OP 空のまなざし
実際にセッションをしたわけではないのですが、TRPGリプレイを小説に書き起こしたものをイメージして書いてみました。
そのため、敢えて世界観にそぐわない、メタ的な表現をしている箇所もあります。苦手な方はご注意下さい。
あまり背の高くない木がまばらに生える、見渡す限り広がる荒れ野。その中に不釣り合いにも栄えている大きな都が、これから君の生きていく場所だ。さぁ、早速門をくぐってみよう。
都に入り、まず君を驚かせたのは 真正面に待ち構える つぎはぎだらけの建造物だった。今から君が向かう先も、この建物である。
「いらっしゃい、新顔だな」
中に入ると、そこは宿酒場らしいことが分かる。カウンターから声を掛けてきたのは 筋骨逞しい 黒い毛並みとジャガーの頭を持つ大男だ。
そう、この都には 幾つかの種族が入り乱れて暮らしている。
多くの世界で『人間』『ヒューマン』と呼ばれている種族に似ているのは『陽の民』。手先が器用で、単体で暮らしている集落の文明レベルは最も高いと言われている。ただ、繁殖力は強いが、この大地では多数派という訳でもない。
先程 君に声を掛けてきた 黒ジャガーの獣人男性は『嵐の民』の一部族だ。彼はこの宿酒場の主人であり ファズという。人となりは おいおい分かってくるだろうから、今は置いておくとしよう。
ファズに手招きされ カウンターに向かう途中、入り口からは見えなかったテラス席に陽気に踊り狂う一団に君は気付く。外まで聞こえていた音楽や唄声の出所もそこのようだ。彼らが『雨の民』。蛇やトカゲ、個体によってはワニに似た姿をしているが、その表情はどれも人懐こく、どこか魅惑的だ。
カウンターに向かう君とすれ違いに ふかふかの羽毛を身に纏う、呪術的な飾りと化粧を施した鳥型の女性が、雨の民の一人に声を掛けた。彼女は『夜の民』であり、雨の民とは対照に 物静かで人見知りだが 思慮深い者が多い種族だ。
彼女らが連れ立って出ていく先に、金属的な光沢を放つ 丸みを帯びたフォルムの、嵐の民とはまた違った力強さを感じさせる 若い男性が待っている。彼は昆虫、主に甲虫から進化してきた『雹の民』である。成長が早く寿命も短い代わりに どんな地域でも生きていける忍耐強さを持つ種族で、世界全体での人口は最も多い。ただし、あくまで全体での話であり、この都では そう多くもない。短い寿命のせいで、遠方に暮らす者は 都に辿り着くまでに年老いてしまうためだ。
古来よりこの地に生きる民はこの五種族であるが、現在は更に新たな民が生まれている。陽の民は繁殖力が強いと述べたが、うち男性については どの種族とも子を為せることから、陽の民と他種族との混血として生まれた者を総称して『陰の民』と呼称するようになった。この都でも多くの割合を占めている。
「お前さん、都には着いたばかりかい?」
君がカウンター席に着くなり、冷えた茶と紙が差し出された。この宿酒場で寝泊まりする為の契約書だ。名前の他にも多くの項目欄がある。
筆を手にした君を見るなり、ファズは背後に目配せした。
「ダイフク、《討伐者》登録、新規受け付け頼む」
「あいよー」
浅黒い肌と灰色がかった髪色を持つ ダイフクと呼ばれた青年は、一見すると十八、九の年頃の 酒場内にも数多い陽の民に見える。君の隣に回り込むと、柔らかな笑顔で握手を求められた。
「《アヴェクス》の《討伐者》協会へようこそ! 俺はダイフク。会長補佐とかここの雑用とか、いろいろやってる。困り事が出来たら、まず 俺に持ってきてよ」
「こう見えて、うちの一番の古株だ。遠慮せずに面倒事は押し付けろ」
「任せといて」と慣れた様子でダイフクも頷いている。それもそのはず、彼は陽の民ではなく『堕天の民』という 寿命が長く老化の緩やかな種族で、年齢も三十路を越える。《討伐者》としては立派なベテランだ。
かくいう君も《討伐者》となる為、《アヴェクス》という名のこの都まで はるばるやって来たのだ。
「さて、ご新規さん。確認だけど、《討伐者》の仕事については どのくらい知ってる?」
君が《討伐者》に対して知っているのは、都や集落の外をうろつく危険な巨獣や機械獣を駆除したり、点在する遺跡の調査をすることくらいだ。危険も多いが割も良い仕事というのが、君を含めた一般的な認識である。
「ああ、良かった。基本的な事は解ってるみたいだね。じゃあ、討伐手段としての職業とか 得意技術は 何かな?」
いわゆるバトルジョブというものだ。大まかに分けて九系統の職種が現在は適用されている。一つの職に特化するも 複数の技術を使い分けるも、各自《討伐者》の自由だ。君も好みに合わせて調整すると良い。
