幸せですか?
◆
結局、アズナブイは俺のペットという事になった。
それは、この地域における竜の脅威が、完全に無くなった事を意味していた。
だから、俺は意気揚々とゴブリンの村へ帰り、広場へ皆を集めると、大きな声で宣言をしたのである。
「喜べ! アズナブイを倒してきたぞ!」
村のゴブリン達は、たちまち歓声を上げ、祭が始まった。
もちろん、アズナブイが俺のペットになったことにより、竜人達が俺の配下になっている。
だから、鬼の元にも人間の元にも、もう二度と襲わない、貢物もいらない、という伝言を持たせて使者を送っておいた。
竜人というのはおかしなもので、主であるアズナブイに絶対服従なのだそうだ。だから、あらゆる命令に粛々と従ってくれる。
もちろん、元々気性の荒い種族ではあるから、それぞれ人や鬼の元に行った時、どのような対応をするのか怪しい面もあるが、そこはアズナブイという人質__いや、竜質がいるので大丈夫だろう。
黄昏から夜に変わった広場では、篝火が焚かれ始め、ぼんやりとした朱色の灯りが辺りを彩っていた。
「トオルさま! おめでとう存じます!」
俺は仮設された大きな椅子に腰掛けて、村長やダークエルフとなったゴブリン戦士達の祝辞を受けて、鷹揚に頷きを返している。
その中でも、涙を浮かべたエフリース__この村の名を冠した上位のダークエルフが俺の足元にひれ伏して、涙ながらに無事を祝ってくれた。
「ゴブリーン……いや、エフリースこそ、良くやってくれた。村を守っただけではなく、まさか、ドンベエを捕虜にしていたなんて、驚いたよ!」
そう、実は、村に戻り、俺が勝利を宣言すると、粗雑な監車が広場に引かれて来て、
「トオルさまの勝利に花を添えられましょうか?」
と、バロン__ゴブリン村の村長が、恭しく俺に頭を下げて、監車の中にいるドンベエを指差したのである。
ドンベエは、首、手、足を枷で止められて身動きもままならない様子。それでも、項垂れた肩は、自らの運命に絶望しているからだろう。
「ドンベエか。お前たちには思う所もあると思うが、ヤツもまた被害者なんだ。今回は許してやるように……ただ、これだけは守らせろよ」
けれど、今や鬼達が何故ゴブリン村を襲ったのか知っている俺は、ドンベエを許す事にした。ただ、ゴブリン村の復興に手を貸すこと、そして今後は、何者にも危害を加えないことを約束させるように、バロンには念押した。
バロンは頷くと、踵を返して監車の前へ行き、ドンベエと二言三言会話をすると、手際よく檻を開けた。
「それにしても、どうして手当たり次第に襲わなかったんだ?」
俺は、俺の足元で蹲り、与えられた干し肉をかじるアズナブイに声をかけた。
アズナブイは力を欲して、大量の食料を要求していたという。それは、家畜でも魔物でも人でも、種類に拘る事は無かったというが、俺は、それでも、どこか制限を設けていたように感じられたのだ。
「我は、種を滅ぼす気などない。また、特定の種を優遇する事も無い。故に調停者である」
小さな調停者は、羊の干し肉にさえ苦戦しているくせに、相変わらず偉そうだった。
まあ、大局ってやつで見れば、ゴブリンの数はどんどん増えるし、それを食べて力をつけるというのも理にかなっていたのか。それで数が足りなくなれば、鬼、それでも足りなければ人、か。
「ところでトオルさま。ドンベエがお目通りを願っておりますが」
未だに俺の前で片膝を付いたままのエフリースが、アズナブイをちらりと一瞥したあと、口を開いた。
さっき、エフリース配下のダークエルフが何か耳打ちしたと思ったら、そんな事か。
それにしても、エフリースといえども、アズナブイに対しては複雑な感情があると思う。けれど、ここまで小さくなられては、いっそ恨みも晴らせない、といったところだろうか。
「ああ、ドンベエが? 暴れたりしていないかな?」
「はっ、大丈夫です。戦士達も見張っておりますれば、万が一にも」
「ふん。我を倒した貴様が、何ゆえ今更、鬼ごときを恐れるのだ?」
俺とエフリースのやり取りに、相変わらず干し肉と格闘しているアズナブイが口を挟んだ。
たしかに、アズナブイの言うとおりだった。
ドンベエはおろか、数人の鬼戦士を捕らえたエフリース率いるダークエルフの戦士達。それに加えて、ここには、フィリス、アルマ、ヤッファ、サラス、おまけでウルフィスもいるのだ。かりに暴れられたところで、万に一つも後れを取る事は無いだろう。
「そうだな。じゃあ、ドンベエをここへ」
今、俺の装備はまたしても漆黒のローブである。ただ、属性が闇のままで神錫をもっている為に、脱力感が激しい。なので、肘掛に左腕を置き、曲げて上げた手の平の上に、俺は顎を乗せるというアンニュイな姿勢である。
ああ、この姿勢をアルマが見たら、きっと卒倒するに違いない。また惚れ直すぞ!
