最終回 根性があれば何でもできる!
根性部の部員がいきなり増えた。
どうやら口コミで評判が広まったらしい。
『根性部に入れば、根性で好きな相手と結ばれる』──そんな噂が立って……
『君も根性で好きな人に思いを伝えてみないか!?』がいつの間にか部のスローガンになっていた。
まぁ……
あたしとコンジョーくんが付き合いはじめて、それからなっしーくんと高嶺白百合ちゃんが根性で結ばれて、遂にはあのツンデレ女王の梓ちゃんが、イケメン柏木くんへの恋心を素直に認めちゃったからね。
現在総部員数二十七名──
まだまだどんどん増える。
入部希望者が後を絶たない。
生物学室に収まりきれなくなって、部室を体育館に変えてもらった。
『いいかーーッ! てめぇら!』
コンジョーくんが壇上からマイクで吠える。
『根性だ! 根性さえあれば人間、何でもできるんだ! てめぇの根性を見せてみろ!』
「おおーっ! 根性ォーー!」
応えて拳を振り上げたのは玉国生徒会長だ。あんなにウチの部を小馬鹿にしてたのに、どうやら根性で落としたい女子生徒がいるらしい。
コンジョーくんは人見知りを克服した。
いや普段は変わらずもじもじくんなんだけど、体育館の壇上に立った時だけは、まるで教祖様のように自信たっぷりなお猿さんになる。
「ハハハ……。頼もしくなったよな、コンジョーのやつ」
あたしの隣で柏木くんがうるうるしてる。
「親友の成長を見るのは何より嬉しいよ」
「なんだと?」
その隣で梓ちゃんが、殺気のこもった声を漏らした。
「何より嬉しいだと? 私のキスよりも嬉しいというのか?」
「バカだな」
微笑みながら、柏木くんが梓ちゃんを抱き寄せた。
「梓は特別だって。わかってよ」
そして抱き寄せるままにキスをした。
こんなところで何やってたんだーー!
「しゅき♡」
目がハート型になって、梓ちゃんがとろけてる。
「しゅき……♡ しゅき……♡」
『日本を根性でハッピーにしよう!』
壇上でコンジョーくんが叫び続ける。
『根性があれば何でもできる! キミの欲しいものを根性で掴み取れ!』
体育館じゅうに響き渡る彼の声を全身に浴びながら、あたしは思っていた。
『今日、帰ったら、同じ屋根の下、今夜は何をしようかな』
「……えみ」
誰かがあたしを眠りから起こそうとしてる。
「……えーみっ」
やめてよ。ふふふ……。今、一番幸せなとこなんだから。
「起きなっ、えみ。次の授業、始まってるよ」
「ふにゃ……?」
目を覚まし、よだれを拭いて、顔を上げると梓ちゃんが覗き込んでいた。
「めっちゃ気持ちよさそうに寝てたねー……」
「え……あ……梓ちゃん……?」
寝ぼけ眼で周りを見回す。
そこは体育館ではなく、いつもの教室。黒板には数学の数式がびっしりと書かれていて、窓からは穏やかな午後の光が差し込んでいる。
「何よ、寝ぼけちゃって。……っていうか、あんたさっきから『しゅき……♡』とか『日本を根性で……』とか、すっごく変な寝言言ってたわよ? 先生に聞こえそうでヤバかったわよ。一体どんな夢見てたの?」
夢……
あぁ、そうか。夢だったのか。
あんなにカオスで大盛況だった根性部も、全部あたしの妄想?
柏木くんにキスされて「しゅき♡ しゅき♡」口にしまくってた梓ちゃんも……?
