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44/44

44:台風だ避難だー!

 

 びゅううううううう。

 海上の水蒸気。

 渦巻く風。

 天に熱。


 台風がやってきた。

 秋妖精とともに。


 コーラル姫が秋妖精を手のひらに招いた。

 夏の国王は、ジオネイド王子に支えられながらも自ら立っている。


 夏の民たちは荒ぶる風になびく髪を押さえながら、言葉を待っている。


 「皆のもの、うろたえるでない」


 さすが、慣れていらっしゃる。台風は毎年やってくるもんね。国王様の言葉は力強い。夏の民がホッとしているのがわかる。


 「私たちも手伝います。どんなことをすれば良いのですか?」

 「……それはお心強い。相談させていただこう。みな、しばし待たれよ」


 私たちはホヌ様の近くに集まった。

 ん? 彼女は困ったように眉尻を下げて、指先でほほをかいている。


 「フェンリル様、エル様。お二人から夏の王族への眼差しに反することで、大変申し上げにくいのですが、これほどの規模の台風は遭遇したことがございません」

 「アノネ。私も、どうしてこうなったのかわからないんだ」


 どうしたらいいのか誰も知らないのか!

 なんてこった!


 ジェニメロの二人が、北の護衛に支えられながら私の近くへ。


 「エル様は台風って言葉をご存知でしたね」

 「ということは、故郷に同じ現象がありましたか?」

 「対処法を知りませんか?」

 「お知恵をお貸しください」


 ……!


 最近、夏の島の上のほうをフェンリルと駆けたから周辺の地形はそれなりに頭に入ってる。

 海上に湿気がなく、カラッと晴れ渡るこのホヌ・マナマリエ島は、これまで大きな台風が来ていなかったのも納得しやすい。高さがある宮殿など、例えば沖縄の背の低い家とは全く違うものだ。

 台風が手に余る災害になるとするならば、どうすれば……考えなきゃ。


 「これが自然発生した台風なのだとすれば、それは過ぎ去るもの。それまでは耐え忍ぶのがいいはず」


 「吹雪と同じやり方だな」


 「ウーン……耐え忍ぶってどうやるの? なんだかよくわからない


 そうか。ホヌ・マナマリエは耐え忍ぶって感じではなく、夏を謳歌するって空気だもんなぁ。バカンスを楽しむ心持ちが得意な人々なのだ。


 「耐え忍ぶことであれば」


 夜の守人族が名乗りを上げる。


 「風から建物を守るために大きな木の葉で保護をしよう。ガラスは割れやすいのだろう。そこを起点として……、外にあるものは商品だろうが、できるだけ建物の中へ入れる。吹き飛んでいったものが別の建物を壊すこともある。いいな?」


 確認をとって、国王が頷いてから、奥様たちに命じた。

 あの長が、夏の宮殿の顔を立ててる!

 ビーチバレーで真剣な向き合い方を見せたことで、二人の間の空気が良くなってるよ。これには私もニコニコだ。

 おや、長と目が合った。


 『やれやれ。表の者たちは、舶来品に取り替えすぎた。家の建て方からして伝統を引き継いでいればよいのに。文献によれば、稀とはいえこれぐらいの台風が来たこともあるらしいし』


 お、おう。そうだったんだ……。


 私にだけ理解できる古代の言葉でぼやいた長。ポカンと頷いた私の様子を見て満足げなので、ぼやいた言葉を誰かと共有できる事は、彼の溜飲を少し下げたらしい。(昔の勉強もしていないとは)って文句が溜まってたんだろうな。ホヌ様自身の経験もないならば、ほんとうに稀なレベルの台風なのだろう。


 奥様たちのはたらき方を見ていたら、商店街のみなさんも動き始めた! 協力して、まずはビーチバレー場の片付けをしていく。テントをたたみ骨組みは布でギュッとまとめる。何名かは、近隣の店舗の面倒をみるために商店街に向かった。


 夏の王族たちも声をあげ始めた。


 「王宮の中に様々なものをかくまいます!」

 「ねえ、家の中に入れることができなくて困っているものならば、運んでもらって構いませんわね? お父様」

 「夏の島の有事である。あらゆることが今代に起こったのも、何らかの運命やもしれぬ。みなで乗り越えて、ホヌ様の暮らしやすい夏の島を後世に繋げるぞ!!」


 おう!!! ってすごい盛り上がりだ!


