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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第五章 ウッキウキ☆初めてのデートは死の香り♡
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65限目 スパイは生きるか、死ぬかです

 前回までのあらすじ:乙女つらたんとブルーメちゃんエタった。

「ゲーム進めろよ」のシュルツの言葉に、

 ヒナは唇に指を当てながら、首を傾げた。


「……げーむ……?」

「うおおおおおおおおおおい!」

 

 全力で怒鳴るシュルツに、

 ヒナは胸元に手を当てて、はにかむ。


「冗談です。ごめんなさい。

 久々にシュルツさんにお会いできたので、嬉しくて」

「やめろよそういうのマジで。

 キミがクリアしないとボクらは一生このままなんだから」

「そうなんですよねぇ……。

 一生、このまま……えへへ……」


 瞳の中にふんわりとハートマークが浮かび上がるのを見て、シュルツは口早に告げる。


「この乙女ゲー空間は、キミが誰かの攻略対象キャラとのエンディングを見るまで、

 決して外部には出られないようにロックがかかっているんだから、ね。

 恋をすると死ぬというゲーム内において、

 脅威の恋愛力を持つがゆえ、何度も何度も死に続けているキミが、

 なんとか一日ずつセーブしながら攻略を目指している最中なんだから、今」

 

 シュルツは以前も語ったような内容を、繰り返した。

 ヒナをまったく信用していないからだ。

 

 いや違う。

 ヒナという存在を『正しく理解して』いるからだ。

 

 彼女のその奔放な性質。

 善良であり、おおらか、無邪気で快楽主義。素直かつ努力家。真面目だが、淫蕩。


 陰と陽。秩序と混沌。常にふたつ以上の属性を帯びる藤井ヒナという少女の、

 その最奥の扉を開くことは、今のシュルツにはきっと難しいだろう。

 

 今はそのすべてを包括した『クレイジーサイコビッチ』たる言葉で表すしかない。

 しかしながら、彼女はまるで初めて告げられたかのように、拳を握ってこう答える。


「はい、わたし、がんばりますね!」

「……」

 

 ブルーメをただひたすらに『可愛がった』ことによって、

 AIのその機能を麻痺させた彼女に心奪われぬよう、シュルツは胸の中で十字を切った。


 特定の神を信奉しているわけではないが、退魔の言葉にすがるより他ない。

 この情事と恋、再生と破壊を統べる神、ゴッデスオブビッチに対抗できるのなら、なんでもよかったのだ。邪神でも狂神でも。


「まあ、またよろしくね」

「はい、シュルツさんと一緒でうれしいです!」


 シュルツの気安い言葉に、ヒナは天にも昇るような笑顔を浮かべる。

 だから、少しだけ困らせてやりたくなって、シュルツは横目につぶやく。

 

「そんなことを言って、ブルーメくんとずいぶん仲良くしていたみたいだけど?」

「あう……」

「きっと誰にでもそんなことを言っているんだろうね」

「えっと……あの……ひょっとしてシュルツさん、その、妬いてくれています?」

「もしそうだって言ったらどうする?

 ボクだけのヒナさんでいてほしいなー、って言ったら」

「えっ」

 

 言葉とは裏腹に、冷めた眼差しのシュルツ。


 童女のように目を丸くしたヒナは、髪を撫でながら目を逸らす。

 下唇に揃えた両手を当てて、申し訳なさそうな顔で小さく頭を下げた。


「えへへ、それは嬉しいですけど……でも、ごめんなさい。

 シュルツさんのことは、大好きですけど、それとこれとは違うんです。

 わたし、付き合ってもいない人のものになるほど、軽い女じゃなくって……」

「釈然としねえ」


 心の底からそう思い、シュルツはうめいた。


  

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 

 アルバイト帰りの3日目の夜に『勉学』を選択した藤井ヒナはセーブし、

 その後、つつがなく4日目に突入した。

 

 学校での500回以上に及ぶ死闘と、帰宅してからも家族に苦しめられた初日。

 凛子や虎次郎、光といったものたちに翻弄され続けた2日目。

 そしてアルバイトを始めた3日目に引き続き、4日目の本日だ。


「そういえば休暇はどうでした?」

 

 アルバイト先、ファミレスの裏口のドアを押し開けながら、

 ヒナは鞄にくくりつけられているシュルツを見やる。

 

