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040 アフタートーク

 時計台の見えるベンチに腰掛けようとするとデュオさんがそっとハンカチを敷いてくれた。先ほどまでの怒りを内に沈め、さりげなくエスコートする姿に感心してしまう。


 夜の静寂が辺りを包み、辺りは店仕舞いを済ませている。デュオさんは「念のため」と言って防音と目くらましの魔法をかけ直し、エコーストーンを通してアレクセイさんを呼び出した。ロウラン卿はすでに帰ったのか、画面にはアレクセイさん一人の姿が映し出された。


「……いかがでしたか? リカちぃ助演の茶番劇は?」


 通信がつながるやいなや私が冗談交じりに問いかけると、アレクセイさんもデュオさんも深々と頭を下げた。どうやら少し皮肉を効かせすぎてしまったようだ。


『本当に申し訳ない。君を巻き込んでしまったこと、心からお詫び申し上げる』


 昨夜、事情の説明を求めるためにアレクセイさんと通信していた私は、商会とロウラン家との関係について聞いていた。

 

 ロウラン家は昔からの取引先で商会とは深い関係にあったそうだ。ただ、ここ数年で黒い噂が流れるようになり、商会としても角が立たない形で関係を整理したかったらしい。

 そんな背景もあったからカレナをフォウローザへ派遣する予定はなかったものの、配信事業に興味を示したロウラン卿の強い要請を受け、これまでの恩義からカレナの派遣を承諾したのだという。


 しかし、配信事業を軽視し、ギルド長である私を排除しようとするカレナの行動はさすがに予想外だったようだ。彼女が呪術にまで手を出していたことに、アレクセイさんも混乱している様子だった。


『まさかあそこまでの暴言を吐こうとは……ロウラン卿に聞かせるためとは言え、お嬢さんには辛い時間を過ごさせてしまった』


 画面の向こうのアレクセイさんは酷く憔悴しているようだった。昨夜の私のクレームに加え、ひょっとしたらハウンドからもキツイお灸でも据えられたのかもしれない。


「やっぱり、デュオさんがフォウローザに来るのが気にいらなかったみたいですね?」

『そうだな……。懸想をしていたのは知っていたが、ここまで極端な行動に出るとは……』

「カレナ嬢が言っていた通り、君と会ってから僕は少し浮かれていたようでね……。それに、配信が始まってからは他の従業員も君を称賛していたから、それも彼女には面白くなかったんだろうけれど……」

「なるほど。つまり大体デュオさんのせいだと」


 私の言葉が効いたのか、デュオさんは「うぐぅ……」と小さくうめき、アレクセイさんも珍しく狼狽した表情を見せた。


『すべて私の責任だ。どうかデュオをそんなに責めないでやってほしい。君の手を煩わせてしまったことを深く反省しているんだ』

「まぁ、いろいろと事情は理解しましたが……呪具は確か、サンドリアでも禁制品のはずですよね?」

『その通りだ。どこで入手したのか見当もつかないが非常に遺憾な事態だ。それをお嬢さんに使うほど愚かな娘ではなかったはずなのに……』


 昨日、スイガ君が首尾よく手に入れてくれたお香は、呪術を扱うための魔道具――いわゆる呪具と呼ばれるものだった。詳しい解析はシシル様にお願いするつもりだけれど、こういった代物は普通の商会はもちろん闇商人ですら扱わないという。


 入手経路について調べたかったけれど、サングレイスに潜む諜報員では力不足だったようだ。スイガ君が「思った以上にガードが堅い」と報告書を眺めて悔しそうに漏らすほど、ロウラン家に本格的な調査を行うのは難しかった。

 

 カレナがお香を使った証拠はあるものの、「そんな効果があるとは思わなかった」なんてしらばっくれられたらそれで終わりだ。貴族の立場ゆえに、告発しても相手の言い分が通りやすいという。昨日の時点では、呪具を切り口に責めるのは難しそうだった。


