた。
イノシシはまたこちらを向いて攻撃の気配を見せている。
この野郎、今、なにしやがったっ!?
これはスピードが速いとか、そんなんじゃねぇぞ!?
ん?……また消えた!
このまま立ってるとヤバい!
俺は渾身の力で右に跳んだ。
それとほぼ同時にイノシシが姿を現し、牙を振り上げる。
こつん、と左足の爪にそれが掠った感触。あっぶねぇ。
なんとか避けたと思ったが、それで攻撃は終わりじゃなかった。
逃げた俺を追うように、今度は薙ぎ払うように頭を横に振ってきた。
ヤバい。再度跳ぼうとするが、さっき一撃もらった右肩が動かないのに今気づいた。
迫る牙。一か八かで鼻面に蹴りを入れようと構える。
次の瞬間キッシュの爪がイノシシの右目を抉った。
「ギヒィイ!?」
キッシュの動きが直前までまったく見えなかった。流石師匠。まさかアンタも消えれるんじゃなかろうな。
キッシュは滑らかに着地した後、間を置かずにイノシシの右前足、右後脚に次々と噛みつき傷を負わせると、すぐに下がった。
噛みつき続けずにダメージを蓄積させる作戦か。よし、俺も……!
あれ、右手がまだ動かないぞ……右肩はどうなって……あぁ、見るんじゃなかった。ざっくりと切れて大出血中だった。
なんの、右手を使わなければ、牽制ぐらいッ!
俺はキッシュとイノシシを挟むように移動した。。
必然的に俺がイノシシの無事な方の左目に映ることになるが、キッシュが反対側から攻撃を続けているんで、大振りの攻撃はできまい。
案の定、煩そうにイノシシが牙を振り回すが、当たらんね。攻撃されている方は防御に徹すれば、危なげなくかわせる!
イノシシの右前足にキッシュが再び噛みつく。イノシシが嫌がって右の方へ首を振った。
いまだ!
俺は両足でイノシシに跳びつき、空中で体を捻ると両足でイノシシの胴を蹴りつけた。
バヂヂッ!!
バヂッ!
「ギィ!?」
イノシシは今までにない程仰け反り、体を震わせた。
2発同時は効いたみたいだな! よし、いける!
イノシシの姿が掻き消えた。
イノシシの向こう側にいたキッシュが後に体勢を崩すのが見えた。噛み付いていた足が急に消えたからだろう。
そろそろ来ると思ったぜ。食らうかよ!
俺は大きく後に飛び退いた。
それと同時にイノシシが、キッシュの、真後ろに、姿を現す。
な……
イノシシの牙がキッシュの胴体に食い込んだ。




