70限目 デートします! 死にます!
「はー」
藤井ヒナは感嘆のため息をつきながら、目元の涙を拭う。
「良い式でしたね」
「結婚式みたいに言うんじゃないよ」
優斗と椋が友情を再確認した絵面を前に、幽霊ヒナはそんなことをつぶやいて、シュルツからお叱りの言葉を食らっていた。
しかしこのビッチ、めげる機能を忘れたロボットのようにめげない(めげる機能を忘れたからだ)。
「あ、でもちょっとイベントが進んだからか、
なんだか、死後模様が変化してきましたね」
「そーだねー。
デート前の優斗くんの悲しみっぷりは相変わらずだけど、
椋さんと最初のイベントをこなしたからか、彼もフォローしてくれるようになったね」
「関係性や好感度によって変わるんですもんね」
「そうそう」
そうなのだ。
シュルツは本来、こういったものを見たかったのだ。
恋をすると死ぬという乙女ゲー『乙女は辛いデス』において、なかなかテストできずにいたけれど。
このゲームの葬式の作り込み度合いは半端ではない。だからこそプレイヤーが死なずに困っていたのだ。
本来は、こういうのをたくさん見せてくれるのが、藤井ヒナの役目だったのだ。
「いや、たくさん見せてはくれているんだよな……。
たくさん……死を……多くの……。
星たちが堕ちる様……この世の終わり……ゲイムギョウ界の滅亡を……」
「?」
ぶつぶつとつぶやき出したシュルツに、ヒナは小首を傾げていた。
瞬間的に乙女ゲーのモニターとして復活したビッチは、小さく片手をあげる。
「はい、シュルツさん」
「なんでしょう、藤井ヒナさん」
「わたし、優斗くんと椋くん、どっちも好きになってきた気がします」
「だろうね、意外性はなにもないよ」
「おふたりとも、良いところがありますよね。
わたし段々と、内面にも惹かれてきた気がします」
「まあそりゃあ、うちの会社のライターが作ったキャラクターだから。
クオリティは高いだろうと当方自負しておりまするゆえ」
「……あっ、でもそんなことを言って、
ひょっとしてシュルツさん、わたしが他の人を褒めちゃったから、
もしかしてもしかして、妬いていたりしますぅー?」
「焼きたいとは常日頃から思っているかな」
口元に手を当てて「ムフフ」と微笑むヒナに、死人のような目を向けるシュルツ。
つんつんと頬を突っついてくるヒナを鬱陶しそうに払いのけ、これ以上この話題を続けるのは危険だと悟ったシュルツは咳払いする。
「いいからいいからほら、セーブポイントからやり直すよ」
「はーい」
笑みを浮かべながら片手をあげるヒナ。
このビッチ、相変わらず返事だけは良いのだ、返事だけは。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「えへーへへーえへーっへっへー」
再開は昨夜の晩。ヒナがおしゃれコレクションを購入し、自宅に帰ってきて、あとは寝るだけという段階でセーブをしていたデータからの再開だ。
ちなみに余談だが、これから起きるであろうあらゆる状況を見越して、現時点でセーブデータはひとつも消していないため、そのナンバーはすでに100近い。
そして今、なぜヒナがニッコニコなのかというと。
「やっぱり可愛くないですか? このお洋服!