 それならば、と方向転換することにした。ロウラン卿を呼び出して通信越しにカレナの振る舞いを目の当たりにさせ、解雇に納得してもらおうという作戦だ。私に対する悪意でも見せてくれれば、呪具も意図的に使ったという証拠になる、という思惑もあった。


 そして今日。「遠くにいる娘の声が聞ける」と楽しみにしていたロウラン卿は、アレクセイさんの屋敷で嬉々としてエコーストーンに耳を傾け――カレナの舞台が始まってしまったというわけだ。

 

「事情は分かりました。ただですね、結果としてアレクセイさんの人選ミスがこうした事態を招いたわけですから、こちらとしてもそれなりの誠意を見せていただきたいんですよね。うちの領主代行もたいへんご立腹ですので」


 ここからは次のステップだ。謝罪だけでなく具体的な誠意を求める。これはハウンドにも強く言われていたことだった。「遠慮せず、徹底的に要求しろ」と力強く背中を叩かれて送り出されてきたのだ。手ぶらで帰るわけにはいかなかった。


『もちろんだ。今回の件についてはアレクセイ商会として誠意を尽くすつもりだ。スポンサー契約を申し出たのも、事業としての期待に加え、お嬢さんへの誠意の証として考えている』


 スポンサー契約。それはまだ始まっていない施策だった。

 配信事業はギルドとして立ち上がったばかりで、フォウローザ内では普及の兆しは見えてきたものの、大陸全体での浸透はまだまだ遠い話。そんな弱小ギルドのスポンサーに名乗りを上げる人がいるなんて、昨夜アレクセイさんから申し出があるまでは正直思ってもいなかった。


 実際、スポンサー契約の効果が発揮されるのは、広告機能が実装されてからだ。確かに遠くない将来には導入を予定しているが、実現にはもう少し時間がかかりそうだった。だからこそ、今このタイミングでスポンサー契約を結んで、果たしてアレクセイ商会にどんなメリットがあるのだろう?


「昨日は詳しいところまでは聞けませんでしたけど、もしかして賠償金代わりの契約ってことですか?」


 少し意地悪を交えて尋ねると、アレクセイさんは苦笑しながら契約の意図を説明してくれた。


『お嬢さんはまだ実感が湧かない話かもしれないが……サングレイスでも『配信』は徐々に評判になってきているんだよ。やはりシシル様の名声は大きい。配信機能しか持たないとはいえ、エコースポットを店に設置しただけでも見物客が押し寄せてくるほどだ。いつでもお嬢さんの歌声が聴けるという点も非常に受けているようだ』


 ……そんなに評判になり始めてるんだ。ちょっと驚いたけれど、確かにアレクセイさんは早々に追加購入を決めてくれていた。それに加えてアレクセイ商会がスポンサーになってくれるというのであれば、非常に魅力的な話ではあった。貴族にもコネを持つ大商会がスポンサーになってくれるのだ。配信ギルドに対する信頼度や価値が一段と上がることだろう。


『投資した分は十分に回収できる、いや、それ以上の利益が見込めると確信している。となれば、他の商会に後れを取るわけにはいかない』

「もちろんアレクセイ殿がスポンサー契約を決断した理由はそれだけではないよ。レーベル家という名を覚えているかい?」


 レーベル家……。ああ、確かデュオさんに対応を丸投げしたサンドリアの貴族の名だ。スイガ君に聞いたらそこそこ家格の高い家だと教えてくれた。


「レーベル家は芸術に通じている家でね。配信事業について説明するとすぐに興味を示してくれたんだ。多額の出資も検討してくれていたのだけれど、一つ問題があって……」

『レーベル家とロウラン家は犬猿の仲なんだ。配信事業には我が商会も大きく関わっているがゆえ、カレナを雇っていることがレーベル家にとっては懸念点だった。派遣が決まる前であれば他の手も打てたのだが……穏便に契約解除できる方法を早急に考える必要があったのだよ』


