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048 クラファン会議

 朝、目を覚ますと自室のベッドの上だった。

 

 服は昨日のまんまだし、もちろんメイクも落としていない。昨夜の記憶を辿ると――たぶん、ハウンドと一緒に寝落ちしてしまったんだろうけど……つまり、彼が私をここまで運んでくれたってこと? 


 ほんのり気まずさがよぎる。でも別に変なことがあったわけじゃないし、ただ同じ部屋で寝てしまっただけだ。そう自分に言い聞かせながら誤魔化すように大きく伸びをする。

 とにかく早くメイクを落とさなきゃ。今日は顔出し動画を撮る予定なんだから、せっかくの美少女顔にニキビなんてできたら最悪だ。


「今日は魔塔に行かれるんですよね?」


 朝の支度を終えたタイミングで、シアさんがそう尋ねてきた。

 明日は映像あり動画のお披露目ついでにクラウドファンディングの呼びかけ動画を投稿する予定だ。それに向けて、魔塔でトーマ君と返礼品の最終確認をすることになっていた。


「うん。ついでにシシル様の研究のお手伝いもしてくるから、帰りはちょっと遅くなるかも」

「分かりました。夕ご飯に間に合わなそうなときはお知らせくださいね」

「はーい」


 ハウンドが過保護な父親ポジションなら、シアさんは優しいお母さんみたいだ。いや、年齢的にシアさんを母親扱いするのはさすがに気が引けるし、そもそもハウンドが父親なんて家庭、まったく想像もつかないけれど……。


 でもまぁ、うん。そんな家族も楽しいかもなんて思ってしまった。




 出発の準備を整えて、いつものように転送魔道具を軽く振ると、私はあっという間に魔塔に転送された。以前は不快に感じた転送時の独特な酩酊感も、今ではすっかり慣れたもので全く気にならなくなっている。


「――よく来たのう」


 クッションの上でうつ伏せになって本を読んでいるのは、いつもと変わらぬシシル様。片手に本を広げたままこちらに軽く挨拶をしてくる彼に、私も軽く頭を下げた。

 相変わらずカオスなお部屋だこと。散乱した研究器具や、放置された魔道具の数々。掃除にかこつけて少し減らしたはずなのにまた数を増やしたようだ。


「どうじゃ、変わりは無いか? 制御の鍛錬も忘れておらんじゃろな?」

「鍛錬って言ってもひたすら魔晶石を作ってるだけなんですけど……本当にこれ、鍛錬になってるんですか?」


 シシル様から言いつけられた魔力制御の訓練。それはひたすら魔晶石を作ることだった。手が空いたときに趣味で作る程度なら以前からやっていたけれど、今は余暇の時間をほぼすべて費やしている。

 

 おかげで袋いっぱいの魔晶石が出来上がって今日も持ってきたけれど、これって本当に意味があるのだろうか? 疑念が湧かずにはいられない。

 

 シシル様はその袋の中から一つ取り出し、まじまじと眺めた後、「ふむ」と満足そうに頷いた。


「お主は最初から難なく作り上げておったが、これは高度な技術と莫大な魔力を持つ者にしか成せぬことじゃ。魔力を込める際の精密な調整も必要になる。魔晶石がたくさんできる上に、鍛錬にもなる。一石二鳥じゃろう?」

「まぁ……そう言われれば、そうかもしれないですけど」


 確かに、以前は数個作っただけで魔力切れを起こして倒れたりもしていた。それが今では、自分の限界を見極め、作れる量も大幅に増えている。

 理屈としては納得できるけれど、それでも袋ごと魔晶石を持ち去られてしまえば良いように使われているような気がしてならない。つい、じとりとした目でシシル様を見てしまう。


