WBC編⑤ 死闘
いよいよ日本ラウンドの最終戦となる対韓国代表だが、このゲームは本当に負けられない試合となった。前日に台湾が韓国に勝利したため、もし日本が韓国に敗れると三チームが三勝一敗で並ぶ。決勝ラウンドに進めるのはグループの上位二カ国のみなので、ここで敗退となってしまう可能性が十分にあるのである。
その大事な一戦の先発を任されたのは、鷲本さんだ。ここトーキョースタジアムを本拠地にしている強豪の東京アローズで長年エースを務めている、レジェンド的な存在の大投手である。ブルペン、そしてマウンドでの投球練習で、気負っている様子はまったくなかった。さすがと言える。
が、迎えた一回表に投げた初球のストレートを、相手の韓国チームのリードオフマンが打ち返した打球が、フラフラと上がって、レフトのポール際のフェアゾーン側のスタンドに入ってしまったのだ。
コースは外寄りの低めで、ど真ん中なんかではなく、油断したわけではないだろう。鷲本さんは思わずがっくりとしゃがみ込んだのだが、まだ試合はたっぷり残っているんだから、大丈夫ですよ——
と思ったのだけれども、苦戦はしても今大会において初めてのビハインドとなるこの一点が、日本に重くのしかかることになった。
韓国チームはこの試合で小刻みな投手起用を行ってきたのである。ただでさえ初対戦のピッチャーばかりで、球種はスコアラーなどから聞けても、ボールの軌道はやはり実際に見ないとどうにもならないため、打撃陣は大変なのに、一度対戦すると次に交代してしまうので、前の打席で得たものがまったく役に立たない。加えて、右投げ、左投げ、速球派、軟投派、とタイプはさまざまで、厄介だ。
結果、なんとかヒットやフォアボールで出塁は何度もできたものの、点は奪えず、七回表が終わった時点でも〇対一のスコアは続いたのだった。
七回裏の日本の攻撃。ワンアウトから二番の西園寺さんが四球で出ると、阿久津監督は代走で田上を送った。
この田上という男は、やはり肝が据わったすごい奴だ。中国以上にレベルが高い韓国バッテリーがこれ以上ないほど警戒したにもかかわらず、臆することなく、盗塁を見事に成功させたのだ。
ただ、負けている試合展開もあるだろうし、今回は三塁までのスチールはベンチの指示によって敢行されなかった。
それでも得点圏にランナーがいる、日本には大きなチャンスだ。続くバッターは茂木である。
通常ならば、最強のバッターが相手で、敬遠が妥当だろう。しかし、茂木は不振と言っていい状態だ。また、フォアボールにすると逆転のランナーとなってしまうので、勝負にくることも予想できた。
果たして、三番の茂木、四番の俺、どちらとの対戦を選ぶか、韓国のベンチが相当悩んだのが見て取れた。
そうして出した結論は、敬遠だった。茂木はいまいちだけれど、だからこそそろそろ、とりわけこういった場面で、「打ちそうだ」と思ったのではないだろうか。
何にせよ、日本の命運は俺に託されたかたちになった。大会前には、「茂木に頑張ってもらって、俺はおいしいところを」なんて考えたが、人生甘くはないな。
とはいえ、俺だってプロ野球生活のなかで幾多の修羅場をくぐり抜けてきたのだ。簡単にプレッシャーに押しつぶされたりなどしない。
だが、やはり初顔、加えて目の前のピッチャーは横から投じる変則的なフォームで、攻略するのは厳しい。
しかし、その投手の得意のスライダーになんとか食らいつき、右中間に打ち返した。
それを、足の速いライトが捕球しそうに近づいてくる。
「落ちろー!」
思わず叫んだ、その俺の願いが通じたかのように、ボールは地面に落下し、田上があっという間にホームに還ってきて、同点に追いついた。
「よしっ!」
が、それで終わりではなかった。ライトがバウンドしたボールを弾いてキャッチしそこなったのを見た茂木が、三塁を蹴って、ホームまで向かってきたのだ。
そして、相手の捕手のタッチをかいくぐって、ホームベースに滑り込んだのである。
「やった! ナイス、茂木!」
「ワーッ」と、地鳴りのような大歓声。球場の観客たちのボルテージも最高潮に達した。
二対一となって、迎えた八回の表。西園寺さんに代走が送られたのだから、キャッチャーはもちろん……そう、もう一人捕手はメンバーに入っているが、やはり任されたのは茂木だった。別に阿久津監督は茂木を毛嫌いしているわけではないので、当然の起用だ。
その茂木は、大事な最後の二イニングをしっかり務め上げた。特に九回は、クローザーの灰島さんの決め球はかなり落差のあるフォークで、しかも一点差の緊迫した状況なので、先頭のバッターにフォアボールを出したために非常に大変だったけれども、一度も後ろに球を逸らしたりすることなく、続く三人をリード面でも支えてきっちりと抑えた。
日本は全勝のグループ一位で、アメリカでの決勝ラウンドにコマを進めたのだった。




