表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルマジロくん  作者: 魚沢凪帆
39/44

思い思いの後悔

好きな人に触れたいと思うのは自然なこと。


手を繋いだり、抱きしめたり、キスをしたり。


そんなこともできないあたしは、欠陥品だ。



******************************



昨日の電話を後悔していた。

心を傷つけたくないし、あんなことを言いたかったわけじゃない。


口から飛び出した刃が、心を傷つけたことを自覚していて、俺は後悔に苛まれていた。


その日はほとんど眠れなかった。


結局、朝日が昇るよりも早く、起き上がった俺は、のろのろと身支度をした。

いつもよりも30分以上も早く家を出て、心の家ではなく、学校に向かった。


これ以上、心を傷つけるのが怖かった。


一日、屋上にも行けず、芝生にも出られなかった。

心に会う可能性のある場所には行けなかった。



俺は一日教室で、机に突っ伏して目を瞑り続けた。

だけど、眠れるわけがない。


目を閉じても、耳を塞いでも、心の昨日の声が聞こえてくる気がする


やめて、アルマジロくん


泣きそうな声で訴えてくる彼女を、なんで俺は責め立てたんだろう。


俺と心のボーダーラインなんて、すでに決まりきっていたのに。



「逢沢くん」


頭に靄がかかって、一日が終わったこともなんとなくしか、理解できなかった。

人の波に従って、校門をくぐったところで、俺は呼び止められた。


立っていたのは、心の兄貴だった。


「どーも」


校門の前で、堂々とタバコを吸っていた心の兄貴は、左手を上げた。

俺は訝しげに、眉をひそめて、心の兄貴を見る。


「何か、用ですか?」


俺は訊きながら、心臓がバクバクと音を立てているのを感じていた。

心に近づくなっって怒鳴られるのかと思った。

だけど、心の兄貴は笑って「これから時間大丈夫か?」と言った。


俺は心の兄貴について、近くの喫茶店に入った。

心の兄貴はヘビースモーカーらしい。


さっきから、タバコを手放さず、一本吸って、終わったらまた、一本。

次々と、タバコを咥えて火をつける。


「心が男性恐怖症になった原因は俺にも、あるんだ」


突然、心の兄貴がポツリと呟くように言った。


「俺と心の両親は、俺が8歳、心が3歳の時に離婚した。俺は母親に、心は父親に引き取られた。普通は逆可も知れねぇーけど、親父は心をめちゃくちゃ可愛がっていた。母は根負けして、心を親父に渡した」


心の兄貴は、一息つくと、紫煙を吐き出した。


「俺が心に再会したのは、それから18の時。心が中学に上がった年だった」


二人の前におかれたアイスコーヒーが、店内に入った空調が当たって水面が揺れる。

カランッと音を立てて、氷が水の中で転がる。


「俺ははっきり言って、心のことを忘れていた。妹なんて、気にもしていなかった。だから、ある日、突然俺の前に現れた妹に、すっげぇ驚いた」


心の兄貴は遠い目をする。きっと、昔のことを鮮明に思い出しているんだろう。


「心は親父に、虐待を受けていた。俺のところに逃げて来た時には、すでに手遅れだった」


俺はハッと息を呑む。


「あいつは男というもの、すべてに脅えていた。今でこそ、男ともしゃべれるようになったけど、昔なら、目を合わせることもできなかった。俺のところに逃げてきたばかりの妹は、俺にも頼れずに、毎晩一人で泣いていた」


心の兄貴は、テーブルの上でギュッとこぶしを握る。

きつくきつく握られたこぶしに、心の兄貴の深い悲しみが見えた。


「母はあいつの傷を知ると、すぐに法的な手段に出た。法廷はあっさりと、母親の親権を認めた。だけど、それで解決になるわけがねぇ。あいつはいまだに、男が怖くて、好きな男にも触れられねぇ」


相槌すら軽く聞こえてしまう気がして、俺は黙って彼の話を聞いた。


「飯もろくに食えねぇ。医者は精神的なもんだっつーけど、食えるようになる方法は教えてくれねぇ」


真は、ハッと乾いた笑いを漏らした。


「それでも昔よりは食ってるんだ。ちょっとずつ、それなりにな。あいつが俺のところに来たときは、力を入れたら折れそうなぐらい細かった」


俺は木のテーブルに目を伏せた。


ほら、見ろ。


俺はあいつの事情も知らずに、昨日あいつを傷つけた。

取り返しのつかないことをしたんだ。


「だけど、おまえは特別なんだと」


「はっ?」


俺はパッと顔を上げた。


「男が怖い、男に触れないウサコが唯一、触れるのが、おまえなんだ」


「心は俺にも触れられない。ちょっとしたことでも悲鳴を上げる。俺だって、ほかの奴と何も」

「ばーか」


心の兄貴がカラッと笑った。

俺は顔をしかめて、兄貴をまじまじと見つめた。


「おまえはあいつに触れてるじゃねぇーか。服の上からだって、ほかの奴が触れば、あいつはもっと震える」

「俺のときも、あいつの顔はすっげぇ強張ってる気がするけど」


俺の口から、弱気な言葉が漏れる。


「おまえ、あいつの髪、触れるだってな」


俺は、目をしばたかせて、心の兄貴を見た。

心の兄貴は、面白そうにケラケラ笑った。


「俺は、あいつの髪すら触らせてもらえねぇーよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