 うん。みんなでなんとかしよう


 「あのぉ〜。我々はどうすれば?……ひぃぃ」


 ──情けない声が聞こえてきた。

すっかりしょぼくれた表情の、縄でとらわれた豪商たちだ。ひどい航海を強行しようとしてついた傷に、海水がしみて肌が赤く腫れている。それでも、長年行ってきた罪により彼らは可哀想にみえない。


 夏の民の絆の中に、彼らは入れない。

 それがかつてない阻害感を感じさせたらしい。


 夏の民が舌打ちをした。

それを抑えて、リーダーは前に出る。


 「やる気があるってことか。そいつは結構!」

 「ホヌ様の見舞いで悪事を働ことした以上、温情はかけられぬが」


 国王と夜の守人族の長が、目を見合わせた。

 迫力に、豪商たちは震え上がった。


 「ほれ、荷物だ。絶対落とさず運べ!きりきり動け」

 「何かしら担いでいかねば王宮には入れられませぬ」


 二人が直接見張りながら、はたらく囚人を追い立てていく。その様子は夏の民のイライラを少し抑えたみたいだね。……。


 「ねえフェンリル。許したわけじゃないんだよね」


 「そうだな」


 「……私にもまだ許せない気持ち、あるよ」


 「エルのその感覚は正しい。私たちのような年長者は扱い方に慣れているだけだ。──私が思うに、どのような失敗をしたものも体を持ち、動く力があり、頭で考えてコミュニケーションを取るならば、使いようがある。時代によって、どのように扱うかは様々だったがな」


 「そうなんだ……また教えて」


 「ハネムーンが終わり、フェルスノゥに帰ってからが良いか」


 「うん、落ち着いてから」


 「それまでははしゃぐとするか」


 「不謹慎じゃない?……違うか。さっき、国王が夏の民に大丈夫なふりをしてあげていたからパニックを防いがことができてた。態度は扱えるんだ。王様ってやっぱりすごいね」


 「ん? 私たちの方がすごい」


 ふっ、と、フェンリルに笑わされた。



 商店街の人たちにも重い荷物を持たされて王宮までヒーヒーと歩いて行く豪商のおじさんたちを走って追い抜く時、私は余計な一言を言った。


 「こんな時だから、誰を助けないでなんて言ってられない。力を貸してもらいます。それは、あなた方がこれ以上傷つかないためにもです」


 言葉をぶつけただけかもしれない。

 それでも彼らの瞳は、しばし揺らいでいた。


 無言で重い荷物を運び、肩を叩くような雨の中、周りの音は暴風にかき消されていき、おのずと自分の心と向き合う時間になる。

 これまでのホヌ・マナマリエでは、ずっと夏の朗らかな陽気に溶かされて、自己を振り返ることもなかったのであろう。急激に下がり始めた気温にくしゃみをして、自分の体の状態を知る。堕落して太った体。重い荷物を持つ足がくずれ、商店街の子供にすら手を貸されている。商売の場がなければ、立場がなければ、彼らはろくに動けやしない。まさに今、自分の中にどのような価値があるのかをもがいて探し始める。

 そんな感じだった。



 夏の王宮には、様々な宝物が集まった。

 誰かにとっては店の看板。誰かにとっては受け継いできた秘伝のタレ。誰かにとってはパニックになっていたニワトリの籠。


 「ああ、くだらないものばかりだ。こんなもののために、我々は労力を使ったと言うのか!」


 びしょ濡れの濡れネズミになりながら、おじさんがぼやく。耐えかねたようにわなわなと全身震わせていた。


 大勢に睨まれたが、商店街の時のようにひるまない。

 ここは、彼らをこれまで思いのままに甘やかした場所なのだ。場所に引きずられて、堕落につかり始めている。


 「商売人がものを馬鹿にし始めたら終わりだぞ。どんなものであっても、誰かにとって価値があると紹介できなければな」

 「誰だ? 知ったふうな口を……、出てこい!」

 「自分ですけど」


 カイルさんが現れた。

 相変わらずまっすぐな目をしている。

 これまでもその姿勢を貫いてきたんだろう。


 おじさんは口を結んでひん曲げた。

 口のうまさではカイルさんに勝てないことを知っているんだ。


 「わかったぞ。こう言いたいんだろう? どのものも夏の素材で作られているんだから、恐るべき宝であると。我々も頷くよ。だが、それをいくらで売ると言うんだ? 売れなきゃ商売にもならないのに」