「んー、まあ、久々にゲームができたから、それなりに楽しかったよ」

「普段、どんなゲームをやっているんですか?」

「RPGにアクション、シミュレーションにネトゲ。

 まあ大体なんでもやるよ。ゲーム好きでこの業界に入ったわけだしね」

「はふぅぁ……!」

「え、なんすか急に!」

 

 立ちくらみを起こしたように壁に手をつき、ヒナはうっとりと微笑む。


「いえ、久しぶりの世間話に……。

 へ、えへへ……いい、いいと思います……。

 人ってやっぱり、なんでもないことが幸せだったと思うんですね」

「キミ、久々に会う人会う人みんなにそんな態度を取っていたら、

 生きづらくて仕方なくないか?」

「わたしはとても幸せものだと、自負しております」

「あ、そ」


 そっけない態度であしらうも、ヒナはニコニコとしてシュルツの言葉を受け止めていた。

 これもまた、いつもの日常が戻ってきた、という雰囲気である。


「それよりも、ブルーメちゃんって大丈夫なんですか?」

「え?」

「いや、こないだ『修理』って言ってませんでした?」

「ボクそんなこと言ったかな。

 なにかの間違いじゃないかな。

 彼女は『転校』しちゃったんだよ」

「……また会えますでしょうか」

「うんまあ、そうね。

 次にはブルーメmark2として、アダマンチウム製の爪と、

 脅威のヒーリングファクターを有する存在へと進化を遂げるよ」

「なんだかあんまり可愛らしくない成長ですね……。

 あ、でも、そんなブルーメちゃんも悪くないかも……」

「もう結局なんでもいいんだな」

「ブルーメちゃんが良い子だからなのです!」

「はいはい、はいはい」

 

 そんな話をしながらヒナは事務所の扉を開く。

 すると、仁王立ちで待ち構えている男がいた。


 九条椋。薄暗い事務所の中で腕組みをする彼に、

 ヒナですら一瞬たじろいでしまう。

 

「りょ、椋くん?」

「……来たか、藤井」

「どうしたの、こんなところで、電気も付けないで」

「いや、いい。五分前行動か、関心だな」


 あまり感情のこもっていない声でつぶやく。

 時計を見上げた椋は踵を返し、ヒナの横を通り過ぎる。


「ではいくか」

「は、はい」

 

 エスコートの欠片もない事務的な言葉を放り投げられ、

 ヒナは彼についていく。


「あの、椋くん」

「なんだ」

「右足と右手が一緒に出ているけれど……もしかして、緊張したりしている?」

「なにをバカな」

 

 その言葉を一蹴した椋の怜悧な瞳が泳ぐのを、ヒナは見た。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

  

「ここ、ですね」

「ここだな」


 制服姿のヒナと椋の前には、実にお手本のような大衆向けのファミリーレストランがあった。

 お店の名前は『ミスターファイン』。10:00~25:00のお店である。


 看板を見上げながら、ヒナは感想を述べる。


「えっと、普通ですね」

「……そうだな」

 

 気に入らないと言わんばかりの目つきでうなずく椋は、うなる。

 

「うちの店の方がよっぽど内装に気を使っているんだがな」

「入りやすさとか、あるんじゃないでしょうか?」

「……入りやすさ? 清潔でシックで落ち着ける場所が食事しやすいだろう?」

「んー……」

「まあいい、いこう」

 

 ドアをくぐると、『いらっしゃいませー』の唱和が出迎える。

 アルバイトの女の子たちが笑顔で駆け寄ってきて、スムーズにふたりを禁煙席へと案内をしてくれる。


「……接客態度は、フン、合格点か」

 

 椋くん、ものすごい態度の悪いお客さんみたいです、と言おうか言うまいか迷って、ヒナは口をつぐんだ。

 彼は使命を抱いてこの店にやってきたのだ。遊びではないのだ。真剣なのだ。

 その決意に水を差すような真似はできない。

 ほら、そういう視線で見れば、だんだんかっこよく見えてきた。


「……清掃状況も、悪くはない。テーブルの下も、磨かれているな」

 

 学生服の彼は、まるで企業の監査のように隙のない眼差しを走らせる。

 やだ、かっこいい。

 

 思わずヒナはキュンとときめいてしまい、口元を手で抑えながらメニューを見るフリをして俯いた。

 やっていることはただのスパイなのだが、そんなことは関係がない。

 どんな外道だろうが、犯罪的行ないをしていようが、かっこいいならそれでいい。

 恋する乙女は、盲目なのだ!