「……なんじゃ、言いたいことがあるなら言うがよい」

「いえ……。それを使って結界石のお値段ってお安くなったりしないんですか?」

「授業料、という言葉は知らんのか? まぁ多少は考慮してやっても良いがのう」


 悪びれる様子もなくしれっと言い放つシシル様。その態度に搾取されている気がしてならないけれども、彼の知識と技術がなければ、この世界で私が生き抜くことは難しいのもまた事実。

 高い授業料だと割り切って、なんとか納得することにした。


「分かりました。お手伝いはトーマ君とのお話の後でもいいですか?」

「構わんよ。今日は少し試してみたことがあるんじゃ」

「へぇ、そうなんですね。それは楽しみだなー……?」


 調子を合わせた相槌をしたものの、どうせろくでもないことだろう。

 私が人を駄目にするクッションの感想を伝えていると、突然、床の魔法陣が淡く光り始め、その光が消えると同時にトーマ君が現れた。


「すみません、お待たせしました」

「大丈夫だよー。時間取ってくれてありがとうね」

「いえいえ、リカちぃのためですから」


 トーマ君は言葉で飾らない性格だから本心で言ってくれてるのだろう。開発者がリカちぃのファンになってくれるなんて本当に私は運がいい。

 そのまま私たちはシシル様の部屋の片隅に並べられた座布団に腰を下ろし、クラウドファンディングの返礼品についての話し合いを始めた。


「えーと、ノーマルメンバーがリカちぃの限定プロマイド、シルバーがリカちぃんの歌ってみたを収録したチャーム、ゴールドがリカちぃのボイス付きチャームで、プラチナは特装版エコースポット……で合ってるよね?」

「はい、上位のメンバーになると、下位のメンバー向けの返礼品もまとめて受け取れる仕組みでしたよね」

「ん。でもさ、全部リカちぃ関連のグッズだし、他にも選べるようにした方がよくない? フォウローザの特産品……って言っても、小麦だとちょっと難しいか」


 チャームというのは、歌やボイスを吹き込んだ魔晶石をアクセサリー風に加工したものだ。手のひらサイズで、いつでもリカちぃの声が聞けるというのが売りになっている。

 シルバーメンバー向けのチャームにはこれまでの配信曲に加えて未公開の曲も収録予定なので、一応特別感は出る……はずだ。


 問題はノーマルメンバー向けのリカちぃ限定プロマイドだ。ノーマルは少額の支援金だけど、それでもプロマイドだけじゃちょっと物足りないかもしれない。

 それに、このラインナップだとリカちぃファンしか興味を持たないんじゃないかな? エコースポット自体が貴重品だから注目はされると思うけど、果たしてこれで十分な支援金が集まるだろうか……?


「自信を持ってお答えしますが大丈夫です。リカちぃの公式グッズですよ? みんな欲しがりますって、間違いないですから!」

「もはや信者レベルのトーマ君に言われても説得力がないんだよなぁ」

「チャームは魔晶石を使うんじゃろう? それなら、支援者自身のボイスを収録できるものも用意したらどうじゃ?」


 後ろからシシル様がアドバイスを投げかけてくれる。支援者自身のボイスを収録できる……って、つまりボイスレコーダーみたいなものか。うん、それならシルバーメンバー以上の層にも需要がありそうだ。魔道具人気に乗っかる形になるけど、今は効果的なアイデアを優先するしかないか。


「ノーマルメンバーにも、何か安価な魔道具をつけたほうがいいかなぁ?」

「お主な……。ほいほいと魔晶石を作り出すもんだから、魔道具が稀少品であることを忘れているようじゃな。価値が下がるからあまり安売りするでない」

「ほいほい作らせてるのはシシル様じゃないですか! ……じゃあプロマイドにはサインを書くようにするよ。あ、握手券なんかどう? 公式な握手会とかやってみてもいいかな」

