憧れの彼女と
授業が終わって放課後になると、僕は彼女のところに行こうとした。
『何やってんだ?晃帰るぞ』
『・・・先に帰ってていいよ』
『えっ、何でだよ』
健渡は不思議そうに聞いてきた。
どういえば健渡は素直に帰ってくれるだろうか。
考えていると、『おい、健渡これからサッカーやらないか?』
中学の時の友達らしい男子達が、健渡を誘いに来た。
『ん?うぅ~そうだな』
健渡は僕の方を見て少し唸ってから、廊下に行った。
健渡が行ったのを見送ってから、僕は彼女に視線を向けた。
いつもは図書室に行く彼女も、今日は教室で本を読んでいた。
僕は話しかけようかどうか迷った。
だけど、本を読んでいるところを邪魔するのもどうかと思ったので、僕は勉強をすることにした。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
今日の宿題も、復習も全て終わってしまっていた。
ひょっとして・・・
つい真剣になっていた僕は、急いで彼女の席を見た。
彼女は変わらずに本を読んでいた。
彼女はどうしていつも学校で本ばかり読んでいるのだろうか。
彼は沙希ちゃんが人と話さないことを知っていたが、彼には話していた。
それに、さっき僕にも少しだけど話してくれた。
会話らしい会話をしたわけではないけれど・・・
不思議に思いながら彼女を見ていると、扉が開く音が聞こえた。
先生でも来たのかな?
僕はそれほど気にせずに、とりあえず勉強道具を片付けていると・・・
『あれ?何だ。こんな時間まで勉強?真面目なんだな』
昼休みに話した彼がいた。
『わっ』
僕はあまりの出来事に大げさな声を上げてしまった。
『な、何だよ。ビックリするじゃねぇかよ』
『ごめん』
僕は今の状況を整理しようとした。
彼は沙希ちゃんと幼馴染なんだ。
ということは、家も近いはずだ。
だから、あっ・・・そうか。迎えに来たのか。
いつもは彼がいないから・・・
僕が彼と沙希ちゃんのことを考えていると、ぼーっとしていた僕に、彼は顔を覗き込むようにして言った。
『どうした?体調でも悪いか?一緒に帰るか』
『ああ、うん・・・』
『そういえば、俺まだお前の名前聞いてなかったな。俺は楷渡』
『僕は晃。楷渡君・・・昼休みに言いかけてたこと・・・聞いていいかな?』
あの時はあんなに聞くのを抑えていたのに、僕はあっさりと口に出来た。
『ああ、そのことか。うん、別に恥ずかしいことでもねぇし。ただ何となく人には言いたくなかったんだけどな。
俺実は・・・小説家何だよな』
『えっ、楷渡君が?小説家?』
沙希ちゃんの持っている本を見つめながら、僕は疑問に思った。
楷渡君が、小説を書いている?
『やっぱ驚くだろ。ていうか・・・意外、だろ?』
楷渡君は少しだけ恥ずかしげに言った。
『ううん。そんなことない。そんなことないんだけど、ただビックリしちゃって、小説家がこんなに身近にいる何て思わなくて・・・』
『そうか。そうだよな』
楷渡君は嬉しそうに言った。
もしかして自分が小説家だってことを言ったのは、僕が初めてなのかな?
僕は何となくそう感じた。
『ちなみに沙希が今読んでるこの本も、俺が書いた奴なんだよ』
楷渡君はまた恥ずかしそうに言った。
沙希ちゃんは消え入りそうな声で、『楷渡の書いた小説をあたしが評価しているの』と言った。
僕は何だか少しこの二人のことを理解出来た気がして、とても嬉しかった。
そうか。
いつもは健渡としか帰らない家路を、今日は特別な二人と共にしている。
まさかこんなにも簡単に彼女と話せる何て、思いもしていなかった。
『あのさあ、二人共本が好きなんだよね?楷渡君の小説を評価しているってことはさあ。もしかして沙希ちゃんもそういうことをしたいと思っているの?』
僕は彼女に尋ねた。
彼女は自分にだけ話しかけれたことに少し驚いてたから、首を捻って言った。
『本は好きだけど・・・わからない』
彼女の声はいつも消えてしまいそうで、だけど僕はそんな彼女の声もしっかりと聞こえてしまう。
『晃は本とか読まないのか?』
楷渡は僕に聞いてきた。
『うん。そうだな。あんまり興味ないから読もうとしたこともないかな』
僕は苦笑交じりに言った。
こんなことではこの二人とは仲良くなれない。
そんな気がしたからだ。
『そうだな。確かに初めは皆思うのかもしれないな。こんな活字だらけの本の何処が面白いのかって。でもな、小説には漫画とは違ういい所があるんだ。
それはだな。読者の想像力を自然に鍛えることが出来る。そして、読む人によって想像するものが違うということだ。わかるか?』
楷渡君は嬉しそうに言った。
『いまいち・・・』
『そうか。そうだな。ううん。じゃあ、一回騙されたと思って読んでみろ』
そう言って楷渡君は鞄から本を一冊取り出した。