 しまった。

 一対一で意識し出せば、あとは泥沼だ。


 椋相手だからと油断をしていたのがマズかった。

 このままでは、このままでは……。


 ――まさか、この世界で死んでしまう、のか!?


 ガガーン!

 藤井ヒナ、大ピンチであるー!



 一方、ヒナがいかにもわざとらしくピンチに恐怖している最中。

「あ、これ死ぬな」とシュルツは、確信していた。


 慣れたものだ。もはや彼女のドキドキメーターを見る必要もない。

 藤井ヒナの目がキラキラと輝き出したのが、死のサインだ。


 天に輝く死兆星のようなものだ。

 まあヒナの夜空は大体いつも満天の死兆星なのだが。

 

 しかしまあ、その割にはよく持っている。

 ぷるぷると震える指先でビーフシチューオムライスを注文するヒナの顔色は、青ざめているのだが。

 

 当初、優斗の笑顔ひとつで、火球のように血反吐をはいていたあのドラゴンビッチの頃とは大違いだ。

 彼女もずいぶんと進化を遂げたのだろう。

 

 テーブル席に座るヒナは、両膝を揃えてしっかりと背筋を伸ばしており。

 それはまるで好きな男の子の前で緊張する初々しい女子のようだった。 

 

 実際、好きな男の子の前で緊張しているのはそうだろうし、

 初々しいというのなら、セーブポイントから出現したばかりの彼女の肢体は出来たてホヤホヤで、実に初々しいことだろう。


 必死に浮かべている微笑は、痛々しくさえある。

 それでも椋の前では平然を装っているのだから、大したビッチだ。

 

 優雅な白鳥は水面下では激しく足を動かしていると言うが、

 阿婆擦鳥(ビッチョウ)はこうして男の前で、激しく清楚の鎧を固めているのだろう。


「……フン、どれくらい時間がかかるかな」

 

 注文した途端に、クロノグラフのストップウォッチをスタートさせる椋は、実に嫌な客に見えただろう。

 しかしそれすらもヒナにとっては、「デキる男の人ってかっこいい!」に違いない。

 ゾンビッチの目は腐っているのだ。もうなんでもいいのだ。


「しかし、なぜだ。どうしてこんな店が繁盛しているのだ……」


 顎に手を当てて考え込む椋の言う通り、店の入りは上々だった。

 ヒナは意識を逸らすために、その理由を必死に考えようとするけれど、でもだめだった。

 

 目の前でいちいち「ふむ……」とか独り言をつぶやく椋のハスキーボイスに、

 乙女の恋心は、時の迷路まよいこんだ愛を探している状態だ。

 

「どうにかしてこの店に勝利しなければ、僕の店は……」


 まるでカメラを意識するかのように髪を直したり、いちいちポーズを取ったり。

 乙女ゲーだからそういうものだと思えばいいのだが。


 妙に格好つけた椋の姿には、さすがのヒナも――。


「うっ……くっ……やっぱり、ふたりきり、っていうのは……!」


 ダメなようだ。

 死の宣告さながら、ヒナの上にカウントダウンが見えてしまう。

 シュルツもゲームのやり過ぎだ。

 メニュー画面のアイコンは、ヒナの遺影で間違いない。


 しばらく経って、ふたりの前に料理が運ばれてくる。

 湯気立つそれは、まあそれなりに美味しそうな、ごくごく一般的なファミリーレストランのメニューであった。


 それを一目見た椋は「は」と暗く笑う。

 

「くだらん……くだらんぞ……」

 

 口も付けずに、椋はそう言い切った。

 思わずヒナは冷やっとした。

 彼の言葉は幸い、席を離れてゆくウェイトレスには聞こえなかったようだが。


「安物の料理、安物の接客、安物の内装……。

 こんなものに、僕たちの店が負けているというのか」

「りょ、椋くん?」

 

