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038 踊り子さんの独演会

「こんばんは~、お待たせしちゃってごめんなさい!」

「こんばんはリカ様。こちらも皆揃ったところです」


 店員さんに案内されて入った個室には、すでにデュオさんも含めた従業員の皆さんが席に着いていた。私とデュオさんには長テーブルの中央に席が用意されていて、軽く挨拶を交わしながら席に着く。ひときわ鋭い視線を向けているのは――やはりカレナ嬢だ。彼女は私を上から下まで値踏みするように睨みつけ、最後にふんと鼻で笑った。


 昨日、正気を取り戻した従業員たちはハウンドの指示で支店に戻ったらしい。何が起こったのか分からない様子だったそうだけれど、今こうして並ぶ顔ぶれを見ると、着任当初の和やかな雰囲気に戻っていて安心した。

 一方のカレナ嬢は、自分が期待していた状況と違うからか「あれ?」という顔をしている。どうやらこの歓迎会を“私の断罪場”にしようと目論んでいたようだけれど、その企みが外れて困惑しているらしい。


 デュオさんは、昨日の夕方からこの歓迎会までずっとカレナ嬢を引き留めてくれていた。従業員と接触されてまた呪術をかけられると厄介だったからだ。

 その手段については深くは聞くまいと思いながらも、彼がどことなく疲れた表情を浮かべているのを見ると何となく察してしまう。私がちらりと彼を見上げると微笑んでくれるが、そこには微かな哀愁が漂っていた。


 ちなみにハウンドは来ていない。こういった場に来るはずもないから最初から誘ってもいない。私に任せてほしかったし、必要以上に周りが委縮しちゃうから来なくて正解だと思ってる。スイガ君はひょっとしたらどこかに身を潜めているかもしれないけれど……どこにいるかは分からなかった。


「えーっと、私はミックスジュースでお願いします」

「おや、リカ嬢はお酒は飲まないのかい?」


 席についた途端、店員さんが注文を取りに来たので私はいつも通りジュースを頼んだ。すると、既にテーブルにお酒が置かれていたデュオさんが冗談交じりに声をかけてくる。

 この世界では十五歳からお酒が飲めるらしいけど私はまだ飲んだことがない。理由は簡単、自分がどんな酔い方をするか分からないからだ。

 なにせ、酒の席での失態が原因で炎上した配信者を何人も見てきたのだ。危機管理意識も働くというもので、二の舞を演じるつもりはなかった。――そもそも、蜜柑は未成年だったしね!


「お酒を飲むと気持ち悪くなっちゃうんです。ご迷惑おかけしたくないですから」

「――ふふっ、これだから田舎者は……」


 私がお決まりの理由を述べると、端の席から不快な一言が飛んできた。ざわめきの合間に聞こえてきたものだから眉がぴくっと動いてしまう。ダメダメ、ここで反応しちゃいけない。

 聞こえないふりをしながら横目で見えたのは、隣に座っていたヒューイがカレナ嬢をそっと窘める姿だった。それが気に入らなかったのか、彼女はついと横を向いてしまう。そうだよね、本当なら一緒になって私を馬鹿にしてくるはずだったんだもんね。


「はい、お待たせしました!」


 店員さんがナイスタイミングで私のジュースを運んできた。みんな、どことなく緊張がほぐれたような表情でデュオさんに乾杯を促した。彼は私にちらりと視線を送ってから、「それじゃあ、アレクセイ商会と配信ギルドの発展のために」と音頭を取った。


「少し込み入った話も出るかもしれないから防音魔法をかけておくよ。まぁ、今日は堅苦しい話は抜きにして楽しもう」


 そう言ってデュオさんが軽やかに指を鳴らすと、空気がぴんと張り詰めるように変わり、音が外に漏れないように魔法がかけられたのが分かった。周囲を見回すと、昨日同様にマナの流れが変わっているのを感じる。カレナ嬢はそんなデュオさんをうっとりとした目で見つめていた。


 私の隣にはデュオさんが、そして向かいにはドムさんが座っている。カレナ嬢は同じテーブルの端の席。普通ならお互いの声が届かない距離だけど、不意に静寂が訪れればその限りではない。


