おめでとう
「おめでとう!」
根性部の部室に顔を出すなり、柏木くんに拍手された。
「ご結婚、おめでとう!」
「ちちちち違うぞ、ハルト」
コンジョーくんがおさるのオモチャみたいな動きで手を振る。
「結婚したのは俺たちの親だ」
「だからそう言ってるんじゃないか」
柏木くんの顔に意地悪な笑いが浮かぶ。
「誰も朝比奈ちゃんとおまえが結婚したとは言ってないぞ。……あっ、もう朝比奈ちゃんじゃないのか」
「段田笑になりました」
あたしはぺこりとお辞儀した。
「今後ともよろしく」
「まさか二人がきょうだいになるなんてねぇ……」
梓ちゃんも面白がってる。
「──で? やっぱりコンジョーくんのほうがお兄ちゃんになるの?」
「うん。コンジョーくんが五月産まれ。あたしが三月だから、コンジョーくんがお兄ちゃんだよ」
「よろしく、お兄ちゃん!」
柏木くんがコンジョーくんの背中を叩く。
「じゃあ、彼女の呼び方も変えないとだな!」
「うっ……」
コンジョーくんが困ってる。
「……『段田笑』って呼ぶのは……おかしいかな?」
「「おかしい!」」
柏木くんと梓ちゃんが声を揃えた。
「「妹のことをそんな呼び方するお兄ちゃん、聞いたこともない!」」
ものすごく息が揃ってる。夫婦みたい。
「じゃあ……何て呼べば……」
「「『えみ』に決まってるだろ!」」
「きゃーーー!!」
コンジョーくんが真っ赤な顔をおさえた。
「それは恥ずかしいーー! 今まで通りの『朝比奈笑』が呼びやすい!」
「笑も」
ニヤニヤしながら梓ちゃんがあたしのほうを向いた。
「これからは『コンジョーくん』って呼ぶのはおかしいよ」
「うん。じゃあ……」
あたしはコンジョーくんの顔を見ながらにこっと笑い、その呼び方をした。
「お兄ちゃん」
「きゃああああーーー!!」
コンジョーくんが顔を真っ赤にして床を転げ回った。
「でも……、いいんですか?」
なっしーくんが心配そうに言う。
「恋人どうしだったのに……兄妹になっちゃって──。もし、ぼくが、白百合とそんな関係になっちゃったら──どうするだろう。うーん……、どうするんだろう?」
「わたしはいいよ?」
あっけらかんと、白百合ちゃんが言った。
「『今生梨白百合』になっても。むしろなりたいな」
「きゃーーーー!!!」
なっしーくんがコンジョーくんと一緒に床を転げ回った。
なっしーくんと、白百合ちゃん──ほんとうに、この二人、結婚するかもしれない。いくらなんでもラブラブすぎる。
でも、高嶺白百合さんなら高嶺の花っぽいけど、今生梨白百合になったら、格が落ちそうだな──そう思ったけど、黙っておいた。
「じゃ、オレたちはこれから忍者部の極秘任務があるから」
「二人で仲良く帰ってねー。一緒のお家に──ふふふのふ」
柏木くんと梓ちゃんがそう言って、揃って印を結ぶと、ドロン! と煙とともに消えた。忍者としてレベルアップしてる。
今生梨くんと白百合ちゃんは途中から仲良くテニス部のほうへ行ってしまっていた。今頃たぶん、二人でラブゲームの打ち合いをしていることだろう。
「じゃ、帰ろっか」
あたしはコンジョーくんの顔を見上げた。
「お兄ちゃん」
ぶっ! と吹き出し、コンジョーくんが頬を赤くした。
楽しみだった。
昨日引っ越しを終えたばかりで、まだ段田家では片付け以外には寝ることぐらいしかしてない。ごはんは近くの中華料理屋さんに若い大工さんも含めてみんなで食べに行った。
今夜は同じ屋根の下で、彼と何をしよう、何をしよう。
「朝比奈笑」
コンジョーくんがその名前であたしを呼んだ。
「ほんとうにいいのか? あんな男臭い家で暮らすことになって?」
「大丈夫だよっ。あたしとお母さんが、すぐにかわいさを加えてみせるから」
帰ってみると、その通りになっていた。
古くて黒いだけだった玄関の上がり口にはかわいいねこのイラストが描かれた玄関マットが敷かれ、美味しそうなトマトソースの香りが漂っている。
「お帰りー、えみ、コンジョーくん」
そう言いながら、うさぎのいっぱい入ったエプロンをつけたお母さんが、ニコニコ笑顔で奥から現れる。朝から深夜まで働かなくてよくなったので顔色が健康そうだ。お義父さんが『専業主婦をやってほしい』と頼んだのだ。
「おう、帰ったか。えみ、コンジョー」
その後ろから幸せそうな笑顔を浮かべて、背は低いけどイカツイお義父さんが歩いてきた。
「今晩のメシはすげぇぞ。陽子が『ブッ殺すバスタード』を作ってくれてる」
「いやぁねぇ、厳丈さん。『暗殺者のパスタ』よぉ〜」