《討伐者協会》内では生業と呼ばれることの多いそれは、次のようなものがある。
ひとつ、『ハジキヤ』‐銃火器や軽い武器を扱う軽戦士。手先の器用な陽の民や、身のこなしの軽い 陰の民に多い。
次に『マイテ』‐唄や踊りで味方を鼓舞したり、敵の気勢を削いだりする支援職だ。普段から好きこのんで唄や踊りに興じている雨の民が主に就いている。
現役だった頃のファズも就いていたのが『マタギ』‐重量級の両手武器を得意として、巨獣狩りに強い。嵐の民から伝わった技術でもある。
『マタギ』が攻めに特化しているのに対し、守りに特化しているのが『サキモリ』だ。防具は重装備で張り込む事ができるが、攻撃手段や強い武器には恵まれないため、誰かと組む必要がある。仲間がいると強い職なのだ。
そして、多くの『サキモリ』が組んでいるのが『カンナギ』という回復を主に担当する職だ。『サキモリ』が食い止めて受けた傷を『カンナギ』が治療する。この二職がついていれば、攻撃役は攻めに集中することが出来る。パーティはこのように組まれるのが基本だ。
前衛に『サキモリ』がいるなら、攻撃役が後衛に来るのもアリだ。例えば『マジナイ』‐法術を攻撃に適用するタイプの術師だ。機械獣や巨獣の中には 硬い装甲で飛び道具や 『ハジキヤ』の使うような片手武器の攻撃が通じない事もある。そこを属性を用いて攻められるのが『マジナイ』の強みである。
ここまではパーティを組むことを前提とした生業だが、《討伐者協会》には単独で依頼を受ける《討伐者》も時たま現れる。巨獣退治を単独で受ける者はさすがにいないが、素材の採取や発掘済みの遺跡の見回りなどは個人でも受け易い。それらを好んで引き受けるのが『カクレ』と『クスシ』の二職である。
『カクレ』を生業とする者は隠密行動に長けていて、《討伐者協会》以外の組織に所属している事もある。要人警護を受ける者もあれば、素知らぬ顔で暗殺依頼を受けている者もいるらしい。
対して、己の興味関心から採取依頼を受ける事が多いのが『クスシ』を生業のメインに据えている者だ。その名の通り、薬品や消費アイテムを自ら調合し、依頼遂行や研究に役立てている。簡単な調合を習得し、緊急時に自己回復を行えるように サブとして『クスシ』の技術を持つ《討伐者》も多い。
さて、《討伐者》というのは己の腕で稼いでいく仕事で、その腕に自信がある者が集うのが《討伐者協会》である事は周知の事実である。きっと君も、何かしら腕に自信があるのだろう。しかし中には、幼くして故郷を失ったり、やむを得ない事情で戦闘技術もないのに《討伐者》にならざるを得なかった者もいた。彼らは『マワシ』として、獣または機械獣を使役して身を守ったり、討伐依頼を受けている。もちろん、純粋に使役対象を愛好している場合もあるが。
「よし、これで大体記入は終わったね。登録自体は完了だよ」
君の記入した書類にざっと目を通すと、ダイフクはニカ、と笑って親指を立てた。
「今から君は《討伐者》だ。これからよろしくな!」
「都に来たばかりなら、今日のところはウチに泊まりでいいのかな?」君が頷くのを確認すると、他の団体客の応対をしているファズの手が空くのを待つよう指示された。空き部屋を確認し次第、案内してくれるという。
「明日から早速、《討伐者》最初の仕事があるからね。今夜はたらふく食べて、しっかり眠ってもらうよ」
右も左も分からないうちから《討伐者》は仕事を任されるものなのか、と 面食らい 身構える君を、空き部屋の鍵を差し出しながら ファズは笑った。
「これからの《討伐者》生活を左右する、大事な仕事だ。共に依頼を受ける 仲間探しはな」
この日、新たに《討伐者》登録を済ませた者は君の他にも 何名かいるらしい。今日 明日に気の合う仲間が見つからなくても、続々と新規《討伐者》は集ってくるという。いつかは君にとって、最高のパーティが組めるはずだ。
希望に胸を高鳴らせ、意気揚々とあてがわれた部屋へと向かう君の背中の向こうから、誰かの話し声が聞こえてきた。
「おい、聞いたか? 西の闘劇場跡地で、休眠中の《アーカディウス》が見つかったらしいぞ」
「ああ、聞いた聞いた! 地下深層にあったんだって?」
「何それ、知らない」
「私が聞いたのは《充電体》とやりあったって話だけど。半壊だって」
「半壊って、どっちが?」
君がまだ知らない単語と、不穏な噂が飛び交っている。そこそこ経験を積んでいるだろう 先輩《討伐者》の話題は尽きない。
いずれは君自身が それを目にし、当事者となるのだろう。
ここは緩やかに滅びが迫る大地。そして君が訪れた この都は―――
ようこそ、滅びを滅ぼす都《アヴェクス》へ。