無視
あたしにとって、アルマジロくんはたった唯一の存在。
大好きで、大好きで、言葉だけでは足りない存在。
愛してるって何度、伝えても足りない。
「おい、宇佐美」
クラスメートの大崎君に呼び止められて、あたしは廊下の真ん中で足を止めた。
「どうしたの?」
「この前、言ってたCD、手に入ったけど貸そうか?」
「マジで!?」
あたしと大崎は、音楽の趣味が合う。
ついこの間も、好きなバンドの話で盛り上がった。
この間、話していたCDは互いが好きなバンドの廃盤になったCD。
ファンの中ではプレミアものだ。
「どうやって、手に入れたの?」
「兄貴の友達が友達が持っていたものが、めぐりめぐって俺のところに流れ着いた」
「すっごーい!」
手放しで褒めたあたしは、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
大崎はくくっと喉を鳴らして、笑う。
「おまえってウサコって呼ばれてるよな?」
「うん」
「本当のウサギみてぇだから?」
「違うよ。あたしの名前が?うさみここ?だから、略してウサコ!」
「似合ってるよな。っーか、マジでウサギそのもの」
「そんなことないもん!」
あたしが廊下の真ん中で、大崎に突っかかった。
そんなあたしのしぐさも大崎にはただ、可笑しいだけらしい。
軽く鼻で笑われてしまう。
きゃぁきゃぁ騒いでたあたしは、不意に廊下の奥からアルマジロくんが歩いてくるのを見つけた。
「あー!アルマジロくんだ」
あたしが大きく手を振ると、彼はちらっとあたしを見た。
彼はあたしを一瞥すると、ふいっと視線をそらした。
「えっ?」
あたしの全身から力が抜けて、身体が固まる。
「アルマジロくん」
呟くようなあたしの声は、すれ違っていったアルマジロくんにも届いた気がする。
だけど、彼は足を止めることなく、あたしの横を通り過ぎていった。
傍には女の子はいない。
だから、アルマジロくんがあたしを避ける理由なんてないはずなのに
彼はあたしの存在をまったく、無視した。
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「それってさ」
美紀はアルマジロくんの話なのに、なぜかちょっと嬉しそうに言った。
「もしかして、逢沢次郎ってウサコのことが好きなんじゃないの?」
「はあ?!」
あたしは突然、大声を出してしまい、教室の注目を浴びた。
口を両手でふさぎ、椅子の上で小さくなる。
「なんで、そうなるの?」
ちょっと声を潜めて、美紀を追及すると、「簡単よ」って笑った。
「普段無視をしない逢沢次郎が、ウサコを無視した。じゃあ、普段と違う何かがあったはず。違う何か……とはつまり」
美紀は楽しそうに笑って、人差し指をあたしの目前に突き出した。
「ウサコが別の男といたこと」
「へっ?」
「つまり、嫉妬したのよ。逢沢次郎は」
「嫉妬?アルマジロくんが?」
美紀の指摘があまりにも見当はずれで、あたしはケラケラと声をあげて笑った。
「絶対にないよ。アルマジロくんが、嫉妬するなんて。しかも、あたしと大崎との仲を疑うなんて絶対に、ない!」
「じゃぁ、なんで、あんたは無視されたのよ」
美紀はちょっと不満そうに口を尖らせる。
「嫌われてないといいなぁとは思うよ」
あたしの後ろ向きな答えに、美紀は深くため息をついた。
「ウサコって、大胆なぐらいに迫るくせに、本当は人一倍恋愛に臆病だよね」
「美紀?」
「あんた、まだ」
美紀が何を言いかけたかすぐに察した。
あたしはとっさに、がたんっと椅子を鳴らして立ち上がった。
「言わないで!」
美紀はすごく寂しそうな目をする。
あたしはもう一度、席に座りなおして「ごめん」と小さく謝った。
「あたし、ウサコが心配なの。あんたには恋愛で傷ついてほしくない。できれば、もっと幸せな恋愛をしてほしいの」
「わかってる」
あたしの返事にため息をつきながら、美紀が肩を落とす。
「美紀、ありがとう」
美紀があたしを心配してくれていることはわかってる。
だから、あたしもしっかり美紀を見つめて答える。
「大丈夫なの。きっと、大丈夫なの。アルマジロくんは特別な気がするの」
「ウサコ」
「大丈夫なの。きっと」
ぎゅっと両手を握り締める。
美紀はあたしの固く閉じた両手を見つめていた。
何か言いたいことはあったのか知れないけれど、それ以上、あたしを追及しなかった。




