66限目 スパイも大変ですね、死にます
前回のあらすじ。
優斗くんとのデートが目前に迫っている!
→やばい!
→お洋服買わなきゃ!
→そのためにはお金がないと!
→アルバイトします!
→アルバイト先は椋さんのファミレスでした!
→椋さんに頼まれちゃった!
→椋さんと一緒にライバル店舗にスパイします!(Now!!)
というわけで、葬式である。
数十分おきに流れている葬式だが、なぜだか久しぶりに感じた。
気のせいだろう、とシュルツは思う。
ヒナと一緒にいると、どうにも時空がゆがんでいる気がしてならない。
さて、今回の葬式のイカれたメンバーを紹介しよう。
まずは恒例のレギュラーメンバー、ヒナのご家族たちだ。
父親、母親、そして弟の翔太。
彼らの流した涙の雫を集めれば、五大湖にも並ぶのではないかというほどである。
毎回強制的に出席をさせられるその無間地獄は、一体どれほどの苦しみか、シュルツに計り知ることができない。
少なくとも、自分は御免だ。
次に、優斗と凛子と樹は、まあいいだろう。
いつも通り消沈している。いつも通りだ。
クラスの人気が高まれば、どうやら他のモブクラスメイトたちも現れるらしいが、今のところその様子は見えない。
さて最後、本日のメインキャストである、椋である。
今回の藤井ヒナは、彼とともにデート(と傍目には見えるだろう)していた最中に死んでしまったのだ。
やはり椋の嘆きっぷりは尋常ではなかったが、
それ以上に彼には気になることがあるようだ。
「……藤井、お前は、ひょっとして……。
もしかして……僕のために……?」
ヒナの眠る棺の前に立ち、眼鏡の奥の目を揺らす椋。
なにやら妄想を口に出している。ヤバい。
ライバル店舗を潰すために死亡テロを起こす少女が、日本のどこにいるんだ。
命の価値が軽すぎる。神龍に頼んで生き返らせてもらうっていうのか。
いくら都合の良い世界の登場人物の言葉だからといっても、さすがのシュルツもドン引きだ。
なんだこいつは。世界は自分を中心に回っているとでも思っているのか……?
と、そこに、突然の闖入者が現れる――。
「な、なんですかあなたは! 非常識ですよ!」
「うるさい!!」
催事場のスタッフを払い飛ばし、現れたのは男性だった。
まるでホストのような髪型をしていて、整った顔立ちの男だ。年の頃は30に届くか届かないかといったところか。
彼は葬式に参加していた家族一同を見回した後に、
目的の男を発見して、鬼気迫るような怒鳴り声をあげた。
「九条椋!」
「……嵯峨野」
椋は眼鏡を持ち上げ、彼の眼差しを粛々と受け止める。
嵯峨野は怒りを隠そうともせず、椋に詰め寄った。
「貴様、俺の店に、なにをしたァ!」
「……」
「なぜ、そんな、一体どうやって、貴様ァ!」
「……僕は、なにもしていない」
「き、貴様ァ!」
「彼女が、彼女が……僕の目の前で……」
その言葉に嵯峨野は拳を固め、椋の頬を殴り飛ばした。
辺りで叫び声が響く。
「貴様のせいで、うちは、破滅だ……!
従業員全員、路頭に迷うことになる……ッ!
やりやがったな、貴様、貴様ァ!」
「……それがなんだというんだ。
こっちは、人がひとり、死んでいるんだぞ!」
椋もまた、彼を睨みつけて。
そして――。
「わっ、な、なんですかあれ、ライバル店の店長さんですか? 結構かっこいいですね!」
「う、うん、そうみたいだね」
そのふたりの近くに、ひとりの少女が、いた。
ソチオリンピックの種目ビッチスケートにおいて、二位に圧倒的な大差をつけ金メダルを取得したのは、まだ皆の記憶に新しいだろう。
クレイジーサイコ界の美しきビッチ、夢見る思考のイッちゃっている具合は三回転半、藤井ヒナその人である。
頭に幽霊布を巻きつけた彼女は、椋と嵯峨野の間に入り、瞳をキラキラと輝かせていた。
胸の前で手を組み合わせながら、とても嬉しそうな顔で「わたしのために争わないでくださいっ」などと叫んでいるから、もう放っておくより他ない。
ヒナのせいで争っているのは、まず間違いないだろうが。
やがて、ふたりの諍いはヒートアップしてゆく。
嵯峨野と椋がつかみ合いのケンカをし始め、警察が呼ばれるまでそれは続いてしまった。
「ここは彼女が眠る場所だぞ! 控えろ! 嵯峨野!」
「うるさい! 黙れ! 九条財閥が!