可愛くないですか? 可愛くないですか?」
「ああ、うん、良かったね……」
明日デートに着ていく服に着替えては、色々なポーズを取っているのだ。
鏡台の前、鏡の中自分に向かってニコッと微笑んでは、笑顔の練習のようなものを行なったりもしている。
「えへへっ!」
指で口の端を持ち上げ、一番素敵に見える口角の角度を研究するヒナは、色々と顔の傾きを変えながら、映りの良い位置を確認しているようにも見える。
ぱちぱちとウィンクしたり、舌を出してみたり、頬を揉みほぐしたり。
「えーっと」
机の上に寝そべるシュルツは、ぽりぽりと眉間の間をかく。
「正直、反応に困るんですけど」
なにかリアクションしなければならないということはないだろうが、突っ込み待ちだったらどうしよう、というシュルツの迷いが口から出てきたのだ。
ヒナはキリッとした顔で振り向いてくる。
「女子力を磨いています。
こういうのは、誰にも見られずこっそりと、でもしっかりしてなきゃいけないんです。
努力です。なんでも努力なんです。ええ、毎日の積み重ねが大事なんですから」
「あ、そう」
正直これ以上女子力を高めてどうするのかとは思ったが、それも女子としての本能なのかもしれない。
とまあ、寝る前の儀式を終えた彼女はパジャマに着替えると、大きく伸びをした。
このヒナ、いつもいつもアホみたいに幸せそうだが、きょうばかりはより一層輪をかけて楽しそうだ。
楚々として落ち着いたヒナもそれはそれで怖いが、こうして明るく振舞っているヒナはウザいったら仕方ない。
陰陽どちらであろうと、クレイジーサイコビッチの愛欲の業は拭い去れない、ということなのだろう。
「うーん、楽しみですねー」
「ボクの胸中は不安で満ち満ちている」
「楽しんでいきましょうよ、ゲームなんですから!」
「ここを出られてもボクは『辛いけど楽しかった』だなんて過去を美化したりしないよ。
ちゃんと『ただひたすらに苦痛でした。つらたん』って証言するよ」
「さてさて」
そうこう言っている間に、ヒナはストレッチを済ましたようだ。
電気を消すと、彼女はベッドにごろりと横になる。
「それではシュルツさん、おやすみなさい」
「おやすみー」
今度はヒナは死ぬことはなかった。
――目を閉じた五秒後、スキップ機能によって即座に朝日が登ったからである。
横になった直後、飛び起きて、ヒナは拳を握り締める。まるでコントかなにかのようだ。
「デート当日です!」
「うん」
「張り切ってまいりましょう!」
「お、おー」
元気だなあ、と思いつつも乗ってあげるシュルツ。
しかし、今さらデートがそんなに楽しみなのだろうか。
シュルツにはよくわからない。
いやそんなことを言ってしまえば、イケメンに微笑まれただけでコロリと死んでしまう女の生態など、まるでなにひとつわからないのだが。
「ではでは、シュルツさん、わたし、いきます」
ぴしりと額に手を当てて、ヒナはにっこりと微笑む。
二日間のアルバイトをすることによって手に入れた、ヒナのデート用私服だ。
その格好は年頃の女の子らしく、彼女が持つ清楚な魅力をより一層引き立てていた。
なるほど、こうして改めて見れば、それなりに魅力的な服装なのかもしれない。
きっとよく似合っているのだろう。
まあそんなことをわざわざ言ったりはしないが。死ぬし。
だから、彼女に抱えられながら、シュルツは厳粛につぶやく
「お大事にね」
「えへへ、なんですかそれ。
これからデートに向かうのに、お大事にもなにもないじゃないですかー」
目を細めてにへらっと笑うヒナ。
部屋を出て廊下を歩きながら、彼女はシュルツの頭を撫で回す。
「うん、でも一応ね。
念のため、注意したい気分になってきてね。
この世界って恋をすると死んじゃうからね」
「知ってますってばー、えっへっへ、
でもわたし、今は確かに浮かれているって自覚ありますけど、
だからってそう簡単に死んだりしませんよー。
相手は優斗くんなんですよ? もう何度も会いましたし。
笑顔にだって耐え切れます。
リハーサルっていうと聞こえが悪いですけど、
椋くんとのデートみたいなのだって、ちゃーんと乗り越えられたんですから。
今さらそんなそんな――」
その言葉の途中、ヒナは階段を踏み外して転げ落ちた。
「ヒナさん――ッ!?」
投げ出されて受け身を取ったシュルツが階下を覗くと、そこには発掘された恐竜の化石のように手足をねじ曲げたヒナが血まみれで横たわっていたのだった……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「えへっ、失敗しました」
「お、おう」
こつんと頭を叩いて舌を出すヒナ。明るさが、かなりウザい。
今回の死に様が死に様なだけに、葬式はかなり悲壮感に包まれていたのだが、それを語るのは辛すぎるので、シュルツは早く忘れようと努めていた。
セーブポイントからやり直し、再び翌日である。
完全戦闘スタイルに着替えたヒナは、ガンマンのようにケータイを開いて時刻を確認する。
「よし、待ち合わせまであと一時間ぐらいですね。
先に向かっていようと思います」
「う、うん……」
しかしシュルツには疑念があった。
体内に龍を宿すことでお馴染みの地味で平凡などこにでもいる女子高生、藤井ヒナが、まさか階段から足を踏み外したりするだろうか。
それどころか、受け身すら取れないなんてことがありえるだろうか。
シュルツは鋭かった。
ヒナとの付き合いはこう見えても長いのだ。否応もなく、だが。
「あのさあ、ヒナさん」
「なんでしょう」
「ちょっとドキドキメーター見せてくれないかな」
「はーい」
ヒナは手首に巻きついているブレスレットを見せてくる。
そこには数字の羅列があった。
それは現状ヒナがどれだけドキドキしているか、というパラメータを数値化したものだ。
これは100万になると死んでしまう、ヒナの命のカウントダウンだが。
現在の数値は、99万9998だった。
「ウオアアアアアアア!」
「えっ、なんですかシュルツさん、急に。
びっくりしました」
「ホントだ! 99万9999になっちゃった!