 テーブルには次々と料理が運ばれてきて、私は遠慮なく箸を進めた。居酒屋風のメニューもなかなか美味しい。濃いめの味付けはお酒が進みそうだし、なんとこの店には白ご飯まで用意されている。

 大喜びで食べていると、カレナ嬢が何かを言ってまたヒューイが彼女を宥めているのが視界に入った。賑やかな雰囲気の中では話の内容までは聞き取れないけれど、彼女がこちらに向ける敵意は手に取るように分かった。


「寄宿舎の住み心地はいかがですか?」

「はい、商会の近くにしていただいてありがとうございます。住み心地もとても良いです」

「ギルドが一つの建物にまとまっているのも便利ですね。王都は広すぎてどこに行くにも時間がかかりますから、その点もありがたいです」


 お酒が進むにつれて、控えめだった皆の口数が次第に増えてきた。話題は王都サングレイスとフォウローザの違いや、食文化のこと。演劇や音楽といった王都の流行へと話題が移ると、配信を広める上での重要な情報源だと実感する。――どうやって王都の最新コンテンツをいち早く取り入れるか、新たな課題も浮かび上がってきた。


 こうして和やかに話が進んでいると昨日までの敵対心が嘘のようだ。一方で、カレナ嬢は会話に加わるでもなくこちらをじとりと睨みつけている。フラストレーションも相当溜まっているようだ。……さて、そろそろ仕掛け時だろう。


「――っと、アレクセイ殿から着信だ。ちょっと失礼するよ。ああ、リカ嬢、これを預かっていてくれないかな」


 ご機嫌でお酒を楽しんでいたデュオさんは、小さな鞄を私に預け慌ただしく部屋の外に出て行った。


 彼が出て行ったのを確認すると、まるで待ち構えていたかのようにカレナ嬢がデュオさんの席に滑り込んできた。あれあれ? なかなか度胸があるじゃない? 呪術なんかに頼ってみたり遠巻きに文句を言うだけのタイプだと思っていたから、予想外の行動力に少し感心してしまう。

 周囲の従業員たちは戸惑った顔をしているけれど、止めに入る者はいない。そりゃそうか。彼女は私の隣に座っただけ。まだ表向きには何も起きていない――今のところはね。


「こうしてお話しするのは初めてですわね。初めまして、お嬢さん。わたくしはカレナ・ロウランと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。ご存じかと思いますが、私はリカといいます。ロベリア様のお屋敷でお世話になっています」


 ちょっとした牽制のつもりでロベリア様の名前を出してみたけれど、カレナ嬢は意に介することもなく「ふぅん」と顎を高くあげた。

 

 はて。なんでこの人はこんなに強気なんだろう。彼女たちの着任前にスイガ君から渡された報告書を思い返す。


 従業員ナンバー十、カレナ・ロウラン。

 ロウラン家の三女で、現在二十一歳。学習院を次席で卒業し、経済に明るいと評されている。卒業後はアレクセイ商会に在籍。ロウラン家は下位貴族ながら商業ギルドに多額の出資をしており、その影響力も相まって一定の存在感を持つ。――確かそんなことが報告書に記されていた。


 今回の派遣従業員の中で貴族出身者は彼女だけ。かたや私は出自もはっきりしない田舎娘。それに加え、彼女の意中の相手であるデュオさんがやたら私を気にかけている状況。……これが彼女が強気で攻撃的な態度の理由なのかもしれない。だとしても、それだけで人に呪術を使うのは勘弁してほしいところだ。せめてもっと別の理由があれば、と思わずにはいられない。


 はぁ、と小さくため息を吐いていると、デュオさんが戻ってきて「すまない、緊急の案件が入ったから先に支店に戻るよ」とひと言残し再び去ってしまった。すると、カレナ嬢がデュオさんの飲みかけの酒を手に取り、あっさり口に含んでしまった。それは親しい仲でも無しなのではないだろうか? えぇっ、と驚いた様子で金髪の女従業員が声を漏らすと、カレナ嬢はふふんと上から目線で微笑んだ。


