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アルマジロくん  作者: 魚沢凪帆
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ウサコとアルマジロくんの距離

アルマジロくんはきっと、あたしと初めて会った日のことを覚えていない。


高校の入学式。

アルマジロくんとあたしは、校庭の真ん中でぶつかった。


一瞬、悲鳴を上げそうになったあたしは、泣き出しそうになるのを必死で食い止めていた。

泣きそうなあたしに気がついたアルマジロくんは、理由を勘違いして言った。


「あー、髪、いてぇよな。絡まっちまったな」


あたしの髪の一房が、アルマジロくんのジャケットのボタンに絡まっていた。


触らないで、触らないで。


心の中で叫んでいた。


だけど、声にすることはできなかった。

一言でも漏らしたら、今にも泣き出してしまいそうで。

一度泣き出してしまえば、もう二度と、涙を止めるなんてできないって思った。


あたしの胸の中の悲鳴は、アルマジロくんまで届かなかった。

彼はあっさりと、あたしの髪に触れ、器用な手つきで、髪を解いた。


髪に触れられることも気持ち悪くて、怖い、はずなのに。


不思議なことに、嫌な気持ちにならなかった。

不思議なことに、あたしは叫びださなかった。


いつもなら、止めることもできないほど、取り乱してしまうのに、あたしの気持ちは予想以上に落ち着いていた。


解かれた一房を触れてみる。


「髪、痛んじゃったかな?」


顔を覗き込まれて、あたしは息を呑んだ。


どうしてだろう。


彼の瞳、彼の声、彼のすべてを、あたしは嫌だと感じない。


男嫌いが突然治るわけもない。


でも、彼だけが特別


彼はあたしのたった一人の特別。


「あの、ありがとう。えっとぉ」

「俺は逢沢次郎。同じ一年だよ」


笑った彼は、すごくキラキラしていた。


初恋だった。


あいざわじろう

あるまじろ



あたしの大好きなアルマジロくん。




***********************************




寄り道しながら、家に帰ると、あたしの家の前にアルマジロくんの姿を見つけた。


あたしは少し離れたその場から、動けなくなる。

ふと顔をあげて、あたしに気がついたアルマジロくんが、ゆっくりと近づいてきた。


「ごめん」

顔見るなり、アルマジロくんは頭を下げた。


どうして、謝るの?

悪いのはすべてあたしなのに。


アルマジロくんは何も悪くないのに。


あたしは戸惑いを隠せずに、目を伏せた。

何も言えないあたしと、何も言わないアルマジロくん。


向かい合ったあたしたちは、その場から一ミリも身動きが取れない。


不意に、アルマジロくんがあたしに手を伸ばしてきた。

その手がどこに触れるのか


一瞬、頭の中に過去の父親の姿がフラッシュバックして身体がびくっと震える。


「心」


彼があたしの名前を呼ぶから、少しだけ気持ちが落ちついた。

アルマジロくんは、あたしの首横に手を持っていていくと、おさげの髪を持ち上げた。


「俺のことが怖い?」


あたしは首を横に振る。


「俺は、髪に触れても大丈夫?」


今も変わらない。

アルマジロくんが髪に触れても、怖い気持も気持ち悪いって気持も込み上げてこない。


あたしは、こくんっと首を縦に振った。


「前にラプンツェルの話を聞いたよね」


突然、アルマジロくんが童話の話を持ち出してきた。

彼の手はいまだに、あたしの髪の一房を指でからめて遊んでいる。


「塔の上にいるお姫様は、地上にいる好きな奴に髪を垂らして登らせてやるんだよな?」


ラプンツェルは、お姫様ではないけれど、あたしは黙って頷いた。


「心の髪が長いから、俺は塔の上の心に会える。俺と心のボーダーラインなんて、どうでもいいんだ。おさげの距離が二人の距離なら、それでいい」


「アルマジロくん」


アルマジロくんは恥ずかしそうに、何を言いてぇかわかんねぇな、なんてケラケラ笑う。

あたしはこみ上げてきた涙を、止めることができなかった。


「あたしのね」


涙で声がにじむ。


「あたしのお父さん、いつも優しかった。でも、ときどき、ふとした瞬間に豹変する。鬼のような顔で、あたしをぶって。もね、すぐに反省したように、あたしを抱きしめるの。最初は我慢しよう、我慢しようって思った。でも、いつの間にか、殴られたあとに抱きしめられるのすら怖くなった」


あたしは嗚咽を上げながら、必死で話した。

あたしのすべてをアルマジロくんには分かって欲しい。


「震えが止まらなくて、堪らなくて、逃げだした。お父さんが嫌いなわけじゃない。でも、あたしは傍に居てあげることはできなかった」


泣き出したあたしを、アルマジロくんは黙って見つめていた。


あたしはそれが心地よくて、安心して泣き続けた。


久しぶりにあたしの身体の中から、水分という水分がすべて抜け出て行った。

醜い気持ちのすべてが身体の中から流されていくように感じていた。


「あたし、男の人が怖い。アルマジロくんが怖いんじゃないんだよ」

「心」

「そばに居たいのにどうして」


どんなに好きになったって、お下げの長さ分の距離が縮まることは、ない。

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