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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第五章 ウッキウキ☆初めてのデートは死の香り♡
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68限目 死につつ、ここまで来ましたね

「戦いは、まだ始まったばかりだ。

 ――戻るぞ、僕達の戦場に」


 ニヒルな笑みを浮かべ、そう告げた彼だったが。

 肝心の少女はストローでお冷をテーブルの上に垂らし、なにやら水模様のようなものを描いていた。

 ゴッホの「12本のひまわり」だった。


「なんだそれ!? すごいな!?」

「え、あ、はい、終わりました?」


 思わず口走るシュルツ。一体なにをどうやったのか、てんで検討もつかない。

 しかしヒナはそんなこと気にせず、顔をあげ、備え付きのナプキンでテーブルの水を拭き取る。


「さ、行くぞ、藤井」

「はーい」


 椋のかっこいいセリフを聞かずにいるため、他事に集中していたのだろう。

 ヒナは良い返事をすると、おもむろに立ち上がった。

 椋は伝票を譲らずに、会計へと向かう。


「あ、椋くん、わたしもお金」

「気にするな。これも経費だ」

「えっと、じゃあ……お言葉に甘えて、えへへ」

 

 彼の言葉も、仕事の一貫なのだから、これは案外簡単に受け入れることができた。

 ふたりは「ありがとうございましたー」のウェイトレスの声に背を押されて、店を出た。

 ウェイトレスの彼女も結局、最後まで「店長ー!」と叫び続けていた不幸な子であった。ある日など、死亡したヒナに向けて「店内で死亡なさらないでくださいっ!!」と金切り声で注意をしていたときもあった。時すでに遅かった。実にかわいそうだった。今度からそう張り紙を店内に張っておけばいいのに。


 それはそうと、ついにミッションクリアである。

 この日、ようやく『ミスターファイン』は潰れずに済んだのであった。


 しかし覚えていてほしい。

 藤井ヒナが椋サイドについた以上、どんなことがあろうとも、この先、『ミスターファイン』は確実に潰れるのだという未来を。

 それは遅いか早いの差でしかないのだ。

 歩く天災である藤井ヒナと関わってしまったことが、すべての悲劇であった。

『ミスターファイン』は潰れる。確実に潰れる。嵯峨野はきっと涙するだろう。

 彼が祈るのは神か悪魔か。

 あるいは天に、藤井ヒナが椋ルートを進まないでほしいと願うのみだ。

 がんばれ嵯峨野、がんばれ僕らの『ミスターファイン』。

 

 そんなことを思うシュルツは、ヒナのポケットから顔を出しながら、遠くなってゆく『ミスターファイン』の全景をいつまでも眺めていた。

 シュルツが無意識のうちにとっていたのは『敬礼』の姿であった。涙は流さなかったが、無言の(うた)があった。ヒナから迷惑を被り続けるもの同士の――奇妙な友情があった――。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「おうちに帰ってきました!」

「うん」

「セーブオッケーです!」

「おー」

「アルバイト2日目、クリアしました!」

「いえいー」

「やったーやったー!」

「わーわー」

 

 シュルツの両手を握ってくるくると回るヒナは、心からはしゃいでいた。

 これで4日目まで突破となると、シュルツとしても感慨が深い。


「4日目かあ……。

 よくここまできたなあ」

「本当ですよね! これってもうクリア寸前なんじゃないですか!?」

「あと300日ぐらいあるよ」

 

 白目を剥きそうな言葉を吐くシュルツ。

 しかしそれは残念ながら、れっきとした事実である。信じたくないのは誰も彼も同じだろう。

 ヒナはシュルツを机の上に乗せると、腕を組んで、難しい顔で頬杖をつく。


「300日。まだ結構ありますね。

 4日で700回死んじゃっているってことは、つまり……」

「それ以上はやめよう」

「わたしは幸せなんですけど、シュルツさんはどうですか? お幸せですか?」

「そうだね。控えめに言うなら、まあ、地獄かな」

「えへへ、じゃあわたしにとってのシュルツさんは、地獄に仏です」


 鬼に逢うては鬼に惚れ、仏に逢うては仏に惚れる少女は、彼岸に咲く花のように可憐に微笑む。

 シュルツにとって地獄とは彼女そのものなのだが、それをあえて口に出すことはしなかった。

 とりあえず、4日目をクリアできたことは事実なのだ。きょうぐらいはヒナの好きに言わせてあげようと思う。


「あのあの、シュルツさん」

「んー」

「今からわたし、お洋服を買いに行こうと思うんです」

「あー、そうだね。

 もうアルバイト代はお財布に入っていると思うよ」


 振込を待つまでもなく、自動的に転送されているのだ。

 この辺りはゲームだからこその便利さである。


 ヒナは指と指を突き合わせながら、なにやらもじもじとシュルツの顔色を窺っている。

 それはまるで、タイミングを図っているかのようだった。

 

