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43:しめりけの海

 


 ビーチバレーの決着がつき、後は、それぞれが健闘を讃え合うのみ。


 夏の島の上空に渦を巻いた夏の魔力を思う存分に使って、私たちは、夏の海を凍らせた。

 夏の島からこの後に及んで脱出しようとする不審な船を、そこで止めた。



 私とフェンリルは、夏の風を蹴って空の中にいる。

 ……おっとと!

 …………夏の魔力が大きすぎるから?

 いかに冬フェンリル族といえど、足元をすくわれかける魔力量──。


「ある程度感覚的にできてたけど、よろめく。フェンリル〜……」


「助けを求めるにはいいタイミングだったよ」


 こういうとき、手を差し伸べてくれる。

 冬の雪崩れに乗ってスキーすらできるフェンリルはゆうゆうと、不慣れなはずの夏の魔力を冷たい足先で蹴って、私を担いでみせると海の方へとステップを踏んだ。


 遠くをみるため目を細めたら、囚われた船──。


「あれ? 船から人が降りてくる」


「逃げられようはずもないのにな」


 近くにいるから、フェンリルの気持ちも伝わってくる。

 環境に手を出しておきながら、自分への影響はブロックしようとする責任感のなさへの失望。どちらかといえば人の気持ちとしてフェンリルはそう感じていて、大精霊としてのフェンリルは追い詰められた動物がいかに逃げようとするかをよく理解していた。


「なんだか気になる。まだ策があるんじゃないのかな?」


「ないはずだよ」


「本当?」


「エルは捕まってほしいと思っているんだね。あのものたちが悪い状態だから」


「……うん。私個人の気持ちはそうだよ。下では言えなかったけどね。影響を与えすぎてしまうから」


「よくふるまえてたよ」


 氷の上でじたばたと手足をあばれさせて、人々が転んでいる。

 カキンと堅いものが氷に当たる音が獣耳に響いた。

 こんな時でも貴金属などをたっぷりと身につけている。もし泳げたとしても、海底に沈んでしまうのではないだろうか?


「……あの者たちは、こんな目に合うとは思っていなかったのだろう。私は夏の国王とも話したし、それよりもっと昔のことも夏の島にいる妖精たちから聞いた。

 どうやら相当長い時間をかけて、外の国々は夏の島へアプローチをかけていた。様々な契約文書を結び、人にとってそれを断る事は、おそらくとても難しい。

 代を重ねることに膨れ上がった約束を現在の国王が1人で受け取ることになった。1人でと言うのは、身綺麗な者がもう他にはいなかったということだ。

 夏の王宮の大臣連中も、ほとんどは、何かしらの薄暗い約束ごとに少しずつ関わっている。夏の国王は、自らは大聖霊の調整役であるからと言う一点張りで、直接の関与をできるだけ避けたようだが」


 想像するだけで苦しくなる。


 私はうなずいて、フェンリルの言葉の続きを持った。


「国王1人しか反対意見のものもなく、王宮の中はやつらの身内だらけ。そのような中で、今年の夏も好き勝手にバカンスをするために悪知恵の働くよそ者がやってきたようだ。エルだったら──様々なことを想定して警戒をするか?」


「私はそんなことしないから、合ってるかわからないけど」


「それはそうだ。私の言い方がよくなかった」


「ううん、大丈夫。冬姫が万が一にもそんなふうにならないように、思いやりだって信じられるから。……"そういう人たち"の考え方を想像してみると、生まれた時から優遇される土地があると信じ込んでいるなら、警戒せず、……誰をいじめるかだけを楽しみにきたんじゃない?」


「おそらくね」


「じゃあ今は万策尽きているのかな? 船からわざわざ降りたのはパニックだね」


「どんな動物でも、恐ろしくなれば、あのように尋常ではない動きをするものだ」


 船を縛り付けている氷の向こうは、静かな海。

 泳いで行けるわけでもないだろうに、とにかく夏の島から離れたいみたいだ。現実逃避するみたいに。


 ──ああいうの見ると、がっかりしちゃう。

 大きな悪いことをしようとするなら、その分のリスクも覚悟して、動くものだと……若い頃は思っていた。

 けれど、そもそも私たちが常識としている悪いことを、悪いことであるとも認識できない、日常のルールが歪んでいる人々というのが存在するのだ。


 自然の流れを敏感に読むフェンリル族になってからピンと感じるこの感覚は、外れていないだろう。


 大精霊フェンリルの言葉で言うならば、同種が同種を落としめる、まだ縄張りが広くあるのにさらなる豊かさを求め自然を乱す行為である。



 水鳥が私たちの周りをくるくると飛んだ。


<やらせてやらせて>


「捕えるのを?」


 フェンリルがクスっと笑った。

 いたずらっぽい顔だ。


「思いっきり派手にしてやると良い。お前たちにも思うところはあるだろう。そして、人の法則で申し訳ないが生かしたまま返してもらうよ。夏の島を続けるために。こらしめた後は、そうしてくれるか?」


