狂い咲きのミモザ、執着の奈落
ミネルビア魔法学院は、父から与えられた場所。
私は妾腹の第八王女。愛されたい一心で魔法を磨き、ようやく手に入れた居場所だった。
学院での生活は穏やかだった。
レティシアは私を先生と慕い、驚くべき魔法の才能を開花させていく。
「先生、ミモザが綺麗ですね。私、この花の香りが大好きです」
二人で学院の庭に咲くミモザを眺めながらお茶を飲む時間。
それは、私が人生で初めて手に入れた、偽りのない幸福だった。
けれど、風が吹くたびに、あの日の公爵の香りが、クリスティの涙が、鼻の奥をかすめる。
私が彼女を救ったのは、かつて裏切った者たちへの身勝手な贖罪に過ぎない。
ある休日、湖畔でピクニックをしていたとき。
不意に、世界から音が消えた。
「……レイチェル」
背後から落ちてきた声。
振り返る前から、誰なのか分かってしまった。
かつて私が裏切り、地獄へ突き落としたはずの、あの人。
「やっと見つけた。もう逃がさない」
男の瞳には、私しか映っていなかった。
まるであのミモザの花言葉のように、「友情」や「真実」を皮肉った、執着の色。
「レティ、逃げて!」
私は反射的にレティシアを突き飛ばした。
男はゆっくりと、確実に私だけを追ってくる。
「レイチェル……そんなに俺が嫌い?」
逃げる足元には、なぜか季節外れのミモザの花びらが散らばっていた。
踏みしめるたび、甘い香りが、呪いのように私を縛る。
気づけば、足元の土が途切れ、崖の縁に立っていた。
「もう逃げられないよね」
男が手を伸ばした瞬間、私の体は宙に浮いた。
崖の縁に咲き乱れていた狂い咲きのミモザが、突風に煽られて一斉に散る。
視界が鮮やかな黄色に染まる。
風が耳元で低く唸り、世界が遠ざかる。
舞い散るミモザの花粒が、まるで金色の雪のように私を包み込んでいく。
(ああ、綺麗……)
最後に浮かんだのは、レティシアの顔。
そして、初めてこの花を私にくれたときの、彼の本当の笑顔。
レティ、ごめんね。
ミモザの香りに包まれながら、私の意識は暗い谷底へと溶けていった。