 一体今度はなにを言い出すつもりだろうか。

『プレイ内容に納得がいかないから、もう一度最初からやりたいんです』なんてほざいたら、ブルーメにすべてを押しつけて逃避しようかとシュルツが思っていたところで。

 しかしヒナは、こんなことをお願いしてきた。


「あのあの、わたし、お洋服を買いに行こうと思うんですよ」

「それさっき聞いたけれど」

「ご一緒に、行きません?」

「え? いや、そりゃあ、ボクはオペレーターだから、今更言われるまでもなく一緒に行くに決まっているけど……?」

「えへへ、そうですよね。……わぁい、やったあ」


 妙な不安感を覚えながらうなずくと、ヒナは微笑んだ後で小さく手のひらをギュッと握りしめた。

 鼻歌を口ずさむほどに上機嫌なヒナに抱きかかえられながら、シュルツは首を傾げる。本当に、なんだったのだろうか。


 藤井ヒナはクレイジーサイコビッチョロインである。

 それは全世界が認める事実である。


 ……しかしその前に、ひとりの恋する少女でもあるということを、シュルツはすっかり失念していたのであった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「あらあら、いらっしゃい」


 夕方の自由行動時間を消費し、服飾店『プレシャス・ビビッド』に到着すると、目元の涼やかな美女がヒナに微笑みをくれた。

 ヒナは彼女に頭を下げて、ご挨拶をする。


「ミカさん、わたし、アルバイトをしてお金貯めてきました!」

「へー、嬉しいわねえ。

 ゆっくりと見ていって頂戴?」

「はいっ」

 

 黒猫のぬいぐるみを胸元に抱きしめながら、ヒナはにっこりとうなずく。

 この店に来るのは二度目だ。つい一昨日のことなので、店内の内装や商品に変化はない。


 現在お財布の中にあるのは、二万円だ。椋のファミリーレストランは一回のアルバイトで、五千円もらえる設定らしい。

 これならデート代を差し引いても、お金には十分な余裕がある。

 以前にブルーメとやってきたときに選んだお洋服を、ヒナはぱぱっと手にした。

 

 シュルツは相変わらずヒナに抱えられながら、ぼんやりとつぶやく。


「ヒナさんは、『このお洋服とこのお洋服、どっちが似合うと思いますー?』とか言わないんだね」

「そう言うほうが、シュルツさんの好みですか?」

「どう思う?」

「『ウザい』、って言われる気がします」

「うんまあ、大体あってる」


 聞き返したのも小さな嫌がらせのつもりだったのだが、ズバリと言い当てられてしまった。

 ヒナは口元に手を当てる。


「でもわたし、

 あれって、直接聞いちゃったらダメだと思うんですよね。

 だってお洋服のセンスなんて、人それぞれじゃないですか。

 選んでもらったものがピッタリわたしに似合うかというと、そうでもない場合のほうがむしろ多いですし。

 それなら謎解きみたいな感じで、相手の好みを探り当てるほうが、わたしは楽しいですね」

「ふーん」

「選んでもらったものを軸にコーディネートを考えるのも、楽しいは楽しいんですけどね。

 結局それも、わたしのセンスになっちゃいますから。

 相手に気を遣わせちゃうのも、なんだか申し訳ないですし」

「ヒナさん、そういうところはちゃんと自立しているんだよなあ」

 

