秘密の恋と銀のミモザ
初めてあの人――若き公爵を見たとき、胸の奥にひやりとした風が吹いた。
運命なんて信じていなかったのに、彼の笑顔は、曇り空の隙間から差し込む光のように私の世界を照らした。
「楽しそうにしていたから、つい声をかけてしまいました」
扇の陰で、私は完璧に作り込んだ微笑みを浮かべた。
「……これを。今日のあなたに、どうしても贈りたいと思って」
彼が差し出したのは、銀の紙に包まれた**一房のミモザ**だった。
「春を告げる花です。あなたの笑顔は、まるでこの花のように心を温めてくれる」
父王から叩き込まれた技術で、私はわずかに頬を上気させ、震える指先でその黄色い花を受け取った。すべては彼を失脚させるための、ハニートラップの仕掛け。けれど、鼻腔をくすぐるミモザの甘く青い香りが、私の嘘を暴くように強く残った。
任務だと自分に言い聞かせ、甘い言葉を囁き、彼の手を引く。
彼は私の嘘に満ちた言葉を信じ、慈しむように微笑んでくれた。
「君のような優しい人に会えて、私は救われた気がします」
その言葉を投げかけられるたび、私は自分が「必要とされている」のだと錯覚した。
胸元に飾ったミモザの花粒が、心臓の鼓動に合わせて震える。彼が私を愛せば愛すほど、私は彼を地獄へ引きずり込んでいく。
「……私も、あなたにお会いできて……幸せです」
嘘だ。
けれど、握られた彼の手の温もりが、冷え切った私の心を溶かしていく。
背後で見つめているであろう父王の視線を背中に感じながら、私は生まれて初めて、神に祈りたくなった。
どうか、このミモザの香りが消える前に、私の命が終わりますように。
裏切ったときのあの人の顔は、今でも胸の奥で、冷たい針のように疼いている。




