2 ほ、本物なのか……?
おれは開いていた教室の入口から中を見わたし、ツキミを探した。
教室にはまだ何人かの女子たちが残って話をしていた。そのグループとは関係なく、ひとり自分の席に座って窓から外を眺めているツキミを発見した。
「ツキミ」
と慌てて、おれは呼んだ。
「急げ、早くここから逃げるぞ」
おれはもう一度躯君が追って来ていないかを確認してから、ツキミのもとに駆け寄った。
ツキミはこっちに振り向いて、驚いたたような顔をして、
「……えっ? こころちゃん? 何でこころちゃんと手つないでんの?」
おれは、はっとした。手を取って走っていただけのはずが、いつの間にか平矢間さんと手をつないでいたことに気が付いた。
おれたちは慌てて手を離した。
「……く、詳しいわけは後で話す、だから早くここから逃げよう」
と、おれはツキミを急かした。しかしツキミは、
「だめ。今すぐ説明して」
と、冷たい眼でおれを見る。
こりゃ話を聞くまでここから動きそうもない。
「わ、わかった。その代わり聞いたら急いで帰る準備をしろ」
おれは手短にさっき起こったことと、逃げてきたこと、意図的に手を繋いだのではないことを説明した。それでもツキミはあまり納得していないようだった。
「――だから、早くしないと捕まっちまうんだよ!」
ツキミはまだおれたちのことを疑っているだろう。たしかにそう思われてもしょうがない。しかし、この状況を考えたら今はそれどころじゃない。
後でやましいことは何もないともっと詳しく説明してやるよ。
早くしないと躯君がきてしまうんだ。
「ふんっ、べつにそんなに焦る必要ないじゃん」
と、ツキミは口をとがらせて言う。お前はどうしてそう聞きわけが悪いんだ。
たしかにツキミなら唯一躯君にも勝てるかもしれないが、できるだけ争いごとは避けたいんだよ。
ようやく立ち上がったツキミは、立てかけてあった刀を手にした。
「さあ早く。躯君が追いついて来るまえに、急いで帰ろう」
と、おれたち三人は教室を出るために歩き出した。
が、廊下に立ってこっちを見ていた男がおれの目に入った。躯君はすでにおれたちに追いついて、教室の前に立っていた。
くそう、遅かったか。
「ほう、仲のいい娘がもう一人いるのか。――そうか、そうか、そういうことか。さっきお前らが言っていたことは本当だったのか。てことは、この娘がお前の本当の彼女だな。ようやく本当の彼女に会うことができたぜ」
躯君は、またもや不敵な笑みを浮かべていた。
「おい、お前、囃子だったな。お前は可愛い娘とばかり仲良くやっているじゃねえか。羨ましいぜ。けっ、でもな、それも今ここで終わりだ、残念だったな!」
おれが身構える前に躯君は飛びかかってくる。
気がついた時には、もう目前に迫っていた。あわてて後ろに退った。
頭上から釘バットを振りおろされた。おれは何とか避けた。が、その先にあった机は見事に粉砕された。机の木の破片が飛び散る。
まだ教室に残っていた女子たちが、悲鳴をあげながら慌てて逃げていく。
ツキミはおれの方を見てきいた。
「ちょっと、理。この人って、いま噂のあの人じゃないの?」
「そうだよ、だからさっきから言ってるじゃねえか」
「どうしてこんな人を連れて来たのよ! あっ、わざと? わざと連れてきたんしょう。わたしに嫌がらせするために、わざと。それでこころちゃんとも――」
「ちがうよ、バカ」
「バカじゃないわよ。――ということは、この人わたしたちを別れせようとしてるのね」
「そうだよ!」
「いやよ! わたしは絶対に別れないんだから!」
ツキミは刀を抜いて構えた。すらっと伸びた刃の先に銀色に輝く光が反射する。
躯君は床にめり込んたバットを引き抜いて、ツキミの手元を見てふいに笑いだした。