『これって、もしかして・・・』
『ああ、俺の本だ。俺のデビュー作だ。これは沙希にも高評価だったし。編集者にも評価良かったから、おすすめ出来る。本を読んでみると、俺の言ったことがわかる
かもしれねえ』
楷渡君はそう言った。
何だか本当に理解出来るような気がしてきた。
『じゃあ、僕はこっちだから』
『そうか。じゃあ、また学校でな』
『うん』
今日出会ったばかり何て思えないぐらいに、僕達は仲良く家路を歩いた。
家に帰ってから、僕は本を読み始めた。
初めのページをめくった瞬間から、魔法にかかってしまったかのように、僕はしばらく本を読み続けていた。
『晃。宿題してるの?晃ったら、晩御飯よ。晃、入るわよ』
僕はお母さんが叫んでいるのも、お母さんが部屋に入ってくるのも気づかずに、ただじっと本を読み続けていた・・・
翌日学校に行くと、朝から楷渡君が沙希ちゃんの席にいた。
僕は当たり前のように、二人の近くに行った。
『おはよう。楷渡君。楷渡君の言う通り。ううん。それ以上だったよ。こんなに本が面白いって思ったのは初めてだよ』
僕は少し興奮しながら言った。
楷渡君は何があったんだ。とでも言うように、驚いた顔をしていたが、少しして嬉しそうに頬を緩めた。
『そうか。よかったよ。というか、俺の小説をそんなに楽しく読んでくれたってことが一番嬉しいよ。ありがとな』
楷渡は照れくさそうに言った。
沙希ちゃんは笑顔で僕達を見つめている。
昨日は教室の雰囲気も、妙な静けさも、その後のざわつきも全部体感していたのに、今日はそんなこと微塵も気にならなかった。
席に座ると、健渡がとんできた。
『おい、何だよ。お前いつのまに彼女と仲良くなったんだ?』
『うん。ちょっと色々あってね。諦めないひたむきな者にはこうして幸運が来るんだね』
僕が冗談交じりに言うと、『そうだな』と、いつもより低い声が返ってきた。
『えっ?』
僕は思わず聞き返してしまった。
健渡がいつもとは違って、少し怖く思えたからだ。
『良かったじゃねえか。お前がまさか彼女と仲良くなるとわなぁ。本当親友として嬉しいよ』
健渡はいつものように明るく振舞っていたが、僕には無理やり明るく振舞っているように思えた。
そうか。
休み時間になると僕は迷うことなく彼女の所に行った。
彼女は少し戸惑っていたが、僕が楷渡君の小説の話しをすると、彼女は笑顔で話しを聞いてくれた。
『楷渡君はいつから小説を書き始めたの?』
『書いていたのは、小学校の頃からでした。仕事に出来たのは、中学に入ってから・・・』
彼女は少しだけ寂しそうに言った。
『楷渡君とはずっと一緒なんだよね。仲良いんだね』
僕は何故だかそんなことを言った。
一体彼女に何を聞きたかったのか。
ただ何かを話したかっただけなのかもしれない。
『うん。楷渡の小説も好きです。楷渡といるのも好きです』
『じゃあ、僕は?僕といて楽しいかな?僕といるの好き?』
僕らしくもなく、率直な質問をした。
彼女は少し困った顔をしたが、直ぐに笑顔になった。
『緊張します。あなたといるのは、とても緊張します』
『僕もだよ』
僕が笑顔で返すと、彼女は嬉しそうに『でも、一緒にいるの嫌いじゃないです』と言った。
彼女にとって僕が好印象で良かった。
この時からだろうか。
まだ話したのは昨日なのに、人間ってどれだけ欲深いんだろうね。
僕は人間の怖さを知った。
いや、自分の怖さを知った。
人間の欲という名の悪魔の怖さを・・・
放課後になると、健渡は何も言わずに先に帰って行った。
僕に気を使ったのか。
いや、それにしては様子が可笑しかった。
やっぱり・・・
僕は健渡が過ぎ去って行くのを見送った後で、沙希ちゃんの元に向かった。
『今日は楷渡君は?』
『来ます。でも、たぶん今頃図書室で仕事してる』
『そっか』
だから、楷渡君がいる時は教室で待っているんだ。
彼女は僕がいても、ただ黙って本を読んでいた。
だけど、僕は彼女が本を読んでいる姿も好きだった。
僕は彼女の顔をしばらく見つめていた。
見つめていると、ふいに彼女が笑った。
僕はその時にはっとした。
こんな至近距離で見つめる何て、絶対に変に思われた。
僕は少しだけへこんだ。
でも、彼女の反応は僕の予想とは違っていた。
『面白い』
『えっ?』
『今、面白い顔してましたよ。晃さん・・・面白いです』
『そうかな』
沙希ちゃんに褒められた?ことと、名前を呼ばれたことがたまらなく嬉しかった。
『こんなに近くでじっと見てて、気持ち悪くなかった?』
『えっ?』
彼女はきょとんとした顔になった。
そんな顔も可愛くて、僕は頬が緩んだ。
『あたしも見つめていたから、お互い様。ですよ』
彼女は笑いながら言った。
少し照れているようにも見えて、嬉しかった。
そうしているうちに、楷渡君が教室にやって来て、僕達は家に帰った。




