1話 日陰から出てみると(2)
あれから ちらほら出てくる小型の機械獣を潰しつつ、気が付けば 陽が西に落ちようとしていた。無事な者は皆、逃げ延びたのだろうか、見つかった人らしきものは どれも全て、事切れていた。
「誰かいねぇのか?」
何かが動いたような箇所を見つける度、声は掛けてみる。機械獣が出て来てもいい、暗くなる前に 片付けられるなら。
――……カタカタ ピピピッ
硬質な爪音と電子音、つまりは機械獣の足音と鳴き声だ。ハッと気を張り、音の出所と思われる建物の隙間を覗き込む。と、そこに。
「駄目だ! 出るな、カシオペア‼」
年若い少年の声と同時に、先刻 機械ガニが放ってきたビーム砲の小規模なものが ファズの足下を穿った。
「……まだ 残っていやがったか」
「い、い、いないよ‼ 何もないってば‼」
隙間から飛び出してきた 十二、三歳と見える少年は、ファズから何かを隠すように 隙間の前に立ち塞がった。
「そいつは危険だ、こっちに寄越しな」
「何もいないって……あ、出て来ちゃダメ……のわっ‼」
少年の後ろから伸びた甲殻類の鋏が、その襟首を引っ掴んで 隙間の中へ放り投げる。姿を見せたのは、ファズの胸元まで届く大きさの ヤドカリ型機械獣だった。見方によれば、少年を護ろうとしての動きにも思える。
生体であれば 腹を守るための巻き貝に当たる部分が点滅し、見る間に文字――文章が浮かび上がった。
〈私ノ主人二 危害ヲ 加エル ツモリ デスカ〉
どうやら この使役機獣は 人工知能を搭載されているようだ。これまで見てきた機械獣たちのように暴走もしていない。
「……いんや、助けに来ただけだ、心配すんな」
〈ソーヤッテ 油断サセテ 主人ヲ 拐カス ツモリ デショ! コノ 泥棒猫‼〉
「おい、何だよ この色ボケAIは」
〈伴侶タルモノ イツ 如何ナル トキモ 主人ヲ オ守リ スルノデス〉
ある意味 暴走してはいるが、話は通じる相手のようだ。ずいぶん奥まで投げられたらしく、ようやく この機械ヤドカリの主人も 建物の間から戻ってきた。
「痛いな、もう……投げなくてもいいじゃん、カシオペア……」
〈主人⁉ アア ナンテ 酷イ コトヲ……イッタイ 誰ガ……‼〉
「お前だよ(✕2)」
陽の民にしては珍しい浅黒い肌を持ち、灰色がかった銀髪で 顔の半分程を隠している。隠さねばならぬような 不細工ではなさそうだが……。
「取り敢えず、この辺りで残ってんのはお前だけだ。こんなキナ臭ぇトコにいたら、また別の連中が寄ってくる。一旦、離れるぞ」
ファズの言葉に 少年は素直に頷いた。このまま 集落の外まで出てしまおう。
「ああ、そうだった。坊主、名前は? 俺は嵐の民、南森のファズだ」
はぐれないように注意を兼ねて、名を尋ねる。空はすっかり夜のそれに変わってしまったが、燻る火の粉と機械ヤドカリの放つ灯りで 足元は明るい。
「僕はダイフク。……《ディオツ》に拾われた、堕天の民」
「えっ⁉」ダイフクと名乗った少年の返答に、思わずファズも振り返ってしまった。
「堕天のだって? いや お前、特に変なトコねぇよな?」
「……ココ。生まれつき 右の眉が生えてこない。顔の悪さで捨てられたんだと思……」
「そんなモンで捨てられんのか⁉ マジか、ロクでもねぇな、天空の連中」
ファズの反応に、ダイフクも意外そうな 拍子抜けしたような顔を上げる。
身体的もしくは能力的な欠陥のある子供を、天空の民が地上に捨てている事は、この大地に住む者なら大抵は知っている。その他の部分が 総じて優秀な人材であるため、生きている堕天の赤子が見つかれば 拾って育てる者もなくはない。ましてや ちょっと眉が少ない程度のことで、忌避はしないだろう。
「まあ、夜が明けたら 知り合いでも捜してみるか。んで、そのタニシは?」
「た、タニシじゃなくてヤドカリだよ‼ カシオペア号っていうんだけど」
〈私ハ カシオペア PSK-1983 デス。昨年ノ春ニ 主人ト 永遠ノ愛ヲ 誓イマシタ。要ハ 愛妻ッテ ヤツデスネ〉
「何か変なコト言ってんぜ? バグってんのか?」
「うん。元々 野良の機械獣だったんだけど、最初っから 変な人工知能が搭載されててさ。自我的なモノが強すぎて、調整も巧くいかなくてね」
困ったように笑いながらも、使役機獣としては可愛がっていると見える。ふと会話の中に違和感を覚え、ファズはカシオペアに向き直った。
「ちょっと待て、コイツ、元野良だって言ったな?」
「え? あ、そうだよ。ある日 突然 部屋の中入ってきて、そのまま居着いちゃって」
「野良猫のクラスチェンジかよ……てコトは、使役機獣屋の手が入ってる連中だけが暴走したって訳だな」
ファズの閃きに、カシオペア自身が否定を示す。
〈ソレハ チョット 違イマスネ。自立シタ AIヲ 持ッテイナイ 者タチガ 暴走シタ、ト 私ハ 見テイマス〉
「自立したAI?」
〈ハイ。今朝方 妙ナ 指示信号ヲ 受信シマシタ。私ノヨウニ 愛シイ主人ヲ 持タナイ者、AIソノモノヲ 積ンデナイ者ハ ソノ信号ニ 従ッテ 動イテシマッタ ヨウデス。愛ノ力ハ パゥワー デスネ〉
「AIだけに?」
〈サスガ 私ノ主人‼ 座布団 五千万枚 被セマス‼〉
「圧死させる気か」
だが カシオペアからの情報で、明日以降にやるべき事の 目星は付いた。夜明けを待つため、まずは 体を休めることにしよう。
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《アヴェクス》の都を出て 方位磁針だけを頼りに、ひたすら サナは南東の方角へと歩みを進めていた。手持ちの情報は『この先に《ディオツ》の集落があるらしい』という伝聞のみであり、《ディオツ》という集落まで どの位距離があるのか、どんな姿をしているのか 全て着いてのお楽しみ状態である。
「地図くらい もらっておけば良かったかね……」
慣れない野営の支度をしながら、ふぅ、とひとつ息を吐く。明るいうちは 向かう先から狼煙のようなものが上がっているのが確認できたが、既に陽は落ち 月も見えない曇った夜空の下では 方角さえも分からない。
「……ああ、でも。建物群みたいなのが あったよな」
狼煙のようなものが上がる場所より 大分 手前に、幾つか建造物らしき影があった。幽かだが 光が動いている様子も覗える。
明日になったら 行ってみよう。寝袋に潜り込み、隠れるように サナは目を閉じた。