 そして今回の騒動が起こり、結果的にはカレナの華麗な自爆で厄介なロウラン家との関係が精算出来たということか。アレクセイ商会にとっては最高の結果が得られたんだろうけれど……被害を一身に受ける身となった私としては心中複雑な気分だ。


「それならアレクセイ商会を通さずとも、レーベル家と配信ギルドが直接やり取りをする方法もあったんじゃないですか?」

「それは難しいんだ。レーベル家のような貴族とのやり取りを『配信ギルドのデュオ』として僕が担当することはできるけれど、どうしてもギルド長である君が前面に立たなければならない場面が出てくる。……正直なところ、君が貴族を相手にするのは負担が大きいと思う」

『デュオの言う通りだ。ギルドと貴族が直接契約を結べば、貴族側が優位に立ち事業への干渉が増えることも多い。お嬢さん、君にそれが耐えられるのか? 全てが腐敗しているとは言わないが、老獪で狡猾な連中が相手になるぞ?』


 私は即座に首を横に振った。事業内容に口出しされるなんて耐えられない。せっかくここまで努力してきたのに、貴族の圧力で迷走させられるなんてごめんだ。


 フォウローザには貴族階級がほとんど存在しないから「貴族の狡猾さ」と言われても実感が湧かない。でも、日本で見てきた政治家の汚職や不正のニュースを思い出す。もしそれと似たようなものだというのなら、そんな連中に手垢をつけられるなんて、絶対に嫌。


「アレクセイ商会がギルドと貴族の間に立つことで、貴族からの過剰な干渉を防ぐ盾になれるんだ。スポンサー契約という形を取ってはいるが、実質的には提携関係と捉えてくれればいい。これで君への負担も軽くできるはずだ」


 貴族を相手にしてきたデュオさんやアレクセイさんだからこそ分かるのだろう。私のような素人が作った配信ギルドなど、あっという間に食い物にされてしまうことに。


 ――私が始めた配信事業が、これほど多くの人々や利害関係を巻き込むことになるなんて想像もしてなかった。みんなが楽しんでくれればそれでいいと考えていたのに、まさかこんな大ごとになってしまうなんて……。 


「……分かりました。レーベル家に関しては私の考えが甘かったです。でも……うーん、もう一声欲しいかなぁ?」


 なにせこちらは呪具まで使われ無駄に疲弊させられたのだ。それに、単なる言葉の攻撃だけでは済まされなかった。


「こちらは命の危険すら感じたわけですし、ね?」


 私は顎下まで覆う服を少し下げ、巻かれた包帯をこれ見よがしに剥がしていった。包帯の下には手形の痣が色濃く残っている。昨日は薄かったはずなのに、時間が経つにつれ濃くなってしまったのだ。


 デュオさんが驚愕して目を見開く。アレクセイさんも激しく動揺しているようだった。


『それは、まさか、うちの従業員が……!?』

「相手が誰とは言いません。呪具の影響で操られていましたし、解呪を無理に進めた結果です。でも、恐怖は残ります。理由もわからないまま罵られ、さらにこうして実害まで受けてしまったわけですから」


 包帯を巻き直してくれたシアさんはうっすらと涙を浮かべていた。「どうしてお嬢様がこんな目に合わないとならないのですか……?」と、まるで自分のことのように静かに怒ってくれたのだ。

 謝罪も受け、スポンサー契約という形で誠意も示してもらった。けれど、それだけでは私たちの気が収まらないのも事実。……なんてね?