「ちょっと聞くけど──」
あたしは梓ちゃんに質問してみた。
「梓ちゃんは柏木くんのこと、しゅき♡だよね?」
「ハアァッ!?」
梓ちゃんが身の毛をよだたせた。
「柏木って、隣のクラスの柏木陽翔のこと? なんで? あんた私がイケメン大嫌いだって知ってるでしょう? 一番ラリアット食らわしたいタイプだわよ! 好きなわけないじゃない!」
「えっ……と」
何が何だかわからなくて、続けてあたしは質問した。
「コンジョーくんは?」
「は?」
梓ちゃんが呆れたような顔をする。
「コンジョーくん? 誰、それ?」
「あたしの名前は!?」
「どうしたの、えみ。寝ぼけすぎ」
「フルネームを言ってみて!?」
「はいはい……」
バカなボケに付き合ってやるか、みたいに、梓ちゃんが答えた。
「朝比奈笑ちゃん──。これで満足?」
あたしは席を立つと、駆け出した。
数学の先生に呼び止められたけど、そんなのどうでもいい。
隣のクラスの扉をガラッ! と開くと、英語の授業中だった。
先生に「Oh? What’s up, Asahina?」って言われたけど無視して柏木くんの席へ走った。
柏木くんはちゃんとそこにいて、でもあまり面識のない子に接するように、よそよそしい笑顔を向けてきた。
「柏木くん! コンジョーくんは!?」
あたしが聞くと、柏木くんは困ったような笑顔で答えた。
「キミ……『天使猫』で人気の朝比奈さんだよね? どうしたの? 誰? 『コンジョーくん』って──?」
まさか──
ぜんぶ夢だったの?
あたし、お昼休みから次の授業が始まるまでの間に、長い長い夢を見ていたの?
とても幸せな夢だった。
コンジョーくんは、実在しない……
そういえば──おかしすぎた。コンジョーくんが主役のはずなのに、あたし視点の語りばっかりで、コンジョーくんが視点人物の回があまりにも少なかったのは、そういうことだったのか……
あたしが膝から崩れ落ちそうになった、その時だった──
「根性オォぉぉーーー!!!」
目の前に、アホ毛を一本逆立てた、おさるみたいな背の低い男の子が、拳で次元を破って現れた。
「な……、なんだべさ!?」
英語の先生がびっくりしすぎてお国の言葉で叫んだ。
「だ……」
「誰? 誰?」
「突然現れたよ!?」
クラスの子たちがざわめく。
あたしはただ嬉しくて、立ち上がって喜ぶ猫のように彼に駆け寄った。
「コンジョーくん!」
「えみ!」
駆け寄るあたしに、彼は笑顔で腕を広げてくれた。
「よかった! てっきり夢オチかと思ってた!」
「夢オチだったんだよ! でも──」
抱き合った。
固く、固く、もう二度と離れないように、お互いの小さな身体を抱きしめ合った。
コンジョーくんが言う。
「根性があれば何でもできるんだ! 次元を突き破ることだって──、夢オチをなかったことにすることだって!」
「だ……、誰だ……?」
柏木くんが驚いてる。
「忘れたのか、ハルト」
コンジョーくんが哀しそうな目をして、でもその目に炎を灯して、言い切った。
「俺はおまえの幼なじみで親友! 段田紺青だ! 根性で思い出させてやるぜ!」
コンジョーくんが両拳を握りしめ、ガニ股になって、柏木くんに根性を注入した。
「……あ」
柏木くんが、思い出したような顔をして、声をあげた。
「なぜ……忘れていたんだろう。……おまえは俺の幼なじみで親友の──コンジョー! コンジョーじゃないか!」
「ちょっと、えみ!」
ガラッ! と扉を開けて、梓ちゃんがあたしを追いかけてきた。
「なんなの、突然? 授業を抜け出しちゃったりして!?」
「梓──!」
柏木くんが思い出したように、愛をこめた声で叫んだ。
「梓! キミとオレは……そうだ! 結ばれたんだった!」