 シュルツはしみじみと言う。

 なぜそれなのに恋愛力の化け物が生まれてしまったのか、不思議でならない。


「ヒナさんって脳を切開してクレイジーサイコビッチ細胞を全部摘出したら、

 案外すごくまともな人になったりするんじゃないかな」

「手術が必要なレベルってことですか!?」

「オペで治療できるのなら、それほど安いものはないよね」

「恋は病と言いますけれど、心にメスは入れられませんよ!」

「無念です」

「ていうかなんですかそもそも、クレイジーサイコビッチ細胞って」


 半眼を向けられて、シュルツは静かに首を振った。ご臨終である。

 そんな黒猫を一旦レジに置いて、ヒナは試着室に入ってゆく。

 服をタッチするだけで着替えられるのに、それでもカーテンを締めるのは、身についた癖なのかなんなのか。


 案の定、十秒もしないうちにヒナは出てきた。

 フェミニンなシャツと膝上丈のスカートに、レギンスを履いている。

 春らしく、非常に爽やかな装いであった。

 ヒナはどこからか取り出したリボンで髪をくくって、サイドテールを作る。


「えへへ」

 

 くるりとその場で一回転。ターンを決めたヒナは、女の子らしいポーズを取り、体を傾けながらシュルツに微笑む。


「どうですか? シュルツさん」

「ん」

 

 これこそがブルーメのおしゃれ番長としての自信を打ち砕き、ヒナがオシャレ界の絶対的上位の存在である『おしゃれ女神』であると知らしめた会心のコーディネートである。

 黄金比で形作られたファッションセンスは、シンプルながら完成された『神域』と呼ばれるほどのキュートさを醸しだしており……。


「あらまあ……」


 ぱっちりとした目にハートマークを浮かべたヒナの愛くるしいスタイルに、カウンターに立つミカがわずかに頬を赤く染める。


 シュルツもまた、気合の入ったヒナの姿を上から下まで眺めて、折り返すように下から上へと視線をあげて。

 シュルツは心からの言葉を告げた。


「ふつう」

「……」

 

 藤井ヒナはその場にがっくりと膝を折って崩れ落ちた。

 彼女のそんな姿は、実に珍しいものだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「シュルツさんは、だめですー……。

 なんにもわかってませんー……もぉー……」

「そう言われても……」


 パジャマ姿のヒナは頬を膨らませてベッドに腰掛けていた。

 自宅に戻ってきてからも、ずっとこの調子である。


「ていうかヒナさん、服を選ぶのは自分のセンスだなんだって言ってたじゃない」

「それでもそれでも、わたしはシュルツさんに褒めてもらいたかったんですー。

 女の子はいつだって、似合っているね、素敵だね、って褒めてもらいたいものなんですー」

「あ、それウザい」

「うううう」


 両手で顔を覆うヒナ。

 よっぽど悔しかったのか、ヒナはふてくされたようにベッドに横になった。


「もういいですもん、明日は優斗くんとのデートですもん。

 いっぱい褒めてもらうんですもん」

「そのたびに死ぬんでしょ?」

「そう簡単に死にませんもん」

「信じられる要素はどこにもないよね」

「今までのわたしの行ないを見ていてくださったシュルツさんなら」

「信じられる要素はどこにもないよね」

「おやすみなさいっ」


 シュルツの言葉を途中で遮るように、ヒナは口元まで布団をかぶって目を閉じた。

 残されたシュルツは「やれやれ……」とつぶやきながら、部屋の電気を消す。

 たまに優しくしてみたら、この有り様だ。構ってモードのヒナほど鬱陶しいものはない。


 この世界の睡眠は、基本的には目を閉じて布団に入っているだけの形式的なものだ。

 幸いにも、ウキウキして寝つけない、ということはない。


 シュルツはベッドに横になるヒナを眺めながら、思う。

 なんにせよ、ヒナの戦いは明日が本番なのだ。

 果たして優斗とのデート、一体何回死ぬのか。

 それは誰にもわからない。

 すべてはヒナ次第である。


 するとヒナは、間もなく寝息を立て始めた。

 睡眠の必要ないバーチャル世界と言えど、本人が望むのなら眠ることはできる。

 彼女も――信じがたいことだが――もしかしたら疲労が溜まっていたのかもしれない。


「……えへ……えへへ……ゆうと、きゅぅん……」

 

 なんて寝言を言うにやけたヒナの姿は、微笑ましくもあり、気持ち悪くもあった。

 寝ても覚めても本当に幸せそうな娘である。


(……まあ、せいぜい、きょうぐらいは良い夢を見るといいよ)

 

 シュルツは心の中でつぶやく。

 明日はハードな一日になるだろうから――。

 




 翌日、藤井ヒナは冷たくなった姿で、家族に発見された。


 758回目。

 死因:良い夢を見て。


 シュルツより一言:こんな衝撃のラストないよ。


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