3.おい、桐咲
おれが通うのは私立蜜ヶ丘高校。
男女とも制服はブレザー。これといってとくに変わった校則や理念などはなく、いたってふつうの私立高校。
高校野球も地方予選の初戦か二回戦敗退の常連で、その他のクラブも全国大会などは縁がない。大学への進学率も平均なみである。
そんな高校にかようおれは、ツキミから二重の意味で衝撃の告白を受けた次の日、遅刻ギリギリで教室にすべりこみ、一時間目の授業になんとか間に合った。
一限目が終了し、休み時間になると、いつものことながら桐咲の周囲は、うるさいほどにぎやかに盛りあがっている。
華やかで人気があり派手な桐咲の周辺には、いわゆるリア充と称される連中が男女とわず集まってくる。
そのなかで桐咲は手をたたいて大声で笑っていた。
あかるい栗色のウェーブがかった髪にリボンをつけて、大胆にあけたブラウスの胸もと、その隙間から大きく膨らんだ胸の白い肌をのぞかせる。
スカートは規定よりも短く、むっちりした太ももがむき出しになっていて、色気が半端じゃないほどただよっている。
小学生のとき、おれは一度転校している。
転校当初、あたらしい環境になかなか馴染めないおれに最初に声をかけて仲よくしてくれたのが桐咲だった。
爾来、桐咲かおりとは、中学、高校ともにおなじで、古い付き合いになる。
小学校当時は、何度も桐咲の家へいき一緒に遊んだ。
昔から美人だと言われていて、男女からともに人気があって、とくに男子からは注目のまとで当時からすごくモテていた。
中学一年ぐらいまでは、まだ仲がよくてみんなで集まって遊んだり、けっこう話たりもしていたが、中学の二年になったあたりからは桐咲に彼氏ができたかなんかで、それからはめっきり遊ぶことはなくなった。会話もめったにしなくなり、高校入学してからは、たまに目が合って挨拶するくらいで、ほとんど昔のような関係性はなくなっていた。
久しぶりの桐咲との会話の話題が、こんなことになるとは思いもしなかった。
ツキミはいま一人で肩肘をついて窓の外を眺めている。
ツキミのためにも、どうしてあんなことにいたったのか早くことの真相をたしかめる。
「おい、桐咲」
ほかの連中がまわりにいるのが少し気にかかり、抵抗があったが、
「ちょっといいか」
「ああ! 何?」
横から部外者に会話を途中で遮られたことで不愉快そう顔つきをしたが、それがおれだとわかると、今度はいやらしい笑みを浮かべて、
「囃子じゃない、どうしたの?」
どうしておれが話しかけたのか、どうやら見当がついたらしい。
椅子から立ちあがる拍子に桐咲は身をかがませる。そのとき思わず胸元に目がいく。レースの付いたピンクの布地と、そこからはみ出る柔らかそうな塊がのぞき、おれはすぐに目をそらす。
桐咲は廊下に出るまでの間ニヤニヤしながら、おれからの報告を楽しみにしているようで、その笑いかたは昔からちっとも変わらない、おれのよく知っている憎たらしい微笑みだった。
こいつはツキミとおれを玩具にして笑ってやがる。おれのことはまだいいとして、ツキミが可哀想だ。ツキミとおれをくっつけて、どこが面白い。
いったい何を考えている。
こいつのことだから大した意図はなさそうだが……。
廊下に出るなり、さっそく桐咲の方から口をひらいた。
「ねえ、囃子。昨日はどうだったの? うれしかったんじゃないの?」
「うれしい?」
「そうよ、庵堂さんに告白されたでしょ。どう、何て返事してあげたの?」
桐咲の反応は思っていた通り。その口ぶりと態度がおれの怒りゲージを徐々に上昇させてゆく。
「付き合ったよ。死にたくなかったんでな。罰ゲームでおれに告白するというのは、やはりお前の提案だったんだな」
「へえー。なーんだ庵堂さんから聞いたんだ」
したり顔だったのがおれが事情を知っているとわかった瞬間、唇を尖らせてつまらなさそうした。
どうやら自分の口から「あれは実は罰ゲームだった」とバラしたかったらしい。