<わかった>


 水鳥が甲高く鳴く。

 海の中からザバンと現れたのは、クラーケン。

 続いて、体いっぱいにビキビキと青筋を浮かべたマーマンに、瞳から真珠の涙をこぼし続けるマーメイド。ベタベタと粘液をまといながら歩くヒトデなど……。


 人が普段見ることもできない海の奥底から這い上がってきた、古くからこのエリアで共に暮らしてきた精霊たちである。


「あの人はタコ固めされてる。泡吹いてるね」


「体罰のほうはあそこで受けると良いだろう。精神的な罰については、人の国の法で裁く。それぐらいがよさそうだ」


「私たちがここに来た意味は……」


 もう捕まっちゃってるし。


「ヒトデが手を振ってる、手を振り返してあげてごらん」


「うん」


「ほら、喜んでいる」


「ま、まあね?」


「下々の士気を上げてやるのも役目だと思わないか? エルが知る会社のような制度ではなくて、いわゆる元気を与えてやると言う意味さ」


「冬の癒しのようなものか」


 船の下の方から、ぎえええ〜〜っと叫び声が上がった。

 懲りてください。

 もーー、めっちゃ懲りて下さい!




 私たちは徐々に港のほうの氷を溶かす。

 そして、冷風をコントロールして波を生み、流氷が岸へ押し寄せるように船と容疑者を運んだ。


 船酔いとタコ固めやら何やらによりやっつけられた人々は、ぐったりと瀕死寸前だった。

 しかし、死ぬことができないように、マーメイドの鱗のかけらをわずかに皮膚に差し込まれていた。それを抜くと体の痛覚や老化が元に戻ってしまうようだ。

 ──マーメイドの体そのものが、不死の妙薬として、このような船から諸外国に輸出されていたらしい。恐ろしい話だ。私はそれをマーメイドたち本人から聞いた。




 港横の浜で精霊たちが不審者を見張ってくれるという。

 どのような人に他国側の息がかかっているか分からない以上、これがもっともいいだろう。

 じりじりと夏の魔力に焼かれた彼らの肌は浅黒く日焼けしていた。



 さて、ビーチに報告に行くんだけど。

 あ、花火が上がってる。


「…………ねえ? 島中のビーチに近づくほどどんどん体が熱くなってる。私だけ?」


「そうか。エルはこの感覚は初めてだったな。いかに春毛と夏毛を経験しようとも」


「???」


 フェンリルは商店街の真上のところで空中を進むことをやめ、地面に降り立った。


 空の上はとても暑く、逆に足元はみょうにひんやり蒸しっ……とした初めての空気。

 ううん、ちょっと待てよ?

 私はこれを知ってるかも。


 夏休みも終わり学校に向かうとき。

 残暑をあびながらも違いを感じていた。

 あのときの気候にとても似てる。

 からりとした夏の島だったのに、氷を溶かしたからか、どんどんしめっぽく、湿気っぽく……。


「え!? フェンリルの髪がくるくるって……! ジェニメロみたいにクセがついてる。えー!?」

「幼なげで少し恥ずかしいな」

「めちゃくちゃいい」


 本心。

 ぜんぶ似合うよマジで。


 湿気の影響はフェルスノゥではなくて初めての経験みたいで、毛先をつまみながらフェンリルは戸惑っている。私はといえば元が日本人の黒髪だからか、まっすぐだけど。

 同じフェンリル族の魔力があるけど元は全然違うねって、改めて思いました。


「気候、私たちが変えすぎた?」


「そうでもないよ。圧倒的にホヌの制御下にある。季節外れの大精霊が少し遊んでもなんてことない」


「そうなんだ。じゃあ、自然な流れのうち?」


「ああ。秋が訪れようとしているんだ。それにしても、北の雪山なら覚えがあるが、夏の真ん中にいながらにして秋を感じるのは初めてだな……。練エルとのハネムーンは知らないことばかりで楽しい旅だ……。……ん、少々かけあしの秋か?」


 フェンリルが私の髪をすくって遊ぶ。

 赤くなった私の後ろで花火が藍色の天に映えた。


 びゅう!

 だんだんと風が速くなってきた。


 ふと、風の中には赤い紅葉のような羽、黄色いイチョウのような羽をもつ妖精の姿がチラリと見えた。


 風が、ぐるぐる──。

 ぐるぐる──。


 びゅうううううううう。

 海上の水蒸気。

 渦巻く風。

 天に熱。



 た、台風だーーーーー!




読んでくれてありがとうございました!


2月25日のコミカライズはおやすみです。

また来月₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑



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