そう思ってアルマに視線を送ってみたが、なにやら美しいダークエルフと談笑していて、俺に気がつかないようだ。俺の気分がすごぶる悪化した。これはもう、ぷんすこである。
「ド、ドンベエにござりまする」
不幸だったのはドンベエだった。
俺がどす黒い嫉妬の炎に飲み込まれた直後、彼は現われたのだ。
大きな身体を小さく丸めて、俺の前に平伏したまでは良かった。しかし、ドンベエが恐る恐る視線を上げた先にいた俺は、全身に禍々しい妖気を纏った魔王その人に見えたのかもしれない。
「ひっ……不死乃王……!」
ドンベエは言うなり、身体を仰け反らせて仰向けに倒れ、気絶してしまったのであった。
もちろん、エフリースが気付けを行いドンベエの意識はすぐに戻った。しかし、恐怖と感謝から、ドンベエは俺と視線を合わせる事さえなく、こう言ったのである。
「わ、我が身命に変えましても、魔王さまの盾となりまする!」
「いや、俺、勇者なんだけど?」
「はっ、で、では、勇者さまへの忠誠、お誓いいたしまする」
俺はアンニュイな溜息をついた。
どうも、俺の思い描く勇者像と違うからである。
肉が無いだけで周りから怖がられるのは、差別の様な気して、俺の気分を暗くさせるのだった。
◆◆
祝宴は深夜まで続き、元々が陽気なゴブリン達は、いつの間にか鬼の戦士達を受け入れていた。
鬼がゴブリンを肩車する様は、遠目から見れば、大人が幼児と戯れている様で、非常に微笑ましい。
酒に酔ったフィリスが、幾度もアズナブイを鍋に放り込もうとしていたが、流石に今やアズナブイは俺の魂でもある。それを説明したら、やっと大人しくなったフィリスであった。
俺も、当然酒を浴びるように飲んでいる。いくら飲んでも、いつでも酔いを醒ませる、というのは骨になって最大の利点だろう。
だから俺は、皆が酔いつぶれて高らかに鼾をかきはじめた頃、あえて酔いを醒ましたのだ。
「どうした?」
アルマが広場を離れ、かといって家屋で休むでもなく、一人、小高い丘に上り、遠くを眺めていたのだから、心配になったのである。
「ああ、トオル殿か。
わたくしの愚痴を、聞いてくれるか?」
アルマの銀髪が、僅かに欠けた月に反射して青白く輝いている。その青白さは聖性さえ感じさせるものであったが、同時に寂寥感さえ含んでいた。だから俺は微笑み、彼女の隣に腰を下ろした。
歯が”ぎりっ”っとなるのは仕方がない、唇が無いからな。ともかく、今は彼女の孤独を少しでも癒せれば、と思ったのだ。
「ああ、もちろん」
「……バルバロッサの時と今日、わたくしは、トオル殿に二度も助けられた。わたくしは、トオル殿の足手まといではないか? 今、そう考えていた。
少なくともフィリスは半神だし、ヤッファやサラスも、普通のエルフではあるまい? ウルフィスは、先ほどもトオル殿と肩を組んで歌ったりと、一緒にいて楽しそうだ。ゴブリーン、ではなかったのだな? エフリースとて、トオル殿に絶対の忠誠を誓って、しかも鬼を捕縛する程の力を持っている」
「なあ、アルマ? お前は一体なんだ?」
「ゆ、勇者だ」
「そうだろ? だから、誰よりも勇気があるんだよ。
アルマがバルバロッサに挑んだから、俺も戦った。
アルマがアズナブイと戦ってくれたから、最後に俺が戦えた。
それに、フィリスやヤッファ、サラス、エフリースは俺の神官で、ウルフィスは信者だろ? あいつ等が俺の役に立ちたいと思うのは、こういうと変だが、当然だと思う」
「だ、だが、事実それで上手く戦えている!」
「じゃあ、アルマも俺の神官になるか?」
「な、なれるものなら……だが、わたくしは光の勇者なのだ。光の神ヴェルキンの加護を受けている。だから、闇の神である貴方の神官になるなど、持っての他なのだ……!」
アルマは両手で頭を抱え込んで、激しく揺すっている。
光の神と闇の神である俺の間で、激しく揺れているのかもしれない。その動きが止まると、涙さえ浮かべて言葉を継いだ。
「光は闇を照らし、闇は光を飲み込んだ。これが、光と闇の神の伝承だ。わたくしには、この意味は分からない。トオル殿には、わかるだろうか?」
「ああ。アルマが光だとするならば、俺が闇ってことだろう? 辻褄が合うじゃないか」
「ふ、ふふ。わたくしが、トオル殿を照らす光?」
「ああ、いつだってそうだ」
答えを聞いたアルマは微笑み、珍しく俺の肩に銀色の頭を持たせ掛けた。
「じゃあ、今日はわたくしを包んでくれ」
俺は、そっとアルマの銀髪を撫でる。幾度か撫でると、アルマの形の良い口元から、笑い声が漏れた。
「ふ、ふふ。硬くて冷たいな、トオル殿は」
「……骨、だからな」
アルマは額にかかる髪を耳に乗せて、夜空に耳を済ませていた。
俺には真似をすることが出来なかったけれど、アルマの感じているモノを俺も感じたくて、少しだけ聴覚に意識を集めた。
風が森の木々を揺らす音、それから梟が鳴く声が遠くから聞こえる。多分、人が心を癒すには十分な音色だろう。
俺の肩の上で、アルマが静かに瞼を閉じていた。
__がさっ__
不意に、俺達の背後に近づく不穏な足音が、聞こえた。
「ふぅー! ふぅー! トオルさまっ! アルマさまっ!」
なんと緑髪を逆立てた、俺の大神官が背後に迫っていたのであった。
書いていてドキドキしました。
けれど、モテているのは、あくまでも骨。




