ラプンツェルの長い髪
天候は、晴れ。
晴天の空には、ポツリポツリと雲が浮かび、西から東へと流れている。
あたしはそれを見上げながら、空に向かってこぶしを差し出した。
「頑張れ!あたし」
あたしの未来はもう、そこまで来ているはず?
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「おはよう!」
あたしが教室に入ると、顔を上げた美紀はひどく目を剥いた。
「あんた、それ」
あたしはその言葉を最後まで聞かずに「ごめん」と遮った。
「詳しい話は後でね。あたし、アルマジロくんに会ってくる」
鞄を机に置いて、走り出した。
教室を覗いたけれど、アルマジロくんの姿はない。
鞄は机の横にかかっていたから、きっと、学校には来ているはず。
芝生?
廊下の窓から顔を出したけれど、大きな木の下には彼はいない。
あそこしかない。
あたしとアルマジロくんが、行く場所。
あたしは薄暗い階段を駆け上がって、屋上の重たいドアを押し開けた。
ぎぎっと音が鳴って、空が目の前に広がる。
ふわーっと春風が体にぶつかってきた。
「アルマジロくん!!」
屋上に飛び出すと、あたしは彼の姿を目で探すより先に叫んでいた。
「こ、こ?」
驚いた声で、貯水タンクの上から顔を覗かせるアルマジロくん。
あたしと目が合うと、彼は大急ぎで下まで降りてきた。
「心、それ、どうしたの?」
彼の目はあたしの一点に注がれている。
「髪、切っちゃった」
あたしの腰まであったおさげはバッサリと切られて、短くなった髪が肩の上で揺れている。
「すごく軽くなったよ」
笑うあたしに、彼は呆然となっている。
「髪が短くなったから、あたし、アルマジロくんを塔の下から登らせてあげることができなくなった」
アルマジロくんの眉間のしわが寄る。
険しい顔になったアルマジロくんは、声音を低くして言った。
「もしかして、俺を振るつもり?」
あれ?
今の流れで、なんで?
あたしが呆気に取られていると、アルマジロくんがどんどん、あたしに迫ってきた。
背後にフェンス。前にはアルマジロくん。
あたしは身動きが取れなくなる。
彼はそれでも律儀にあたしに触れないように、囲い込んでフェンスに手をかけた。
あたしはアルマジロくんの両手の間にはさまれて、どこにも逃げられない。
「俺はこのままでもいいって言ったのに。ゆっくりで、いいんだ」
「あ、あのね」
「本気で好きだ。心がいなきゃ、もう生きていけない」
甘い言葉に頭の中が真っ白になる。
くらくらして、言いたかった言葉がちっとも口に出てこない。
「傍に居てくれればいい。それだけでいいんだ」
アルマジロくんの吐息が耳にかかるほど近く、耳元で彼が囁く。
あたしの身体は、アルマジロくんの色気に粉々になっていく。
「ち、違うの。アルマジロくん。ちゃんと聞いて!!」
誘惑を振り払うように、あたしは大きな声で叫んだ。
アルマジロくんは、びっくりしてあたしから身体を引く。
ようやく普通の距離感が戻ってきたことに安心して、あたしは大きく深呼吸した。
「あたし、髪の毛を切ったの」
「うん」
アルマジロくんは真面目な顔で一つ、頷く。
「もう、塔の上から髪の毛を垂らしてあげることはできない。ラプンツェルにはなれないの」
彼が再び、怒りを目の中に灯す。
それを爆発させるより早く、あたしは口を動かした。
「だから、あたしが塔を降りる。アルマジロくんに会いに行くよ」
あたしの言葉の意味が、アルマジロくんにすぐには伝わらなかったみたい。
きょとんとしたアルマジロくんの瞳があたしを捕らえる。
「髪の長さ分の距離もない。あたし、アルマジロくんの一番、近くに行ける」
「俺の一番近くに?来られるの?」
半信半疑で、というよりも、疑いの目でアルマジロくんはあたしを見つめている。
「あたしが、行く」
あたしはキッパリ断言すると、一歩、アルマジロくんに近づいた。
「手を出して。絶対に動かないでね」
すぐには慣れない。
相手に動かれると、どうしてもまだ、身体は震える。
拒否してしまう。
だから、アルマジロくんの動きを封じて、あたしが手を伸ばす。
アルマジロくんが出した両手の指に、そっと手を触れる。
触れた瞬間、アルマジロくんがびくっとした。
驚いた顔であたしを見つめている。
きっと、本当にあたしが触れると思っていなかったんだ。
「アルマジロくんの指って、結構、ごついんだね」
あたしはくすくす笑う。
指を伝って、手に触れる。
あたしよりもずっと、安心する大きな手。
「アルマジロくんの手、あたしの手の一回り以上大きい」
腕は意外に筋肉質。
「アルマジロくんって、何かスポーツしてた?」
「中学のとき、バスケ部だった」
驚いて呆然としているアルマジロくんだけど、あたしへの返答はちゃんと返ってくる。
腕を伝って、肩に、そして、アルマジロくんの頬に触れた。
「すべすべだね」
笑うあたしに、アルマジロくんのほうが泣きそうな顔をしている。
「心、動いてもいい?」
あたしは覚悟を決めて、ゆっくり頷いた。
アルマジロくんの手が、あたしの頬にそっと、触れた。
「あたし、ようやく、アルマジロくんに辿り着いた」
ずっとずっと、遠かった。
ここまで、あたしたちはずっと、遠回りばかりしてきた。
だけど、今、あたしたちはこんなに近くにいる。
「キスしたい」
アルマジロくんの声に、あたしはカッと真っ赤になる。
ちょっとだけ怖いという気持ちはある。
だけど、今は怖いという気持ちだけじゃない。
アルマジロくんの顔がだんだん、近くなってくる。
あたしは静かに目を閉じて、彼を待った。
ずっと離れていた。
傍に行けなかった。
まだ、何もかもを乗り越えたわけじゃないけれど、逢沢次郎くんとなら、乗り越えられる。
あたしの大好きなアルマジロくん。
あたしが触れることができるたった一人、唯一の存在




