第1話:乾いた世界の断頭台(前編)
その日、王都の広場を埋め尽くしていたのは、耳を突き刺すような大歓声と、不気味なほどの熱気だった。
五月の青空には、雲一つ見当たらない。
太陽からは、ぎらぎらとした暴力的なまでの光が遮るものなく降り注いでいた。
燦々と照りつけるその光は、広場の中央に大理石で組まれた巨大な処刑台を白々と浮かび上がらせ、そこに集まった何千、何万という民衆の顔を照らしている。
彼らの顔には、一人の例外もなく、残酷で、どこか楽しげな笑顔が張り付いていた。
まるで、待ちに待ったお祭りの当日を迎えたかのように、人々は足を踏み鳴らし、声を枯らして叫んでいる。
「悪女を殺せ!」
「聖女様を傷つけた罰だ!」
「早く首を刎ねろ!」
そんな乾いた罵声が波のように押し寄せる処刑台の上。
金糸の刺繍が施された贅沢な礼服に身を包んだ第一王子、ルキウスは、正義の光を宿した瞳で、眼下に広がる広場を冷酷に見据えていた。
彼の立ち姿は非の打ち所がなく、民衆が絵本に求める「正義の味方」そのものの姿だった。
ルキウスの隣には、この国の「太陽」と称される聖女ソレイユが佇んでいる。
彼女がそこにいるだけで、周囲の濁った空気が清らかな光で満たされるかのような錯覚を覚える。
ソレイユは、憐れみと正しさに満ちた表情でルキウスの隣に寄り添い、胸の前で小さく手を組んで、静かに祈りを捧げていた。
彼らの前に、泥塗れになって跪かされているのが、公爵令嬢フェリシアだった。
かつては王都の至宝とまで称された美しい夜色の髪は乱れ、あちこちが引き裂かれたドレスからは、細い肌が覗いている。
聖女ソレイユに嫉妬し、毒を盛り、暗殺者を放ち、この国を滅ぼそうとした希代の悪女。
それが、この世界の誰もが疑うことなく共有している彼女の姿だった。
ルキウスは一歩前へ出ると、処刑台の端に立ち、広場を見渡して朗々と声を張り上げた。
「我が国の民よ! 今日、ここに長きにわたる闇が払われる! 聖女ソレイユを害そうとし、王国の平和を揺るがした罪人フェリシアの罪は、もはや言い逃れのしようがない! これより、法と正義に基づき、この者に神罰を下す!」
地響きのような大歓声が沸き起こる。
民衆は狂ったように手を叩き、王子の名を叫んだ。
その瞳には、かつて婚約者として優しく微笑みかけていた頃の面影は一ミリも残っていない。
ただ、邪魔な悪を排除するという、冷徹な義務感だけがあった。
「罪人フェリシア。最後に言い残すことはあるか。もっとも、貴様がその醜い口を開くことを、世界は望んでいないがな」
王子の冷たい問いかけに、民衆からドッと下品な笑い声が上がった。
そして少女がどう答えるか見極めようと、一瞬、広場が固唾を呑んで静まり返る。
その静寂を切り裂くように、容赦ない罵声が飛び交った。
「命乞いでもする気か!」
「無駄だ!」
冷酷な言葉が容赦なく少女に浴びせられる。
しかし、糾弾されているフェリシアの顔には、怯えも、怒りも、絶望すらもなかった。
彼女はただ、人形のように虚ろな目で、静かに微笑んでいた。その瞳はルキウスを見つめているようで、その実、ルキウスの背後にある、誰もいない虚空を見つめているかのようだった。
フェリシアはゆっくりと、ひび割れた唇を開いた。
声は出なかった。
喉の奥から、微かな呼気が漏れるだけだった。けれど、彼女の口元は、世界の強制力に激しく抵抗しながら、確かにこう動いていた。
——『……う……す……さま』
ルキウスの耳には、その音は届かなかった。
民衆の歓声にかき消されたのではない。
ルキウスの脳が、彼女を「悪女」という記号としてしか認識していなかったため、彼女の発した微かな「人間としての声」を、拒絶するようにできていたのだ。
フェリシアは、自分の喉が引き裂かれそうに痛むのを感じていた。
本当は、叫びたかった。
「私はやっていない」と。
「あなたを愛している」と。
ルキウスの服の袖にすがりつき、泣きじゃくりたかった。
けれど、彼女の肉体は、世界の『運命』という見えない糸に操られ、ただ傲慢に、哀れな敗北者として微笑むことしか許されていなかった。
彼女の視線が、遥か遠くへと向く。
民衆の熱気の向こう、ぽつんと佇む今は誰もいない自分の離宮。
あの大好きな人との思い出が詰まった部屋の奥には、亡き母の木箱も、彼から貰った鉄の箱も、すべて残されたままだ。
(それで、いい……)
フェリシアは、心の中で静かに呟いた。
もし自分がこのまま悪女として死ねば、世界は破綻せず、ルキウスも、この国も救われる。
自分が全ての泥を被れば、大好きな人たちが明日を迎えることができる。
だから、これでいいのだ。
フェリシアは、最後の力を振り絞って、世界の強制力に身を委ねた。彼女の顔が、読者が望む通りの「不敵で邪悪な悪役令嬢の笑み」へと、不自然に変形していく。
「ふふ……。せいぜい、束の間の平和を楽しむが良いわ、操り人形ども」
彼女の口から飛び出したのは、自分の意志とは正反対の、身の程知らずな呪いの言葉だった。
その言葉を聞いた民衆は、激しい怒りに顔を歪め、「早く殺せ!」と叫び声を一段と大きくした。
ルキウスは、彼女の最後の言葉に不快そうに眉をひそめ、冷酷に右手を高く挙げた。
「……巨悪は、消え去るのみだ。執行せよ!」
号令とともに、断頭台の重い鉄の刃が、一直線に滑り落ちた。
鈍い金属音が響き渡り、世界を滅ぼすと言われた悪女の肉体は、あまりにもあっけなく、物言わぬ骸へと変わった。
その瞬間、広場のボルテージは最高潮に達した。
人々は抱き合い、飛び跳ね、悪が滅びたことを祝って狂喜乱舞した。
ルキウスは深く息を吐き、胸の奥につかえていた何かが消えたような感覚を覚えた。
これで世界は救われた。
誰もがそう確信していた。
王子は隣のソレイユへと向き直り、静かに告げた。
「ソレイユ。仕上げだ。あの不浄な魂が二度と現世を彷徨い、悪事を働かぬよう、貴殿の光で『浄化』の祈りを捧げてくれ」
「はい、ルキウス様。すべては、この美しき世界のために」
彼女の口から滑り出たのは、まるで事前に決まっていたかのように滑らかな、完璧すぎる聖女の言葉だった。
ソレイユは一歩前へ出ると、処刑台に残されたフェリシアの遺体の前で、静かに目を閉じた。
彼女の身体から、すべての穢れを焼き尽くす、絶対的な聖なる光が放たれる。
その光は、霧のように広がり、遺体から立ち上る、フェリシアの魂の残滓へと降り注いだ。
誰もが、悪女の魂がおぞましい悲鳴を上げて消滅するのを待っていた。
だが、その光が魂に触れた瞬間、聖女ソレイユの身体に、予期せぬ異変が起きる。
【制作メモ】
本作は、作者が考案したプロット、設定、言葉遊びをベースに、AI(人工知能)と二人三脚で本文の執筆・調整を行って完成させました。
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