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骨の勇者は肉が欲しい  作者: 芳井食品(芳井暇人)
神様多忙につき……!
29/59

幸せですか?

 ◆ 

 結局、アズナブイは俺のペットという事になった。

 それは、この地域におけるドラゴンの脅威が、完全に無くなった事を意味していた。

 だから、俺は意気揚々とゴブリンの村へ帰り、広場へ皆を集めると、大きな声で宣言をしたのである。


「喜べ! アズナブイを倒してきたぞ!」


 村のゴブリン達は、たちまち歓声を上げ、祭が始まった。

 

 もちろん、アズナブイが俺のペットになったことにより、竜人ドラゴニュート達が俺の配下になっている。

 だから、オーガの元にも人間の元にも、もう二度と襲わない、貢物もいらない、という伝言を持たせて使者を送っておいた。

 竜人ドラゴニュートというのはおかしなもので、主であるアズナブイに絶対服従なのだそうだ。だから、あらゆる命令に粛々と従ってくれる。

 もちろん、元々気性の荒い種族ではあるから、それぞれ人やオーガの元に行った時、どのような対応をするのか怪しい面もあるが、そこはアズナブイという人質__いや、竜質がいるので大丈夫だろう。


 黄昏から夜に変わった広場では、篝火が焚かれ始め、ぼんやりとした朱色の灯りが辺りを彩っていた。


「トオルさま! おめでとう存じます!」


 俺は仮設された大きな椅子に腰掛けて、村長やダークエルフとなったゴブリン戦士達の祝辞を受けて、鷹揚に頷きを返している。

 その中でも、涙を浮かべたエフリース__この村の名を冠した上位のダークエルフが俺の足元にひれ伏して、涙ながらに無事を祝ってくれた。


「ゴブリーン……いや、エフリースこそ、良くやってくれた。村を守っただけではなく、まさか、ドンベエを捕虜にしていたなんて、驚いたよ!」


 そう、実は、村に戻り、俺が勝利を宣言すると、粗雑な監車が広場に引かれて来て、


「トオルさまの勝利に花を添えられましょうか?」


 と、バロン__ゴブリン村の村長が、恭しく俺に頭を下げて、監車の中にいるドンベエを指差したのである。

 ドンベエは、首、手、足を枷で止められて身動きもままならない様子。それでも、項垂れた肩は、自らの運命に絶望しているからだろう。


「ドンベエか。お前たちには思う所もあると思うが、ヤツもまた被害者なんだ。今回は許してやるように……ただ、これだけは守らせろよ」


 けれど、今やオーガ達が何故ゴブリン村を襲ったのか知っている俺は、ドンベエを許す事にした。ただ、ゴブリン村の復興に手を貸すこと、そして今後は、何者にも危害を加えないことを約束させるように、バロンには念押した。

 バロンは頷くと、踵を返して監車の前へ行き、ドンベエと二言三言会話をすると、手際よく檻を開けた。

 

「それにしても、どうして手当たり次第に襲わなかったんだ?」


 俺は、俺の足元で蹲り、与えられた干し肉をかじるアズナブイに声をかけた。

 アズナブイは力を欲して、大量の食料を要求していたという。それは、家畜でも魔物でも人でも、種類に拘る事は無かったというが、俺は、それでも、どこか制限を設けていたように感じられたのだ。


「我は、種を滅ぼす気などない。また、特定の種を優遇する事も無い。故に調停者である」


 小さな調停者は、羊の干し肉にさえ苦戦しているくせに、相変わらず偉そうだった。


 まあ、大局ってやつで見れば、ゴブリンの数はどんどん増えるし、それを食べて力をつけるというのも理にかなっていたのか。それで数が足りなくなれば、オーガ、それでも足りなければ人、か。


「ところでトオルさま。ドンベエがお目通りを願っておりますが」


 未だに俺の前で片膝を付いたままのエフリースが、アズナブイをちらりと一瞥したあと、口を開いた。

 さっき、エフリース配下のダークエルフが何か耳打ちしたと思ったら、そんな事か。

 それにしても、エフリースといえども、アズナブイに対しては複雑な感情があると思う。けれど、ここまで小さくなられては、いっそ恨みも晴らせない、といったところだろうか。


「ああ、ドンベエが? 暴れたりしていないかな?」


「はっ、大丈夫です。戦士達も見張っておりますれば、万が一にも」


「ふん。我を倒した貴様が、何ゆえ今更、オーガごときを恐れるのだ?」


 俺とエフリースのやり取りに、相変わらず干し肉と格闘しているアズナブイが口を挟んだ。

 たしかに、アズナブイの言うとおりだった。

 ドンベエはおろか、数人のオーガ戦士を捕らえたエフリース率いるダークエルフの戦士達。それに加えて、ここには、フィリス、アルマ、ヤッファ、サラス、おまけでウルフィスもいるのだ。かりに暴れられたところで、万に一つも後れを取る事は無いだろう。


「そうだな。じゃあ、ドンベエをここへ」


 今、俺の装備はまたしても漆黒のローブである。ただ、属性が闇のままで神錫をもっている為に、脱力感が激しい。なので、肘掛に左腕を置き、曲げて上げた手の平の上に、俺は顎を乗せるというアンニュイな姿勢である。


 ああ、この姿勢をアルマが見たら、きっと卒倒するに違いない。また惚れ直すぞ!