 彼の様子がおかしい。

 眼鏡が湯気で曇り、その奥の表情は窺えず。


「バカな、こんな店なんかに、僕は……」

「りょ、椋くん、ってば」


 ナイフとフォークを持ち、ぷるぷると震える彼は、

 なにやら自信を喪失してしまっているようだ。


 いくらなんでもメンタルが弱すぎる。この短時間になにがあったし。

 そしてどこが鬼の風紀委員なのか。シュルツの疑問は尽きない。


 大きな衝撃を受けたまま、椋はかぶりを振る。


「もうこうなったら、こんな店など……」

「ちょ、ちょっと、なにをする気、なの?」

「そうだな、なにをしてやろうか……。

 手っ取り早く、この料理を食べて食あたりを起こせば、

 この店はしばらくの営業停止に……」

「椋くん、椋くん!?」

「あるいはもう、なんとかどうにかして、

 この店を潰してやるというのも……フフフ、悪くないな。

 ククク……」


 悪役じみた笑顔を浮かべる椋に、シュルツは「さすがにおかしい」と感じた。

 いくらなんでもしっかりものキャラの椋がそんな無茶なことを考えるはずがない。


 あれか、あれなのか。

 あまりにもヒナが死にすぎたから、彼もまた、AIの繊細な情緒のどこかに亀裂が入ってしまったのか。


 翔太や、ヒナの家族のときのように?

 それは正直、シュルツとしてもあまり面白くはない結論であった。

 

 いや、たぶんこれは、うん。

 シナリオ担当の、シュルツの同期のライターが、ちょっとトチ狂っただけだ。

 だからこれは、正統な椋ルートなのだ。


 こういうのがきっと、イマドキの乙女ゲープレイヤーにウケるのだ。

 シュルツ的にはちょっと「ゼーッタイにありえないんだからー!」と叫びたい気分だけど。


「クク、手段を選ばなければ、いくらでもやりようはある……。

 僕の本気を見せてやるぞ、恐怖に泣き叫ぶがいい、『ミスターファイン』め……」


 などとアブないことを口走る椋に、

 いい加減しびれを切らしたヒナが、一言物申すようだ。


「椋くん!」

「……ん」

 

 ビーフシチューオムライスを横にのけて、ヒナは静かに机を叩く。


「そんなことを考えちゃだめだよ、椋くん」

「……なんだと」


 顔をあげる彼を正面から見返し、

 ヒナはまるで弟をたしなめるかのように、淡々と諭す。


「椋くんはそんな卑怯な手段に頼らないでも、がんばれるよ。

 そうでしょ? バイトの人たちだって、良い人たちばっかりだよ。

 きっとうまくいくよ。ね?

 わたしも、及ばずながら微力を尽くすから。

 ご飯食べたら、お店に帰って、ふたりで一緒に考えよ?」

「……藤井」

「お店を潰すだとか、そうするなら、真正面からだよ。

 正々堂々と、お客さんに選んでもらおうよ。ね。

 そんなずるい手を使ったって、きっと嬉しくないよ。

 椋くん、お願い、目を覚まして」

「……」

 

 ヒナのその懇願に、椋は。

 眼鏡をゆっくりと外し、険しい顔をしていた眉間を揉みほぐす。


 ふぅ、と小さなため息をつき、それから小さく首を振った。


「……藤井ヒナ、か

 まさか、この僕に説教とはな」

「あ、うん……でも、わたし、

 間違ったことは言っていない、と思うから……。

 その、謝らない、し……」

 

 肩を竦め、縮こまりながら椋の顔を窺うヒナ。

 そんな小市民的な態度を見せる少女に、椋はゆっくりと微笑んだ。

 まるで真実の愛を見つけ出した、冷徹な王子のようだった。


「いや、いいさ、目が覚めた気分だ。

 謝るのはこちらのほうだ。

 ……こんなところに付きあわせて、悪かったな、藤井」


 こぼれた白い歯が星のように輝いた。

 憑き物が落ちたように笑う、その美男子の笑顔に。


「かっこいいいいいい!」と叫びながら床に身を投げ出して、ヒナは血を吐く。

 椋は「は?」と顔を凍りつかせ、辺りの客は騒然とし、ヒナはそしてそのまま死んだ。


 ヒナの奇行を間近で目撃したウェイトレスは、悲鳴のように「店長ー! 店長ー!」と叫び続ける。

 今この瞬間、店内は恐怖の渦に飲み込まれていた。


 

 こうしてこの日、

 ド外道なライバル店舗のテロ行為により、ファミリーレストラン『ミスターファイン』は潰れた。

 745回目。

 死因:椋の笑顔を見て。


 シュルツより一言:ああ、懐かしい、この空気……。そうか、ボクは乙女ゲー(せんじょう)に帰ってきたんだ……。ふふ、ふふっふふふふふふ……。


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