それは叶わなかったが、桐咲の計略は見事成功し、まんまとおれはその罠にはまってしまったのだ。
「でも、初めて彼女が出来たんだからよかったじゃない。これもわたしのおかげだね。これからもお幸せに、じゃっ」
「そんなことをして楽しいか?」
踵を返そうとする桐咲を引きとめる。
まだ話は終わっていない。
「おれをからかうのはいいが、他の人を巻き込むなよ。好きでもないやつと付き合うことになったツキミの身にもなってみろ、可哀想じゃないか」
「はあ? だって実際勝負に負けたの庵堂さんだし。罰ゲームを受けるのは当然でしょ。でもいいじゃん。恋人ができたんだから。ていうか、なんでそんなに怒ってんの、そんなに怒ることないじゃん。何かムカつく」
みるみる目がつりあがってきた桐咲は、ひと気もはばからず怒りだした。
「それに庵堂さんだってそこまで嫌がっていたように見えなかったわ。彼女もあんたをからかうの面白がってたんじゃないの? っていうか、なんでそこまで怒ってるわけ、彼女ができたんだから喜びなさいよ! それに囃子、あんた裏ではかわいいってけっこう評判いいんだよ。それなのにどうしてそんなに怒るのよ!」
「あとでツキミに謝れよ。それと、これからはこういうことするなよ」
「イヤよ。絶対にイヤ。イヤだし、謝らないし、これからもどんどん新しいカップルを誕生させていってやるわ。誰にも邪魔させないんだから!」
桐咲は自分のすることに間違いはないと思っているのだろう。現にそうかもしれない。
桐咲があの罰ゲームを思いつかなかったら、おれはツキミに告白などされていなかったはずだ。
おれはあのとき、わずかな時間だったけど幸せな気持ちになったのは事実だ。
だけどツキミにしてみれば迷惑な話。やはり桐咲はまちがっている。
それなのになぜ、こいつが怒っているんだ。
勝手にカップルを誕生させるのはいい、それは知らない、勝手にしろ。
だけどツキミには謝れ。
くそっ! だんだん腹が立ってきたぜ!
――本当はツキミは嫌がっていなかった? ならどうして普通に告白してこないんだ。
――おれが裏では評判がいい? そんな話し聞いたことないぞ。
――おれが可愛いだあ? このおれのどこか可愛いんだよ! ふざけるな!
「おい、桐咲。ツキミに悪いから、おれはあいつと別れる。あいつはちゃんと告白するという目的を果たしたんだから文句はないだろ」
桐咲は両手でこぶしを握り、怒りで全身がプルプル震えていた。
「はあ、勝手にしなさいよ。あの娘と別れたら、あんたはこれから一生彼女なんかできないわよ。それに言っておくけど囃子、あんたはわたしみたいなイイ女とは、一生付き合えないからね。せっかく人が親切に出会いを提供してあげたのに、それを無駄にするなんて。この恩知らず! さっさと別れちまえ!」
おれは、やけに冷静になっていた。
「ああ、そうするよ。ツキミと仲良くさせてくれてありがとな。少しだがあいつの別の一面が知れてたのしかったよ。あと、おれの心を弄んだおまえは許さないからな。おまえなんか付き合うのはこっちから願いさげだ」
廊下で声を張りあげて言い争っているおれたちを、さっきまで一緒にいた桐咲の仲間が物珍しそうに見物しに来た。
桐咲はそいつらと一緒になり教室に戻って行ったが、最後におれにキリッと睨みをきかせるのを忘れていかなかった。
つい勢いにまかせてツキミと別れるなんて言ってしまったけど、おれはそれがなんとなく淋しかった。
だってまだ付き合って一日も経ってないんだぜ……。
ツキミにしてみれば無理やり付き合わされたわけだし、おれみたいな好きじゃない男と付き合うなんて嫌に決まっているだろうな。
さっき桐咲が言い放ったように、このさきおれは当分女子と付き合うことはなさそうだ。
ハァ……。何だこの疲労感は。胸の奥がものすごく熱くて、重たい。
いっそあの時、ツキミに刀で切られていたほうがマシだったかもしれない。……