またしても、俺を! よくも、よくもォ!」
辺りが凍りつくようなピリピリとしたムードの中。
誰にも見えていないヒナがただひとり、陶然とした顔で「ああっ、ふたりがまさか、わたしの引き起こした問題で、ケンカを、ケンカをしているだなんて……っ!」と震えていた。
その姿を眺めていたシュルツもまた震えていたのだけれど、それはこの際は関係がない。
この世界において、椋の店は生き延びることができて、嵯峨野の店は潰れた。
町内の苛烈なファミリーレストラン戦争は、ここに終結するのである。
そこにはひとりの少女の犠牲があったことを、我々は忘れてはならない。
彼女は愛の力で、愛する男の店を守り切ったのであった。
偉大な自己犠牲によって生き延びた椋は、後に述懐するだろう。
自分は『藤井ヒナ』に救われたのだ、と。
この日、ヒナは自分の死によって、誰か他の人を幸せすることができたのだ。
『乙女は辛いデス』をプレイして以来、初の人助け死であった。
「えへへ、なんだか、いいことをしたような気分ですねっ」
「でもキミのせいでひとりは確実に不幸のどん底に陥っていることを忘れるなよ」
「ちくしょう、ちくしょう……」と涙を流しながらうなだれる嵯峨野を指さすシュルツ。
釘を刺すシュルツの言葉もまた、浮かれているヒナには聞こえていないようであった……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
というわけで、再びアルバイト二日目である。
椋とバイト先の事務所で待ち合わせし、それからふたりで連れ立ってライバル店舗へと向かう。
ここまでは前回同様だ。
ヒナも引きつった笑みを浮かべながら、椋の言葉に相槌を打っている。
ふたりきりだ。
ふたりきりなのである。
「……接客態度は、フン、合格点か」
「えへへ……」
席に案内されるなり、そんな風につぶやく椋から目を逸らしつつ、斜め下に視点を向けるヒナ。
まるでコミュ障のような態度である。
「ヒナさんとコミュ障とか、クレイジーサイコビッチと処女、ぐらいに関連性のない言葉だよね」
シュルツがつぶやくも、ヒナは「えへへ」と曖昧な笑みを浮かべるばかりだ。
あるいはこの状況に、緊張しているのだろう。
男性とふたりきり。密室ではないものの、逃げ出すわけにはいかない場面だ。
針のむしろに正座しているような気分なのかもしれない。
「はふぅ……わわぁ……まだです、まだ死ぬような時間じゃないです……」
拳をぷるぷると握りしめて独り言をつぶやくヒナ。
死ぬような時間とは、どんなときなのか、シュルツは気になって仕方ない。
いや、特に意味がある言葉ではないだろうけれど。
一方そういう設定なのか、それがお約束なのか、ヒナの独り言に対し、椋は聞こえないふりを決め込んでいた。
ふたりでメニューを頼むと、再び無言の時間がやってくる。
ヒナは本来、無言の時間など苦でもなんでもない。
当然だ、彼女は『藤井ヒナ』なのだから。
相手が呼吸さえしていれば、それで空白など容易に埋められる。
あるいはむしろ呼吸さえしていなくてもいいのかもしれない。恐ろしい。
いや、大体、シュルツの想像なのだが。遠からずと思えてしまうのがまたおそろしい。
やがて、無言の時間も過ぎ去ってゆく。
「しかし、なぜだ。どうしてこんな店が繁盛しているのだ……」
「うう、だめです、意識しちゃ……意識しちゃ、だめなんです……うう……」
ファミリーレストランのテーブル席にて、互いにぶつぶつとつぶやくカップル。
傍目から見て、どう考えても怪しい。
なんでこいつらふたりで来ているんだろう……とシュルツは首をひねる。
他店の調査にしても、もうちょっとうまいやり方はあったのではないか、と。
まあ乙女ゲーのシナリオに難癖をつけたところで、仕方がない。
それに片方の正体を知らなければ――あるいは、溢れ出るビッチ力にその網膜を灼かれずに済んでいれば――付き合い始めの初々しいカップルに見えなくもないかもしれない。
「――お待たせしました」
男の声がして、ふたりは同時に顔をあげた。
そこにいたのはウェイトレスではなく、ワゴンの上に食事を載せた男だった。
ニッコリと口の端を吊り上げながら、しかし悪そうな笑みを浮かべて。
その鋭い目で、こちらを見下ろしている。
「九条財閥のお坊ちゃんが、こんな普通のファミリーレストランに、
一体なんの御用でしょうかねェ?」
椋は彼を見上げ、固まっていた。
しかしそれも一瞬のこと。
「……嵯峨野か、わざわざ店長が運んできてくれるとはな。
サービスが行き届いている店じゃないか」
「はっはっは、坊っちゃん。
九条財閥の人に逆らうと怖いですからねえ。
それこそ、『なにをされるか』わかりませんからねえ」
笑い声をあげる嵯峨野の目は笑っていない。
ふたりの間に、緊張感が高まってゆく。
この嵯峨野という男には、もちろんシュルツも見覚えがある。
葬式の最中に店を潰されたと騒ぎ立てて、椋に掴みかかっていた男だ。
目を血走らせて、怒筋を立てて、口から泡を吹いて、髪を振り乱して。
当然、今はその面影もなく、澄ました顔でシュッとしている。
だからというわけではないが、なんだか吹き出してしまいそうになるのは、シュルツの心がそろそろ汚れてきた証拠だろうか。
「で、ライバル店の偵察ですかい?