っていうか、なにこれ! どういうことなの!」
シュルツは半狂乱になって叫ぶ。
「まだじゃん! デートもまだなにもしていないじゃん!
なのになんで! なんでなの!?
もう死ぬよ!? ヒナさん死んじゃう!」
「シュルツさん、こういう言葉があります」
「な、なに……?」
「『待つのもデートのうち』!
つまり女の子にとっては、待ち合わせに向かおうとしている瞬間から、
すでにもうデートは始まっているようなものなんです!」
「やめろォ!」
わけのわからない論説を高らかに謳うヒナに、シュルツは大きく首を振る。
「階段から足を踏み外すわけだよ!
あの時点で死んでたんじゃないかよ!」
「ドキドキしますよね、やっぱり……。
で、デート、デートですもん、デート……えへへっ……」
「大体、今さらデートがなんだよ!
さっきから浮かれているけど、わけがわからないよ!
ヒナさんだったらデートの千回や万回、億回ぐらいやっているでしょ!」
「でもデートはデートなんです!
その一回一回がとっても楽しくてトクベツでスペシャルなんですっ!」
「自分で自分の期待を煽ってどうすんの!?」
シュルツを抱き上げたヒナは部屋を出て、猛然と歩き出す。
だめだ。このクレイジーサイコビッチはもう止まらない。完全に目がイッちゃっている。
「いいんです! 盛り上がってこそのデートなんですもん!
気合を入れることで、女の子は恋して、美しくなれるんです!
わたしだってたまにはキラキラしたいんですー!」
「よせ! クレイジーサイコビッチ!
それ以上いくと人間界に戻れなくなるぞ!」
「やん! やん!
デートっ、デートっ、デートっ。
はぁーん、なんていい響きなんでしょうか、デートっ!
ああ、待っていてください、優斗くん!
今、ヒナが、あなたのヒナが、飛んでいきますからっ!」
そうしてヒナは階段を転げ落ちた。
少女は飛び立てず、折れた翼はばらばらに砕け散る。
優斗は待つだろう。ヒナの訪れを。
いつまでも、ただひとりで。
いつまでも――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……」
「……」
さすがに二度目ともなると、反省したようだ。
浮かれ気分もどこへやら、彼女は俯いていた。
ヒナは目を閉じて、小さく首を振る。
「ごめんなさい、シュルツさん。
お見苦しいところを見せてしまいまして、誠に申し訳ありません。
これからは同じようなことのないように努めたいと思います。
二度もご迷惑をおかけいたしました……」
「暗い暗い暗い暗い。
う、うん……まあ、うん、いいよ。
これから気をつけてくれれば」
自分でムードを高めていたら世話がない。
こんなところでビッチの本領を発揮してどうするのか。
しかしヒナはしっかりと反省する子だ。
それだけは(なんだかんだで)シュルツも認めているのだ。
3度目の正直という言葉通り、反省したヒナは強い。
彼女はこれからはうまくやるだろう。
――だが。
「大変です。シュルツさん」
「え、なに」
「見てください」
「……うん?」
わかっているつもりが、わかっていなかった。
シュルツは手首に取りつけられた、ヒナのドキドキメーターを見て。
失神しかけた。
「……きゅ、99万1832……だと……」
セーブ開始直後でそんな数値が出るはずがない。
通常なら。通常なら、だ。
そんなシュルツの頭を撫でるヒナは、穏やかな笑みを浮かべていた。
すべてを認め、諦め、受け入れ、それでいて愛してやまない菩薩のような顔で、ヒナはつぶやいた。
「デートが楽しみすぎて、数値が下がりません」
――まるで呪われた屋敷に閉じ込められた一羽と一匹のように。
ふたりは今、外に出ることすらも、ままならなかったのである。
759回目。
死因:デートにウキウキして。
760回目。
死因:デートにワクワクして。
シュルツより一言:デート地点にすら辿りつけない。