「ははは! うちのメシにお洒落なイタリア料理が出るなんてなぁ、初めてのこった! うちの晩メシといやぁ、俺が作るド根性飯ばかりだったからな!」
ド根性飯……
どんなのだろう。興味あるけど、聞くのがなんか怖かった。
お母さんが嬉しそうに手際よくテーブルへ運んできたのは、唐辛子の効いた香ばしいトマトの香りが立つ「暗殺者のパスタ」。香ばしく焦げ目のついた麺が食欲をそそる本格派だ。
「ささ、冷めないうちに食べてね! これ、一度作ってみたかったのよ〜」
「おう! ありがたくいただくぜ、陽子!」
お義父さんは豪快に塗り箸で麺を巻き上げると、口いっぱいに頬張った。
「うむむ……! う、うめぇ……っ! 辛さの中にトマトのコクと香ばしさがある! なんだこれは、俺の知ってるスパゲッティじゃねぇぞ! 根性が沸き立ってくる味だ!」
「ふふっ、お口に合ってよかったわ。厳丈さんが美味しそうに食べてくれると、作り甲斐があるわねぇ」
二人の間にまたしてもピンク色のハートが舞い飛ぶ。それを見つめながら、あたしとコンジョーくんもパスタを一口食べた。
「美味しい! お母さん、料理の腕上げたね!」
「……うまい。父ちゃんがこんなデレデレした顔で飯食ってるの、生まれて初めて見たぞ……」
コンジョーくんが呆れたように呟くと、お義父さんが「何を言うか!」と胸を張った。
「男ってのはな、惚れた女の作った飯を全力で美味いと大声で褒めながら食うのが筋ってもんだ!」
「厳丈さんったら……もうっ」
お義父さんのまっすぐな言葉に、お母さんは顔を赤らめて照れている。本当にお互いのことが大好きなんだなぁと、見ているこちらまで心が温かくなった。
……あたしとコンジョーくんも、こんなふうになれるかな?
夕食が終わり、お風呂を済ませた後──
お母さんとお義父さんは「今日は引っ越し作業で疲れたから早めに休もうか」と、二人の寝室へ向かって行った。
広くなった畳の部屋には、あたしとコンジョーくんの二人だけが残された。
静まり返った部屋。古い壁時計の針の音だけがカチカチと響く。
昼間の学校でのやり取りや、「お兄ちゃん」と呼んだときのコンジョーくんの反応が頭をよぎり、急激に緊張してきた。あたしは恥ずかしさを誤魔化すように、パジャマの裾をキュッと握りしめる。
コンジョーくんもあからさまにソワソワしていて、畳の上で腕組みをしたまま、明後日の方向を向いていた。
「あ、あのさ……コンジョーくん」
「な、なんだ朝比奈笑!?」
あたしはくすっと笑ってツッコんだ。
「もう朝比奈じゃないってば」
「くっ……。こ、根性……」
拳を握りしめて、ようやく彼があたしの名前をちゃんと呼んでくれた。
「根性で言うぞ! え……えみ!」
「うん。何?」
「よ、呼んでみただけだっ!」
「あたしたち……」
少し寂しさも匂わせながら、あたしは呟く。
「兄妹になっちゃったね」
もちろん結婚だってできることは知りながら、そう言ってみた。
コンジョーくんは真っ赤な顔のまま、真剣な目であたしを見つめてきた。
「家族になったのは嬉しい。父ちゃんがあんなに楽しそうなのも最高の親孝行だと思ってる。……だけど俺は、おまえをただの『妹』として見られる自信がねぇ! おまえが『お兄ちゃん』って呼ぶたびに、俺の胸の中の根性が変な音を立てて暴れ出すんだ……っ!」
なんだかまっすぐすぎる告白に、あたしの心臓もドキンと大きく跳ね上がった。
「コンジョーくん……」
「だから! 俺たちが本当に『本当の家族』になる日まで……俺は絶対に理性を切らさねぇ! どんな誘惑があろうと、おまえを守る『かっこいいお兄ちゃん』であり、同時に『男としての彼氏』であり続けてみせる!」
「うん」
嬉しくて、頬がゆるんでしまいながら、でもなんだか悔しいところもあって、あたしはこんなことを言い出した。
「じゃ、今日、一緒に寝てもいい?」
「は……、はあっ!?」
「兄妹でしょ? お兄ちゃんのお布団で一緒に眠りたいな」
「ね、寝られるか!」
急に立ち上がり、お風呂場へ飛び込んでいったかと思うと、豪快な水音がした。
頭から冷たい水をかぶったコンジョーくんがすぐに戻ってくると、あたしに言った。
「俺は寝る! 寝られないかもだが根性で寝てみせる! 俺の布団に潜り込んできたりするなよ!? 水をかぶった俺に触れたらビショビショになるぜ!? それに……何してしまうかもわからないからなっ!?」
ピシャッ! とおおきな音を立てて襖が閉まり、だだだだ! と廊下を走る音が消えていった。
あたしは電気を消すと、その足音を追いかけて、ハムスター柄のパジャマ姿で歩き出した。