はっはっは、坊っちゃんともあろう方が、ずいぶんと肝っ玉の小さいことで」
皮肉げに笑う嵯峨野に、椋は眼鏡をクイとあげながら、わずかに口の端を緩める。
「……なにを言っている? 僕はただ食事に来ただけだ。
彼女が、どうしてもこの店に来たいと言うのでね」
「えっ、あ、はい」
ふたりのやりとりをボーっと眺めていたヒナは、慌てて頭をさげた。
「どうも、藤井ヒナです。平凡で地味な高校二年生です」
「へえ、かわいい彼女さんじゃないかあ」
「カワッ!?――カワッ、カワッ――」
新種の動物のように鳴くヒナ。
ぶぼっと口から魂のようなものを吐き出す彼女に気づかず、椋は不敵に笑う。
「勘違いしないでもらいたい。ただのクラスメイトだ。
それにしても嵯峨野。
どうしてわざわざお前は、こんなところに店を構えたんだ?
なんだったら駅前にすら、土地は余っていたはずだがな」
「はっはっは、坊っちゃんは想像力が豊かだァ。
まさか私が坊っちゃんの店の近くに、店舗をオープンさせたとでも?」
「さてな。庶民の考えることはよくわからないんだ。
ましてや動機が逆恨みだとしたら、僕には理解ができない」
「……はっは、その辺りについては互いの見解が違うようですなあ」
「いいだろう。
パイの奪い合いをするというのなら、相手になってやろうじゃないか」
「おっと、これは宣戦布告と受け取って、よろしいと?」
「お前がこんなところに店を建てた時点で、
僕はそう思っていたがね。違うのなら、悪かったな。
嵯峨野にそんな度胸はないはずだったな」
バチバチと視線をぶつけあう両者。
これもまあ、つまりはイベントだ。
椋ルートを通った際の必須イベントといったところか。
正直、いつものシュルツにとっては退屈なやりとりでしかなかったが、こうも変化のない世界の中に閉じ込められた今となっては、目を輝かせて成り行きを見守りたい程度には面白い見世物に思えてきた。
嵯峨野は片手をポケットに突っ込み、もう片方の手を挙げ、肩をすくめる。
「坊っちゃん、これは正々堂々とした勝負だ。
逃げるなら今のうちですよォ」
「フン、俺から逃げ出した男が、よく言えたものだな」
腕組みをした椋には、不敵な笑みが戻っていた。
恐らく覚悟を決めたのだろう――と思えるような、彼らしい自信に満ちた笑顔であった。
かっこいいじゃないか、椋さん。
臨場感たっぷりのドラマを見ているようだ。シュルツは場の雰囲気だけに流されて、心の中で称賛を送る。
元はといえば、こそこそと他店に偵察しにやってきた店長が、相手の店長に見つかって開き直っただけなのだが。
さすがのシュルツもそこに突っ込みはしない。野暮というものだ。
シュルツが突っ込むのは現実と夢の区別もつかないような妖精ファンシーメルヘンビッチ相手だけだ。
わずかに言葉を交わしただけだったが、嵯峨野は気圧されたようだ。
嵯峨野は苛立ち気味に、椋に告げる。
「……『後悔』しても知りませんぜ?」
「『後悔』をするのは、お前のほうだ、嵯峨野」
椋は腕組みをして、断言した。
その言葉は紛れもなく――一枚の紙が挟まる隙間すらないほどに――真実である。
「もぉ……だめぇ……」
なぜなら、先ほど嵯峨野に「かわいい彼女」と呼ばれたヒナが、その一瞬のトキメキに精一杯抗っていたのもそろそろ限界で、俯きながら今まさに命の灯火をかき消そうとしている最中であったからだ。
「え?」
「は?」
やがてコロリと倒れたヒナはテーブル席のソファーから転がり落ち、床に倒れて非常に鈍い音を店内に響かせて、多くの悲鳴をあげさせる原因となった。
嵯峨野が血相を変えて救急車を呼び、椋が慌てて藤井ヒナの両親に連絡を取るも時すでに遅し。
店内で冷たくなってゆく彼女を救う方法は、どこの誰も持ち合わせてはいなかった。
かくして、藤井ヒナは死んだ。
噂が噂を呼び、ファミリーレストラン『ミスターファイン』は再び潰れた。
九条椋と敵対したことを――嵯峨野は心底、後悔した。
746回目。
死因:嵯峨野に褒められて。
シュルツより一言:嵯峨野さんかわいそう。