「死人を出すつもりですか?」

「このあいだ突発でやったけれど、死人は出なかったよ」

「えっ。いつやってたんですか? どうして呼んでくれなかったんですか?」


 真顔で詰め寄るトーマ君に、いやいや、君とはいつでも会えるし握手だってし放題でしょう? と無言で左手を差し出した。

 すると彼はふるふると首を振り「それでは特別感がありません」と、どこか拗ねたように言う。オタク心理として、その気持ちが少し理解できてしまう自分が物悲しい。


「……あれ? リカちぃ、そんなブレスレット、前からつけてましたっけ?」


 不意の指摘に、あっ、と心の中で声を上げる。左手に着けていたブレスレット。魔塔に来るときは外すようにしていたのに、最近はトーマ君が不在なことも多かったからすっかり忘れてしまっていた。

 

 さっきは握手を渋ったくせに、彼は性急な動きで私の左手首を掴むと、あちこち軽くひねりながらしげしげと観察する。そして、碧色に光る魔晶石に視線が止まり、あからさまに顔を顰めた。


「……あの男に貰ったんですね?」


 いつもの柔らかい声とは違う、冷たく低い声音に、思わず後ずさりしそうになる。それでも腕を掴まれているせいで動くことはできない。


「うん、ちょっとしたお礼にって」


 別に後ろめたいことはないし、本来であれば隠す必要もない。何でもないように答えると、トーマ君の表情がさらに陰る。


「そうなんですね。……随分と、仲が良いんですね」


 言葉の端々に滲む棘に、わずかに眉を寄せてしまう。それでも気を取り直し、少しの期待を込めて、上目遣いで彼を見つめながら言った。

 

「色々とお世話になってるからね。彼ももうすぐ配信ギルドの一員としてフォウローザに来てくれるの。……トーマ君とも仲良くやってくれると嬉しいんだけど?」


 微かな願いを込めた言葉に、トーマ君は頬をわずかに赤らめながらも複雑な表情を浮かべたまま。左手はまだ解放されない。


 ……なんだか、前にもこんなことがあったな。


 ふと、かつてデュオさんに路地裏で手首を掴まれたことを思い出す。この二人、まるで性格は違うのに根本はどこか似ているのかもしれない。


「――トーマ。話が終わったのなら早くその娘を解放せい。今日はやることが山ほどあるんじゃ」


 魔晶石を検分していたシシル様が焦れたように声をかける。その一言にトーマ君ははっとしたように手を離し、ようやく私の左手が自由になった。

 助け舟を出してくれたシシル様に目でお礼をすると、彼はどこか愉快そうににんまりと笑っている。


「珍しいではないか。お主が誰かに執着するとは」

「そ、そんなんじゃありません。ただ、あいつは信用がならないと言っているだけです」

「ランヴェールの小僧のことか。私も知っておるが、そこまで警戒するほどの者ではないぞ?」

「師匠は魔力の大小でしか人を測れないではないですか。全く信用に値しません」


 ぴしゃりと言い放つトーマ君の言葉に、シシル様と思わず顔を見合わせた。頑なな態度に「やれやれ」とシシル様は肩をすくめている。


 ともあれ、話を本題に戻さなければならない。最終的に、ノーマルメンバーの特典はサイン入りプロマイドに決定した。支援金の集まり具合を見て後で再検討してもいいし、第二弾のクラウドファンディングとして別のアイテムを考えるのも手だ。


「いつもありがとう、トーマ君。たくさん作って貰うことになると思うけれど、人手は足りそうかな?」

「ええ。リカちぃが魔晶石を提供してくれるおかげで、仕入れの手間が省けています。それに、魔道具の制作費がかなり抑えられているんです。本来であればこちらが買い取るべきものだというのに、全く師匠は……」

 

 トーマ君がじとりとシシル様を睨みつける。しかし、当の本人はどこ吹く風だ。それどころか、早く話を終わらせろと言わんばかりの圧を漂わせている。

 

 ……シシル様に敵う人なんて、きっとどこにもいないんだろうな。

 私はそう思いながら、話し合いも終えたのでシシル様に向き直った。

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