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騙り神の忘却  作者: 不透明白
誰が為に

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20/20

 〈 ほ 〉


 骸井九が神下の下へと辿り着いた時、そこに広がっていたのは絶望であった。

 神下のそばに居る大柄な幽霊が嵯峨野の首に刃物を押し当てて待っている。

 それと、この状況なのに何故かにんまり笑っている嵯峨野という存在も相まって、正確な状況を捉えられなかった。

 一体どうしてこうなったのか。

「神下……じゃないよな」

「えぇ、そうよ。というか……さっきぶりね」

「お前……なんでまだ生きてるんだよ」

「それに関しては私もなんで生きているのか解らないわ! でも、どうやら運が良かったみたい」

 骸井はなるべく刺激しないように丁寧に言葉を選んでいた。

 何しろ、目の前にいるのはさっき自分が殺した女だから。

 そんな絶対に起こりえない事態に遭遇したからこそ、さっき抱えた罪悪感がぶり返した。

 そしてこれが「自分自身を苦しめるために現れた幻覚」なのだと、無理やりにでも現実逃避したくなる思考をどうにか抑えて、いたって丁寧に、平常であるそぶりを見せて、対話をする。

「それでは訊こう。なぜ嵯峨野君の首にそんな物騒な物を押しつけさせている?」

「私もこんなことはしたくなかったわ……でも、信念をもって目的を達成する場合、時には大胆な行動も必要なの」

「……もう一度訊く。その目的とはなんだ」


「何度訊いても変わらないわ。――貴方と一緒にいたい。ずーーーーーっと一緒に暮らしたい。ずっと。ずーっと。ずーーっと。ずーーーっと、ね。でも前までは〝方法を選んでいた〟の。あなたに「配慮」していた。でももう、それは辞めたの」


「手段を選ばないと?」

「そうよ。今から貴方に一つの要求をする。それが叶った暁にはこの子を解放してあげる」

「……」

 条件を聞かないことには何も言えないけれど、『それを聞く』という事自体が相手の手のひらの上なのかもしれない、という葛藤。

 しかし、他に良い案が浮かぶかというと、それは難しいのが現実だった。

「条件は?」

「〝私の存在をこの世界から完全に消すこと〟よ。これが私から貴方に課す条件。これができたら彼女の安全は完璧に保証するわ」

「ちょっと待て」

「どうしたのかしら」

「今、〝存在を完全に消す〟と言ったか?」

「言ったわ」

「急にどうしてだ? 僕はさっき……お前を完全に消すつもりで能力を発動し、お前を消し去った。だけど、お前はまだ目の前にいる。なのに今度は私を消してほしい? 色々と矛盾しすぎている」

「あの時、私の〝体〟は完全に消え去ったわ。でも想いは消えなかった。だから私はここにいる……と思っているけれど、実際私自身も何故生きているのかはわからないし、もしかしたら今は、〝生きている〟という事すら怪しいかもしれない」

「だから言っているんだ。さっきの二の舞になる可能性もある」


「それは【 消失 】の文字を使ったからでしょう? 貴方はどうして【 死 】という文字を使わなかったの」


「それは――」

 それは訊かれたくなかった。

 そんな思いが骸井の心を貫いた。

 理由として、使用する文字の意味を大きくしたり複雑にしすぎると、能力を発動した時に精神を大きく削ってしまい、身体への負担が大きいという事もあった。

 しかも、この結界内にある無数の文字は自分で書いた文字よりもかなり精神を削る。


 でも、能力を発動できないかと言われたら――それは違った。


 例えその後、ほぼ一日を犠牲にして休息を挟まなければならなくなったとしても、覚悟を決めれば発動できるのだ。

 でも。

 大きな〝死〟という文字が網膜に焼き付いた後、目の前で非業にも死に遂げる人間を見るのは、人間の域を超えた精神の持ち主でない限り、あまりにも耐えられない。

 これを意気地なしという者がいるのなら、それは想像力が足りない。

 当事者になったら、目と鼻の先まで死の匂いが掠めたら、後悔の念が一生頭をよぎりながら、幾数年の寿命を過ごすことになるのだ。

 それがどれだけ残酷な事なのかを理解出来ないのなら。

 それは責任不在の空虚な音に他ならない。

「――そんな貴方だから、お願いしたいの」

 白井有栖は優しく微笑んだ。

「わかった……ただし条件がある。言質で契約を履行するのは余りにも杜撰(ずさん)過ぎるから、さっき言った事を能力によって約束させる、というのならその条件を飲む」

「えぇ、わかったわ」

 嵯峨野を一瞥すると、彼女は目を瞑っていた。

 神下は頭のなかで【 契約 】の文字を思い浮かべる。

「……っ」

 一日でこれだけの能力を発動し続けると、流石にかなりの精神を摩耗する。

 その影響か、身体が少しダルく、頭がぼんやりし始める。


 ――ゴオオォーーン……。


「……嘘だろ」

 聴覚消失。

 油断をしていたなんてことは微塵もなかった。

 いつ攻撃してくるのか、白井有栖の一挙手一投足を常に見張っていた。


 ――ゴオオォーーン……。


 視覚消失。

 骸井は慌てて能力の発動を止めて、別の文字を思い浮かべる。


 ――ゴオオォーーン……。


 全身の感覚消失。

 咄嗟に思い浮かべた【 戻 】の文字は、本能から訴えてくる〝精神の擦り切れる予兆〟を裏切ることができず、不発に終わった。


 ――ゴオオォーーン……。


「私の目的は最初に言ったわよ? 九ちゃん、貴方が欲しいって」


 骸井を完全に掌握して、我が物にした白井有栖は能力の範囲内であった嵯峨野の事など目にもくれず、すぐさま骸井の手を握った。

 そして、〝精神の主導権を完全に奪われた〟骸井九は白井有栖の体を能力で生成し、白井有栖は神下の体からその体へと乗り移った。

 そして、もぬけの殻になった神下の体は――突如として光り始めた。

 みるみるうちにその体が光の集合体へと変化し、その光は宙にある白い点――この結界の出口を繋ぐ巨大な階段へと変化した。

 こうして。

 階段を上っていく白井有栖と骸井九は嵯峨野花を置いて、この結界を離れていった。

 やがて。


 この結界は完全に閉じられた。


 開く術を完全に失ったこの巨大な牢獄は、嵯峨野花を幽閉する巨大な棺桶へと姿を変えたのだった。


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