「フハハハハ。なんだあ? それは刀か? チャンバラごっこでもするつもりか? フハハハ、おもしれえ。玩具だよな、それ。本物のわけねえよな、学校に真剣を持ってくるわけねえもんな。そんなもん学校に持ってくんなよな。さっきの改造エアガンには驚いたが、だからって今度は刀か? ハッタリは二度も通じねえよ。そんな玩具でおれに抵抗するなんて、なめんじゃねえぞ。囃子の彼女よ、これは遊びじゃないんだ。早くバカな真似はやめて囃子と別れると言いやがれ!」
躯君がバットを振り上げようとした瞬間に、ツキミが飛びかかっていった。
ツキミが一閃、ふり抜いた。躯君は後ろに飛び退った。
「うおっ」と声が漏れたが、それをかわした。が、躯君の上着がはらりとはだけ、今のツキミの攻撃によって、すっぱりと斬られたきり口があった。
「ほ、本物なのか……?」
狼狽する躯君は、おろおろと後ろにさがってツキミから距離をとった。
ツキミはニヤリと笑って刀をかまえた。
「そうよ、わかったでしょ。だからもうわたしたちには関わらないで。これ以上わたしたちの邪魔をしてくるなら、本当に死んじゃうかもよ」
すると躯君は、何を思ったか傍にあった椅子を、突然ツキミを目がけて投げだした。
危ない、避けろ。
と思う間もなく、ツキミは迫ってきた椅子を縦に斬りつける。
真っ二つになった椅子は、ツキミを避けるように両側にわかれて後ろに流れていった。
「おもしろい。だがな、たかが真剣ごときでおれは止められねえぞ! これ以上歯向かおうってんなら命の保証はないと思え!」
躯君は釘バットを振りまわす。
近くにあった机や椅子を破壊し薙ぎ払い、すべてを吹き飛ばしていく。
机の中に入っている教科書類もとび散って、教室の中はもうぐちゃぐちゃだ。
明日の朝いちばんにここに来たひとは、この状態を見てどう思うだろうか。まっ、それはおれの知ったこっちゃねえ。悪いのは躯君と桐咲だからな。
釘バットを振りまわす躯君は、徐々におれに近づいてきた。
まずはおれからってことか。と、思っていると、一気に距離を詰めてきた。
おれは瞬時に反応できなかった。
逃げ遅れてしまった。躯君がバットを振りかぶって、殺人鬼のごとく襲ってくる。
足がもつれた。バランスを崩し、尻もちをついた。
躯君の振った釘バットが、ぶんっと唸って、空を切った。
直前までおれの頭があった所だった。
「囃子君、危ない!」
顔を上げると、そこにふたたびバットを大きく頭上に振り上げた躯君の姿があった。
身体をねじって、反り返らせた。背中をぎりぎり掠めて、床に大きな穴が開いた。
地べたをぐるぐる横に転がって、這いつくばって逃げた。
みっともない姿だっただろうけど、おれは必死だった。
銃声と、ガラスの割れる音がした。平矢間さんだ。
おれは躯君の様子を伺う。
躯君はよそを向いて身を屈めていたが、すぐにおれの方をギョロリとふり返り、遠心力がついた釘バットを振りおろしてきた。逃げられなかった。
もうだめだ、叩き潰されると思い、眼を閉じた。
覚悟を決め、歯を食いしばった。
金属同士がぶつかったような音が鳴った。しばらく、何も起こらなかった。
「――ん?」
ゆっくりと目を開けると、おれの目の前でツキミが躯君の攻撃をしっかりと受け止めてくれていた。助かった。
「理、起きてる? だったら早くそこを退いて」
おれは慌てて立ちあがって、その場を離れた。
ツキミと躯君はそのまま押し合いとなり、睨み合った。
そしてお互いが飛び退いて、一定の距離をおき、対峙した。
「あ、ありがとう、ツキミ」
「うん」
ツキミはこっちを見ずに返事をした。
声はやさしい印象だったが目は真剣で、まばたきをしていなかった。
これ以上声はかけられなかった。
放課後の荒れ果てた教室のなかに、異様な緊張感がながれていた。
平矢間さんは銃口をむけて狙いを定めている。
ツキミは両手でにぎった刀を構えている。その二人が見つめる先には、おれたちを凄まじい眼光で睨みつけ、釘バットを片手で持ち、いつでも攻撃ができるように攻撃体制をとっている躯清士がいる。
この場合おれにできることは何かない。
おれには、ただこの戦況を見守ることだけしかできなかった。




