1話 日陰から出てみると(1)
1〜3話では、オープニング(OP)より10年ほど前の出来事を書いています。
サナ、ファズ、ダイフクの《討伐者協会》の中核メンバーが中心となって話が進みます。
サナが幼い子どもだった頃、彼女の生まれ育った《アヴェクス》の都は、それ程大きくはなくとも活気があった。当時 存在していた集落としては珍しく、全ての種族の民が 多少の衝突はあれど等しく平穏に暮らしていた。
「ねぇ、アンミツおばーちゃん! またお話 聞かせてー!」
都の中心には、アンミツという名の 年老いた堕天の民の女性が在った。
《アヴェクス》の前身である集落にて育てられ、生涯を尽くして都と呼べるまでに発展させてきた人物である。彼女の育ててきた若い世代が安定して都を回せるようになると、集会場で子供たちに昔話を語って聞かせるのが 新たな日課となっていた。
「おやおや、皆 早いねぇ。ちゃんとご飯は食べてきたのかい?」
「食べたよー!」「おかわりしてきた!」「キノコも残さなかったよ!」
サナもそんな風にアンミツ長老に纏わり付き、昔話をせがむ一人であった。
「そうかそうか、みんな良い子さんだね。それなら早速、お空の人の話をしてあげようねぇ」
お空の人――今の世で『天空の民』と呼ばれている存在である。今 思えば アンミツ長老自身も、堕天の民ではなく 天空の民だったのかもしれない。
「むかーしむかし、アンミツ婆ちゃんもまだ、産まれるより ずっとずぅっと前のこと――……」
夜空に浮かぶ 無数の星のどれかから、お空の人は 丸い箱舟に乗ってこの大地にやって来たのだという。
地上にはまだヒトのような存在はなく、虫や魚、獣などが栄えていた。お空の人は豊かな自然を享受しつつ、かつて暮らしていた星の大地のように 開拓を進めていた。やがては大陸一つが丸ごと 彼らの生活圏として完成する。
しかし、人口が増えるにつれ人々の考え方も多様となり、相容れぬ者たちの争いがはじまる。小さかった筈の火種は大きく燃え上がり、とうとう大規模な戦争にまで発展してしまった。
彼らの故郷から持ち出してきた技術で 機械の獣を造り出した。この星の原生生物を品種改造し 巨大な危険生物を生み出した。そして遂に、巨人兵器《アーカディウス》たちを 完成させてしまったのだ。
それから、地上が枯れ果てるまでは あっという間であった。
お空の人が造り出したモノたちは彼ら自身にも牙を剥き、多くの生命が失われた。ほんのひと握りの、ヒトのココロを持たない者だけが、再び地上を見捨てて 空へと帰って行ったそうだ。
「……――今でも、ヒトのココロを持たないお空の人たちは、身体や能力に足りないものを持って産まれた赤ちゃんを、この大地に捨てに来ているんだよ。……この、アンミツ婆ちゃんみたいにね」
当時はこの言葉を『アンミツ婆ちゃんが捨てられた』のだと取っていた。しかし思い返せば、アンミツ長老の身体や能力に、何の不足があっただろうか。
今は亡きアンミツ長老に、もう「捨てに来た方の人ですか?」とは訊けない。
敬愛していた前長老の墓に手を合わせ、都を出る挨拶をした。広げた掌には、いつか「お勉強を頑張ったご褒美だよ」と握らせてくれた 不思議な紋様が表面にびっしりと走る小さな四角い板だけが残っている。精神的支柱を失った《アヴェクス》の都は活気を失い 治安もとうに荒み果てていた。
「ごめんね、アンミツおばーちゃん。あたしだけじゃ《アヴェクス》を立て直せそうにないや……」
《アヴェクス》の都にウリとなるような特産品はなく、資源は失われてゆくばかり。手近な遺跡の発掘や狩猟による稼ぎでは、都を回すことは出来なかった。やむなく、サナも《アヴェクス》を出て 他の集落に移り住む決心をしたのだった。
「たしか《アヴェクス》から南東にずっと行くと、機械獣の改造をしてる《ディオツ》って集落があるとか、旅の人が言ってたな」
独り呟き、立ち上がる。都の外については何も知らないに等しいが、歩き出さねば何も変わらない。得物と数少ない手荷物を携え、サナは《アヴェクス》の都を後にした。
**
この日の朝まで、《ディオツ》には 空を見上げる不安のない 穏やかな暮らしがあった。
物心がつく頃にはこの小さいながらも安定した集落で、ダイフクは使役機獣屋の息子として生きていた。
「ダイフク。今日は新しい整備用の工具が届いてるはずだから、受け取りに行ってくれるかな?」
「こないだ約束した、僕専用のヤツでしょ⁉ 行くに決まってるよ‼ 」
拾われっ子のため、自分の誕生日は分からない。だから、育ての父がこの家に連れ帰った日を記念日として、かねてより所望していた工具一式を用意してくれたのだ。
「グラフトンさんの金物店で間違いないよね? えっと、支払いは……」
「先払いだから、受け取るだけで良いんだよ。……途中、人気のない通りもあるから、くれぐれも気を付けてね」