「わたくしとデュオ様の関係なら、これくらいのこと失礼には当たりませんわ。ふふふ……昨日は皆さんも研修お疲れさまでした。わたくしは特別に免除いただいてしまって心苦しいのですけれど、いったいどんなことをされたのかしら?」


 “特別”という言葉を強調し、興味があるわけでもないだろうに、わざわざ研修内容を尋ねるその態度が何とも厭らしい。ドムさんはハンカチで汗を拭いながら「それがその……記憶が少し曖昧でして」と返事をした。


「お恥ずかしいことに途中で寝てしまったようでして……。頭はすっきりしたんですが、弛んでいるからと演習場を走らされることになりました」

「私は気持ちよかったですよ! 久しぶりに良い汗をかけました」

「周囲の騎士たちがやたら殺気立ってなかったか? 領主代行は俺にだけやたら厳しかったし……」

「ヒューイだけ腕立て伏せも追加でやらされてたもんな。知らぬ間に失礼でも働いたんじゃないか?」


 私が寝落ちしている間にそんな面白いことが繰り広げられていたのか。ハウンド様の研修はさぞかし厳しかったろうに、みんなどことなく楽しそうな顔をしている。汗と一緒に邪気のようなものも流れていったのかもしれない。

 

「あらまぁ、走り込みだなんて時代遅れですわね。まぁ、わたくしも少し汗はかかせていただきましたけれど……」

「え? カレナさんは何をされていたんですか?」

「さあ、どうでしょう? 言わせないでくださいませ。内緒ですわ。ねぇ、お嬢さん?」


 カレナ嬢が意味深に微笑むけれど、こちらとしては返しようもない。何をしていたのかなんて想像もしたくもないし、ただ分かることはデュオさんが不憫すぎるということだけだ。


「そ、そういえばリカ様があのリカちぃなんですよね? 僕もあの配信はとても楽しみにしているんですよ。妹といっしょに聞いたんですが、王子様が魔女に囚われたお姫様を助けに行く話の続きはあるんでしょうか?」


 不穏な気配を察知したのか、従業員の一人が配信の話題を振ってくれる。しかもリスナーだなんて嬉しい限りだ。


「わ、聞いてくれてありがとう。続きももうすぐ配信予定ですよ」

「そうなんですね! フォウローザだと王都では聞けない配信も聴けると聞いて、とても楽しみにしていたんですよ」


 和やかな雰囲気が広がり、私も自然とにっこりと笑顔になる、が――。


「あら、そんなに楽しみかしら? 王都でフォウローザの田舎話も聞かせていただきましたけれど、なんの面白味もありませんでしたわ」


 カレナ嬢が爆弾を投下して場の空気が一瞬で凍りついた。こんな直球で喧嘩を売られてはさすがに聞こえなかった振りも難しい。……この人、本当に私より年上なの? 思わず笑顔が崩れそうになるのをこらえ、「ほんと、王都と比べると田舎ですよね」と大人の対応で受け流した。なのに、それでも彼女は止まらない。


「わたくし、驚きましたわ。一番栄えているとされる商業区ですら碌に舗装もされていないんですもの。道は狭くて、まさか馬車が店の前に停められないなんて思いもしませんでしたわ。これからは搬入のたびに延々と往復する羽目になりそうですわね」

「えーと……そうですね。区画整理が済むまでご不便をおかけすることになるかもしれません。必要に応じて、運び手の募集をかけてもらえればと思います」


 さっきまでの和やかな空気はどこへやら、カレナ嬢の口からは次々と不満の言葉が溢れ出てくる。私はできるだけ丁寧に返答していたのだけれど、彼女は「あらまぁ」と大げさに目を見開いてみせた。


「世間知らずなお嬢さんはご存じないのでしょうけれど、人を雇うにはお金がかかるものですのよ? こんな田舎まで呼びつけておいて勝手に人を手配しろだなんて、まさかその賃金も商会持ちにさせるおつもり? 配信なんてくだらない事業のためにどこまでアレクセイ様に寄生するおつもりかしら?」