「げっ」
梓ちゃんがゴキブリでも見たような声を出す。
「何を言ってるの、柏木……? 私はあんたなんか……」
「好きだ!」
炎のような根性を身にまとい、柏木くんが連続技を繰り出す。
「好きだ好きだ好きだ好きだ好きだキミだけが好きだ梓ーーーッ!」
「ひゃう……」
梓ちゃんも何かを思い出したようだった。
「しゅ……、しゅき♡ しゅきしゅきしゅき♡」
よろめくその腰を柏木くんが支え、二人はみんなが見守る中、キスをした。
負けるもんかと、あたしとコンジョーくんも抱きしめ合ってキスを交わす。
「こ……」
英語の先生が震える声で、悲鳴をあげた。
「校長せんせーーーッ!」
校長先生がウィッグを装着するのも忘れて飛んできた。
あたしたち四人は揃って仲よく退学になった。
「フッ……。逆境こそ希望を育てるための畑だ」
コンジョーくんがそう言って胸を張る。
校門の前で、あたしたち四人は夕日に向かって並んでいた。
退学届の紙切れをポケットに突っこんだまま、コンジョーくんは鼻の下を指でこすってニッと笑う。その目には、いつだって絶やすことのないメラメラとした炎が宿っていた。
「コンジョーの言う通りだ」
柏木くんが梓ちゃんの肩を抱き寄せながら、爽やかにうなずく。
「学歴なんて、俺たちの愛と根性の前にはただの飾りだよ」
「ひゃん……っ、ハルトぉっ……! どこまでもついていくわぁ……♡」
ツンデレ女王はどこへ行ったのか、梓ちゃんは柏木くんの胸に顔をうずめて完全にメロメロ状態だ。夢オチを根性で書き換えた弊害なのか、なんだか以前よりデレの勢いが増している気がする。
「で……これからどうするの?」
あたしが尋ねると、コンジョーくんは胸をドンと叩いた。
「決まってんだろ! 学校がないなら、世界を部室にすればいい!」
「世界を部室に……?」
「おうよ! 俺たちの『根性部』は、どこにいたって存続する! まずはこの街の悩める若者ども全員を、根性でハッピーにしてやるんだ!」
そう叫んだコンジョーくんの背後に、なぜか凄まじい後光が差し込む。
次元を破って夢オチを回避した男の言うことはスケールが違う。もはや物理法則すら彼の根性には勝てないのだから、世界をハッピーにするなんて朝飯前なのかもしれない。
「いいね、それ! あたしもコンジョーくんと一緒なら、どこまでも行くよ!」
「えみ……!」
あたしたちは夕日をバックに、もう一度固く手を握り合った。
数ヶ月後──。
街角の小さな事務所に、ひとつの看板が掲げられた。
『世界根性化計画推進事務所──旧:根性部』
そこには毎日、恋に悩み、人生に迷う人々がひっきりなしに訪れている。
親友として事務所の資金繰りを爽やかに解決した柏木くんと、すっかりデレデレな看板娘になった梓ちゃん。そして、壇上ならぬパイプ椅子の上面に立ち、マイクなしで熱弁を振るうコンジョーくん。
「いいかーーッ! 振られたくらいで泣いてんじゃねぇ! 根性で振り向かせろ! 好きなら好きだと、根性で叫び続けろーーッ!」
「「「おおーっ! 根性ォーー!」」」
相談者たちの歓声が響き渡る。
あたしはその横で、あたたかいお茶を淹れながら、微笑んだ。
たぶん、これからも色んな逆境やハプニングが襲ってくると思う。
また理不尽な展開や夢オチが襲いかかってくるかもしれない。
だけど──あたしたちには、最強の武器がある。
「コンジョーくん、今夜のごはん何にする?」
「根性で美味いカレーを俺が作るぜ!」
「ふふ、楽しみにしてるね」
根性さえあれば、あたしたちはどんな運命だって、笑顔でひっくり返していけるのだから!
《完》
お読みいただき、ありがとうございましたm(_ _)m