『呪具についての告発は……どうしても行わないと?』

「出所不明ですし、証拠が足りないんですよね。それに、アレクセイ商会にも不名誉な噂が立ちかねません。最悪の場合、商会が関与を疑われることだってあり得ます。それは本意ではありませんし、呪術に関しては別の件も絡んでいるから少し泳がせることにしたんです」


 別の件というのは、呪いの手紙のことだ。これもカレナの仕業かと思ったけれど、シシル様の見立てでは相当高位の呪術師が関与していて、少なくとも下位貴族の子女が扱える代物ではないそうだ。


 カレナの目的ははっきりしているけれど、呪いの手紙の送り主については未だ謎のまま。とはいえ検知器のおかげで対処は出来ているので、それならばもう少し泳がせてみようと、私とシシル様だけの秘密の結論に至っていた。


『……分かった。ロウラン家にはそれ相応の賠償金を請求するつもりだ。そのすべてをお嬢さんに受け取ってもらいたい』

「賠償金、ですか? 何の名目で?」

『結果として効果が無かったとはいえ、うちのデュオに呪具を用いた。それだけで名目としては十分だ』


 それは――どう考えてもデュオさんが受け取るべきものではないだろうか? デュオさんを見上げると、彼は儚げに微笑みながら「受け取ってくれると僕も助かるよ」と優しく促してくれた。ううん、なんとなく気が引けるけれど……。


「本当はもっと綺麗なお金を用意したかったんだけれどね。アレクセイ商会の誠意として、受け取ってほしい」

「それじゃあ半分こしましょ? デュオさんもこちらに来る際にいろいろと出費があるでしょうから」


 彼は、明日の開店を見届けたら一度帰る予定で、向こうの仕事が片付けば本格的にフォウローザに赴任することになっている。身一つで来るわけじゃないから何かと出費もかさむはずだ。


「……君は本当に譲らないね。その申し出、ありがたく受け取らせてもらうよ」

「はい。それじゃあ今回の一件はこれでお終いにしましょ? アレクセイ商会とは、引き続き良い関係を築ければと思ってますから」


 アレクセイさんとデュオさんが深く頷いたので、私は別れの挨拶をして通信を終えた。


 ――ふぅ、これで一段落かな? 大きく伸びをしながら空を見上げると、小さな星々が夜空いっぱいに輝いている。普段この時間には外に出ないから新鮮な気分だった。


「デュオさんもお疲れ様でした。大変でしたね、色々と」

「フレデリカほどの苦労はしていないよ。こんなことになるなら、昨日は僕も残ればよかった」


 彼の指がそっと私の首筋に触れ、痣をなぞるように優しく撫でてくる。くすぐったくて少し身をよじらせてしまった。


「見た目ほど大変じゃなかったですよ。一瞬だけでしたし。ダシに使っちゃってごめんなさい」

「そんなことどうでもいいよ。……あぁ、後悔してもしきれない。君のためになればと思ってしたことが、ことごとく裏目に出てしまって情けない……」


 この首の痕は思った以上にデュオさんに衝撃を与えてしまったらしい。まずったな、ここまで落ち込ませるつもりはなかったのに。

 デュオさんも今回の一件で苦労したのは同じはず。だからなんとか気持ちを軽くしてあげたくて、「そうだ」と声を弾ませてみた。


「明日、開店で忙しいと思うんですけれど、帰るのは夜ですよね? 夕方から少し会えませんか? 今日のデートだってできなかったですし」


 そう、本当は歓迎会までの間はデュオさんとデートという名のウィンドウショッピングをするつもりだったのだ。でもカレナと従業員たちをギリギリまで引き離す必要があって、その予定も有耶無耶になってしまった。

 明日には帰ってしまうなら次に会えるのはまたしばらく先。せっかくフォウローザまで来てくれたのだから、少しでも楽しい思い出を作ってもらいたい。


「僕は大丈夫だけど……君はいいのかい?」

「夕方からなら大丈夫ですよ! 最近は仕事の処理も早くなったんですから」

「それならば、喜んで」


 デュオさんがはにかんだように微笑む。その表情はいつもの澄まし顔じゃなくて、心から喜んでいるように見えた。

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