 これは昨日散々投げかけられた言葉だ。なるほど、彼女のこの悪意が従業員たちに刷り込まれてしまったのか。

 カレナ嬢の言葉には棘があふれ、周囲の従業員たちはその勢いに圧倒されて戸惑いの表情を浮かべている。デュオさんがいないとここまで増長するのかと感心すらしてしまいながらも、少しばかり我慢の限界を感じつつ、深く息を整え、できるだけ穏やかな笑みを浮かべて応じた。


「カレナさん、さすがに口が過ぎますよ」


 ドムさんがとうとう口を挟んだけど、だめだめそんなんじゃ、全然足りない。商会では年長者のはずだろうに、彼女の家柄を気にしてかどこか遠慮が滲んでいる。案の定カレナ嬢は鼻をフンと鳴らすだけで、ドムさんの存在を無視するように振る舞った。


 それにしてもこの人、従業員たちの呪術もすっかり解けてしまっているのに、どうして強気なままでいられるんだろう?

 ふと目を向けると、彼女がもともと座っていた席には空いたグラスがいくつも並んでいた。顔もほのかに赤く染まって、どうやら少々酔いが回っているらしい。もうちょっと冷静な頭を持っていたら今のこの状況がおかしいと気付けたはずなのに、やっぱりお酒は身を滅ぼす。


「わたくしは皆さんの気持ちを代弁しているだけですわ。だって、こんな田舎まできて配信ギルドのために働かされるなんて、どうかしていますもの」

「ええ? 皆さんもそんな風に思っていたんですか? それはちょっと、ショックだなぁ……」


 私がわざとしおらしげに言ってみせると、他の従業員たちは驚いて慌てて手や首を振り、次々に否定の言葉を口にした。


「ち、違います! 決してそのようなことはありません! 私たちはアレクセイ様のご指示に従ってここに来ましたし、それを光栄に思っています!」

「配信も本当に好きなんです。一緒にお仕事ができることを心待ちにしていました」

「フォウローザも、思っていた以上に素晴らしい場所です。皆さんも親切で、荷物の搬入も手伝っていただけて……!」

「ありがとうございます。皆さん、そう言ってくださってとても嬉しいです。……ね、カレナさん? どうやら少し行き違いがあったようですね。もしやる気がないのでしたら、無理にここに留まってもお互いにとって良いことはありませんし、帰っていただいて構いませんよ?」


 そもそも、どうも彼女は勘違いしているようだけど、私はアレクセイさんとはビジネスパートナーとして対等な立場にある。まかり間違っても『寄生』なんて言葉が出てきてはいけないし、他の従業員たちに示しをつけるためにも立場を分からせてあげる必要がある。

 

 もしここで彼女が素直に引いて帰るなら、私はそれでも構わなかった。サングレイスに帰ってくれれば縁も切れることだろうし、少しばかりの慰謝料をアレクセイさんから頂いて手打ちにすれば良い。

 そんな寛大な心でいたというのに、カレナ嬢は首を縦に振ろうとはせず、さらに声を大きくした。


「そうやってわたくしを追い返して、デュオ様とよろしくやろうなんて考えているんでしょう? ……こんな田舎に護衛任務とやらで赴いてからというもの、デュオ様はすっかり変わってしまわれたわ。何を話してもあなたのことばかり。しかもこちらに出向するなんて、そんなの許せるわけないでしょう!」


 彼女の思わぬ発言にくらりと眩暈がするようだった。カレナ嬢の意図が完全には理解できていなかったんだけど、本当にただのイロコイ沙汰が理由だったってわけ?

 ほら、だから恋愛が絡むのは嫌なんだよ。こんなにも知能指数が下がるんだから。それに自分の信者の面倒も見きれないなんて、デュオさんのバカ!

 

 うっかり心の中で毒づきながらも、私は顔には出さず冷静を保ち続けた。この一幕をどう終わらせようか。ちらりとデュオさんから預かったカバンの中を覗くと、エコーストーンは通信状態を示す緑色に点灯したままだ。


 そろそろ仕上げに入っても良い頃合いだろう。私は軽くため息をつきながら、芝居じみた言葉を口にした。

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