 そう思ってアルマに視線を送ってみたが、なにやら美しいダークエルフと談笑していて、俺に気がつかないようだ。俺の気分がすごぶる悪化した。これはもう、ぷんすこである。


「ド、ドンベエにござりまする」


 不幸だったのはドンベエだった。

 俺がどす黒い嫉妬の炎に飲み込まれた直後、彼は現われたのだ。

 大きな身体を小さく丸めて、俺の前に平伏したまでは良かった。しかし、ドンベエが恐る恐る視線を上げた先にいた俺は、全身に禍々しい妖気を纏った魔王その人に見えたのかもしれない。


「ひっ……不死乃王ノーライフキング……!」


 ドンベエは言うなり、身体を仰け反らせて仰向けに倒れ、気絶してしまったのであった。

 もちろん、エフリースが気付けを行いドンベエの意識はすぐに戻った。しかし、恐怖と感謝から、ドンベエは俺と視線を合わせる事さえなく、こう言ったのである。


「わ、我が身命に変えましても、魔王さまの盾となりまする!」


「いや、俺、勇者なんだけど?」


「はっ、で、では、勇者さまへの忠誠、お誓いいたしまする」


 俺はアンニュイな溜息をついた。

 どうも、俺の思い描く勇者像と違うからである。

 肉が無いだけで周りから怖がられるのは、差別の様な気して、俺の気分を暗くさせるのだった。


 ◆◆


 祝宴は深夜まで続き、元々が陽気なゴブリン達は、いつの間にかオーガの戦士達を受け入れていた。

 オーガがゴブリンを肩車する様は、遠目から見れば、大人が幼児と戯れている様で、非常に微笑ましい。

 酒に酔ったフィリスが、幾度もアズナブイを鍋に放り込もうとしていたが、流石に今やアズナブイは俺の魂でもある。それを説明したら、やっと大人しくなったフィリスであった。

 俺も、当然酒を浴びるように飲んでいる。いくら飲んでも、いつでも酔いを醒ませる、というのは骨になって最大の利点だろう。

 だから俺は、皆が酔いつぶれて高らかに鼾をかきはじめた頃、あえて酔いを醒ましたのだ。

 

「どうした?」


 アルマが広場を離れ、かといって家屋で休むでもなく、一人、小高い丘に上り、遠くを眺めていたのだから、心配になったのである。


「ああ、トオル殿か。

 わたくしの愚痴を、聞いてくれるか?」


 アルマの銀髪が、僅かに欠けた月に反射して青白く輝いている。その青白さは聖性さえ感じさせるものであったが、同時に寂寥感さえ含んでいた。だから俺は微笑み、彼女の隣に腰を下ろした。

 歯が”ぎりっ”っとなるのは仕方がない、唇が無いからな。ともかく、今は彼女の孤独を少しでも癒せれば、と思ったのだ。


「ああ、もちろん」


「……バルバロッサの時と今日、わたくしは、トオル殿に二度も助けられた。わたくしは、トオル殿の足手まといではないか? 今、そう考えていた。

 少なくともフィリスは半神デミゴッドだし、ヤッファやサラスも、普通のエルフではあるまい? ウルフィスは、先ほどもトオル殿と肩を組んで歌ったりと、一緒にいて楽しそうだ。ゴブリーン、ではなかったのだな? エフリースとて、トオル殿に絶対の忠誠を誓って、しかもオーガを捕縛する程の力を持っている」


「なあ、アルマ? お前は一体なんだ?」


「ゆ、勇者だ」


「そうだろ? だから、誰よりも勇気があるんだよ。

 アルマがバルバロッサに挑んだから、俺も戦った。

 アルマがアズナブイと戦ってくれたから、最後に俺が戦えた。

 それに、フィリスやヤッファ、サラス、エフリースは俺の神官で、ウルフィスは信者だろ? あいつ等が俺の役に立ちたいと思うのは、こういうと変だが、当然だと思う」


「だ、だが、事実それで上手く戦えている!」


「じゃあ、アルマも俺の神官になるか?」


「な、なれるものなら……だが、わたくしは光の勇者なのだ。光の神ヴェルキンの加護を受けている。だから、闇の神である貴方の神官になるなど、持っての他なのだ……!」


 アルマは両手で頭を抱え込んで、激しく揺すっている。

 光の神と闇の神である俺の間で、激しく揺れているのかもしれない。その動きが止まると、涙さえ浮かべて言葉を継いだ。


「光は闇を照らし、闇は光を飲み込んだ。これが、光と闇の神の伝承だ。わたくしには、この意味は分からない。トオル殿には、わかるだろうか?」


「ああ。アルマが光だとするならば、俺が闇ってことだろう? 辻褄が合うじゃないか」


「ふ、ふふ。わたくしが、トオル殿を照らす光?」


「ああ、いつだってそうだ」


 答えを聞いたアルマは微笑み、珍しく俺の肩に銀色の頭を持たせ掛けた。

 

「じゃあ、今日はわたくしを包んでくれ」


 俺は、そっとアルマの銀髪を撫でる。幾度か撫でると、アルマの形の良い口元から、笑い声が漏れた。


「ふ、ふふ。硬くて冷たいな、トオル殿は」


「……骨、だからな」


 アルマは額にかかる髪を耳に乗せて、夜空に耳を済ませていた。

 俺には真似をすることが出来なかったけれど、アルマの感じているモノを俺も感じたくて、少しだけ聴覚に意識を集めた。

 風が森の木々を揺らす音、それから梟が鳴く声が遠くから聞こえる。多分、人が心を癒すには十分な音色だろう。

 俺の肩の上で、アルマが静かに瞼を閉じていた。


 __がさっ__


 不意に、俺達の背後に近づく不穏な足音が、聞こえた。


「ふぅー! ふぅー! トオルさまっ! アルマさまっ!」


 なんと緑髪を逆立てた、俺の大神官が背後に迫っていたのであった。

書いていてドキドキしました。

けれど、モテているのは、あくまでも骨。

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