「僕だって もう 知らない人について行っちゃうような年じゃないし、オジちゃんは心配し過ぎ!」
「そうは言うけどね……。ほら、帽子 忘れてる! あんまり余所 歩く時、顔は出さないようにしないと」
小さな子供ではないと何度主張しても、過保護なくらいに 育ての父はダイフクの世話を焼いてくる。特にダイフクが人前で顔を見せることを嫌うようで、店番を任される時も何かしら被せられていた。
理由はおそらく『堕天の民』が持つ不具――ダイフク自身のそれは顔にあったからだろう。生活する上で本人には何も不便はないが、育ての父は他人にダイフクの顔を頑なに見せたがらなかったと記憶している。
「カシオペアも一緒に行こう! 久々のデートだよ」
専属の使役機械獣として可愛がっている、大きなヤドカリ型機械獣を呼びつける。こころなしかはしゃいだように鋏を振りながら、愛らしいヤドカリ型機械獣は 店の中から飛び出してきた。
「それじゃ オジちゃん、行ってきます!」
「用が済んだら、寄り道しないで すぐ 帰って来るんだよ」
何を当たり前のことを、と その時は思っていた。
いつも通り真っ直ぐ帰って、また 変わらない日常に埋もれていくのだと、疑いもしなかった。
**
朝焼けはとうに過ぎ、夕焼けにはまだ早い。時間帯どころか方角だって北のど真ん中だ。考えられるとすれば、人里か何かが燃えている。
「チッ、今夜の宿じゃねぇかよ 燃えてんの」
手持ちの地図と照らし合わせ、向かう予定だった《ディオツ》の集落が燃えていると見当を付ける。久々の寝床がパァになる予感と不穏な空気を読み取り、黒いジャガーの頭を持つ大男、ファズは歩調を速めた。
果たしてファズの予想通り、幾つもの火の手が上がる《ディオツ》の集落は 機械獣による襲撃で 混乱を極めていた。
逃げ惑う住人の中から 連れのなさそうな若い者を適当に捕まえ 事の成り行きを訊ねて回ると、暴れている機械獣の殆どは集落内で調整・改造されたものらしい情報を得る。
「……ちっと機械いじりが得意だからって、調子にのって出力上げ過ぎたんじゃねぇのか?そもそも 俺らが手ェ出していいような技術じゃねぇんだよ」
ファズを含む嵐の民と、雹の民の多くは 天空の民の技術に拠って造られた機械獣や機械兵を使役することを良しとしない。理屈の解らない技術はそうそう触れるべきでないし、狩りの友は 命ある生き物に限る。
とはいえ、ここは陽の民の集落であり、使役用の機械獣は彼らの生活を支える重要な産業であった。少なくとも 何度か訪れているファズの知る限りでは、このような騒ぎが起きた事はない。
途中途中に現れる ダンゴムシ型やザリガニ型の 比較的小さな機械獣どもは、ファズの体格であれば 生身でも蹴り潰せる。大事な商品だったのかもしれないが、構うことなく散らしつつ、騒ぎの出所を探った。
辿り着いた先には、ファズの倍ほどの大きさのカニ型機械獣が、泡の代わりにビーム砲を撃ち放っている姿があった。
「すげぇの造りやがったな、オイ……」
さすがのファズでも、この機械ガニを素手でどうにか出来そうにはない。背負い袋から使い慣れた仕事道具【巨人の鎖】を取り出した。
「あ、あああ お客さん‼ 止めて下さい、ウチの子なんです‼」
近くの使役機獣屋の店主と思しき中年男性が、半泣きでファズにしがみ付いてきた。聞く耳もなく、振り払う。
「知るかよ! あんなになってて 放っておけるか……っ!?」
放り出されて尻餅をついた店主に、間髪入れずビーム砲が直撃する。ファズの目の前で、黒焦げとなり、崩れ落ちた。
もう、何も言うことはない。自ら仕留めた巨獣の骨で作った、巨大なフレイル状の武器【巨人の鎖】を徐ろに構える。幸い ビーム砲をまき散らすのに夢中で、機械ガニが移動する気配はない。
地を蹴り、大きく跳躍する。今の今までファズが立っていた場所に 黒い穴が空いた。それを確かめるのもせず、身体を目一杯ひねり【巨人の鎖】を振り放つ。長い鎖の先に付いた巨骨の珠が、機械ガニの両目ど真ん中にめり込んだ。鎖の勢いはそれだけに留まらず、今度はファズ自身を振り回しつつ 伸びた鎖部分が カニの鋏をぐるぐると巻き潰す。両脚が地面に戻るタイミングを待ち、反動を利用し機械ガニを宙へと放り上げた。奴が落ちてきたら、討伐は終了だ。
「これだから機械モノはよ……恩義も忠義もありゃしねぇ」
使役機獣といえども、主人がいなくなってしまったなら 野良の機械獣と何も変わらない。己の武具の強化に使えそうな部品を剥ぎ取り、ぐるりと周囲を見渡す。ファズが到着するまでに 既に一帯は壊滅状態であったが、人や機械獣の生き残りは全くいない とは確定していない。
「ここいらを見回ってから、次を探すか」口の中に呟き、先ずは原型を留めている建物から 当たってみることにした。




