八話
地球のことは衝撃だったが、それはそれとして仏国土はどこにあるのだろうか?
この世界が『此岸』、仏国土は大海を越えた先にある『彼岸』と言われる場所だという認識であったが、このまま地上を探してもくるくる回るだけで別世界たる仏国土にたどり着くことはないだろう。地の中を進んでいっても地球の反対側に出るだけであろう。
そう思いながらふと空を見上げると、そこには月が浮かんでいた。
「美しい満月ね」
私は夜の世界にたたずみ、優しく光を発する月を観た。
今は満月だ。だが、月は観る日が違えば半月や三日月と形を変える。そこには私たちには手の届かない神秘があるような気がする。
「仏国土とは、あの月の世界のことなのではないかしら?」
そう思って、陽神体を変幻自在の法で鳳凰に変えて、私は空高く舞い上がった。
「目指すは、あの月の世界よ!」
今度こそ仏国土を見つけてやると意気込み、私は月に向かって飛び立った。
ーーー
月に近づいていくと期待よりも失望が胸の中で膨らんで満たしていく。
あんなにも美しく見えた月が近づくにつれ醜い姿を現したからだ。はっきりと見えるようになってきたその姿は、岩の山と大きな窪地の世界だった。
ついに月にたどり着き、その地に降り立つと確信した。ここには生物などいない。ただの虚の世界、あるいは死の世界である。
「遠くから見るのと、近くで見るのでは大違いね」
そう思って振り返った瞬間息を飲んだ。私が飛び立ってきたもとの世界ーー地球を観た瞬間に呼吸することを忘れてしまった。
目に飛び込んできた光景は、暗闇に浮かぶ青い球体。青い海はキラキラと輝き、柔らかそうな白い雲が漂っている。目に優しい森林の緑、砂漠の砂地ですら黄金に輝いて見えたのだ。
「私の大っ嫌いな汚らわしい世界……」
そう言いながらも宇宙にぽつんとある様々な色を見せる球体は熱帯地帯にある泉よりも貴重なものに感じられるのだった。
×××
どれほど地球に見惚れていただろうか? あの憎むべき人間の住んでいるところに。
私は頭を切り替える必要を感じた。
そして、本来の目的を思い出す。仏国土へと辿り付かねば、維摩との賭けは引き分けだ。でも、仏国土の場所がわからない。念のために月の上を探索するが、やはり見るべきものは何も無い。
そこで気がついたことだが、月は自ら光を放っているわけではないということだ。地球から見ている時にはわからなかったのだが、月は太陽の光が当たる部分が明るくなりそうでない部分が暗くなっている。たんにそれを地球から見ているから光が満ちたり欠けたりすのだ。
形が変化する光を放っていると思っていた月の正体を理解すると、私は大いに落胆した。
「もっと、月って素晴らしいものだと思っていたのに……」
自分が知らなかっただけ、勝手な言い分なのは承知の上でも失望せずにはいられなかった。
それにしても月が仏国土でないとすると、
「太陽か」
と考える。もはやあそこにしかあるまい。仏国土とは、自ら光輝く太陽にあるに違いない。
私はそう確信し、今度は太陽に向かって飛び立った。
なぜか、地球に後ろ髪引かれながら……