 「ひどい買い言葉だな。実際にもしもそうだったら、なんて話をここでしてどうするんだよ? 全然わかってないんだな。あんたが物を馬鹿にするな、って話をずっとしているんだ」


 「お前、俺たちのことを馬鹿を見るのような目で眺めたな。重罪だ。これほど無礼な事は無い……」


 「おーい。みんなそんなふうに見えてるー!?」


 カイルさんは後ろのギャラリーに聞いた。

 みんな首を横に振ってみせた。


 「そうじゃないらしい。あんたの気のせいだよ! きっと心が疲れてるんだ。誰かが普通に眺めているだけの目を、自分が悪い奴かのように見ちまうって、信じ込んでしまうだなんてさ。胸を張りなよ? 俺は悪いことなんてしていないって。そう主張できるなら言ってみるといい」


 さすがに口ごもってる。

 それぐらいの恥はあるらしい。


 それにしても、かなり煽るなぁ。

 内心激怒してるにしても、やり方がカイルさんらしくない。

 どうしたんだろう?


 ふと、周りに耳をすませてみれば、何かが歩き回っている音がする。軽やかな足音。獣耳を使う私にはわかるけど、これ、ホヌ様が外で走り回っているんじゃないかな?


 私は、フェンリルの服の袖を引いた。

 彼が腰を曲げて近づいてきたその額に、私はコツンとおでこを当てた。


 「ちょっと外を手伝ってくる。行ってきてもいい?」


 「……わかった。行かせるよ。でも私が心配していると忘れないこと。気をつけて。愛してるよ」


 「……今ぁ!? 待ってうわ。やばい。全部ダイレクトにズギューンだよ。うわわわわ、行ってきます!」


 私はと言えば、もう脱兎のごとく走り出した。全身の毛がパヤパヤと逆立っていた。嬉しさと恥ずかしさと幸せが衝撃として全身を包んでいる。


 「あれ、エル?」


 「ぜー、はー、私も、手伝いを」


 「そういえば、あなたにも頼めるんだった……。ずっと一人で何とかしてきたから、そんなこと思いつきもしなかった。本当に頼んでもいいの?」


 「もちろん!」


 「魔方陣を完成させたいんだ」


 彼女はコツンと私に額を合わせた。

 あったかいなぁ。

 渡されたのは素晴らしい紅珊瑚。冬には溶けない氷があるように、夏にも魔力が凝縮されたアイテムが存在するんだ。


 「"これ"を島の端に置いてくればいいんだね。う、うわあっ」


 いっそう強い風がビューと吹いてよろめく


 「夏の雨の中をエルは走りにくいかもしれない。やっぱり、時間はかかるけど私だけでもやれるから大丈夫……」


 「大丈夫じゃないよ。一緒にやれるってば。あなたはすごいけど私だってすごい! 今は未熟なところもあるけど、きっとすごい冬狼になる。だからね。信じて」

 

「わかった」


 キラキラした目で、ホヌ様は私を見た。


 私だってずっと誰かに頼る事は苦手だった。

 でもフェンリルと一緒に生きるようになって、誰かを頼れるようになった。困ってるってことをまず口にしようって、勇気の出し方も分かったんだ。


 「熱妖精」


 呼べば、現れてくれる。この子たちも、自然をなんとかしたいから。


 「私のための道を作って。ぬかるんでて歩きにくいんだよね」


 ひまわりの道ができる。

 いつも生えている腰まで背があるものじゃなくて、たんぽぽ位背が低いものだ。これを踏みつけていくのに一瞬躊躇したいんだけれど、熱妖精は私の手を引いて前にうながした。一歩踏み出した後、後ろを見てみると、ポップコーンが弾けるみたいにまたポンと花が咲き誇る。

 夏の魔力が、地面にたっぷりなんだ

 どうやらホヌ様は体調が良いらしい。

 ほっとする。


 王宮の中でカイル王子が活躍しているのも大きいのかもしれないね。パートナーがしっかりしてくれると、こっちは安心して大胆に動けるっていうか。

 さっきのフェンリルの言葉を思い出して少し赤面する。


 さぁ、台風を超えて、秋を迎えよう。





読んでくれてありがとうございました!


3月25日のコミカライズはおやすみです。

また来月に( *´꒳`*)੭⁾⁾






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