《第3章/第6話》 それは急転直下に、颯爽と。
ぞろぞろと列を成してフランヴェルの部屋へと向かう一向。
暗い廊下を歩きながら、御幸はフランヴェルの方へと視線を送る。
彼女は一番先頭、トレスに背中から銃を突きつけられながら、さも平然と歩いている。特に怯えた様子はない。御幸はそんな背中に、訝しんだ視線を送っていた。
「……」
トレスたち空き巣グループが探している白桜邸に隠された財産、つまり御幸の父親、白桜御鷹が残した遺産。そんなモノが本当にあるのか、それがどんなモノなのか、その真意を彼女は知っているらしい。しかし、実の息子にはそんな情報は一切教えなかったくせに、彼女に“鍵”を与えるとはどういう了見なのだろうか。そんな疑惑の眼差しを送っていると、視線に気づいたらしいフランヴェルがこちらを振り向いて、
「案ずるでない、わらわが何とかしてやるぞ」
みたいなニュアンスを込めたらしいウインクを寄越してきた。どこからそんな自信が出てくるのだろうか。彼女の部屋は西棟の最奥、とはいえ数分と掛かるわけもなくあっという間に到着する。
「つか、鍵なんてあったっすかねぇ? 一応この部屋は俺が調べましたけど、出てきたのって精々ガン○ラの箱とかD○ーツの箱とかばっかしたけど」
「ふん、そっちはダミーじゃ。積んであるプラモや飾ってないフィギュアの類はちゃんと別の場所に秘蔵しておるわい」
「……いやー、探してるのは鍵なんすけどねお嬢ちゃん」
部屋に入ると真紅色の絨毯の上に、作中の量産機らしき何ともパッとしない機体の箱が転がっている。他は、以前御幸がこの部屋に訪れた時とあまり変わらない。豪華なソファにシャンデリア……? あんな作業机あっただろうか。あと、やけにデカいテレビもある。その下には幾つものゲーム機、各種コントローラー、攻略本の類などなどなど。ちょっと見ない間にずいぶんと様変わりしているような。
「……で? 鍵とやらは何処に在るのかしら?」
「まぁまぁそう焦るモンじゃない。焦ったところで遺産とやらは逃げはせんじゃろ」
「アタシらとしては時間を稼がれて良い思いしないのよ。さっさと出しなさい」
「しゃーないのぅ……」
フランヴェルは気だるげに髪を弄りながら、徐に窓際へと向かって歩いていく。カーテンの傍まで来ると、彼女はカーテンを留めるための帯に手を伸ばす。すると、彼女の手の平に小さな鍵がするりとこぼれ落ちる。
「……ドス、あんた真面目に探したの? この仕事何年やってるのよ」
「やー……面目ない」
「ほれ、これが御鷹の遺産とやらの鍵じゃぞ。これを使って開く場所に、貴様らの言うところの白桜邸の遺産が眠っておるというわけじゃな」
「……で、その場所は?」
「宝探しの答えを教えたらつまらんじゃろ? 自分たちで好きに探すがよい。……して、そっから先のきな臭い話にわらわ達は無関係なんでの、とっとと御幸とマリエルを解放してもらおうかの」
「つれないわねぇ。どうせなら最後まで付き合いなさいよ。冥土の土産にはなるんじゃないかしら?」
「ったーく……1ページ前の自分の発言を見直したらどうじゃ」
約束を守るつもりはない、と言わんが如くトレスが御幸のこめかみに拳銃を強く押し付ける。顔をしかめるフランヴェルは、やがて肩をすくめて溜息をこぼした。
「……わかった。案内はしてやる。それで最後じゃ。鍵を使う場所まで案内したら御幸とマリエルを解放してもらう。今度ばかりは絶対に、の」
「それでいいのよ。さ、行きましょうか?」
勝利を確信したトレスの顔。
求めていた遺産へと繋がる、文字通り“鍵”を入手したのだから当たり前。
しかし、何故かフランヴェルはこれといった動揺を見せず、ただ淡々と、時折御幸へと視線を送るばかりで、傍目から見ていても危機感のようなもの窺えなかった。
財産が奪われるというのに、どうして平然としていられるのだろうか。
そのあまりにも素っ気ない彼女の対応の仕方に、御幸は幾許かの疑問を抱く。
彼女は、何か隠しているのだろうか。
フランヴェルの部屋を出、御幸たちは再び中央ホールへと戻る。
天窓が割れたままになっているので、ホールの中央は吹き込んだ雨水でずぶ濡れになっていた。階段を降りたところでフランヴェルの足が止まる。ここに、御鷹の遺産が隠されているということなのだろうか。
「このホールじゃ。このホールのどっかに、鍵を使う場所があるぞ」
「……ドス、コイツが使えそうな鍵穴を探しな。ウノも今呼びつけるから」
「了解っす」
「ここまで案内したのじゃからもういいじゃろ。さ、御幸とマリエルを返してもらおうかの?」
「…………まぁ、いいでしょ」
御幸を縛っていた縄が解かれ、ドスは抱えていたマリエルをゆっくりと御幸の傍に降ろす。まだ気絶しているらしく、身体を揺すぶっても小さな唸り声しか出てこない。
「……おい、フランヴェル」
「なんじゃ?」
声を潜めつつ、御幸は彼らの求めている遺産についてフランヴェルに訊ねる。
「そんなモノ本当にあるのか? 僕は聞いたことないし、あの鍵を使う場所って」
「……何も、遺産が金品とは限らんじゃろうて」
「……?」
遅れてやってきたウノも加わり、空き巣グループ三人による家宅捜索が始まる。壁伝いに手を当て調べるトレス、絨毯をひっくり返すドス、絵画の裏、甲冑の中身、細かな所を調べるウノ。傍目から見ている分にはずいぶんと滑稽な作業だ。
「ないっすねぇ。穴なんてのは」
「同じく」
「……お嬢さん? どういうことかしら……?」
「だー、頭の悪い連中じゃの! そりゃ鍵なんじゃから、扉に使うモンじゃろうが」
「ドス!」
「やー、んな扉なんぞ何処にも……あぁ、はいはいっと」
「……ぷふ」
苛立ち始めるトレスの声がホールに響くと、ドスはそそくさと他の棟へと続く扉を調べ始める。それを見て、フランヴェルは小さく吹き出す。完全に、わざとやらせているらしい。埒が明かず、それまで余裕の色を浮かべていた彼女の表情に、見る見る焦りが生じているのが分かる。
嫌な、予感がする。
「や、んな秘密の扉みたいなのは無いっすよ。階段の裏とかも、色々と見ましたけど」
「……もしかしてお嬢様ったら、アタシらを馬鹿にしてるんじゃないでしょうね?」
ピリピリと張り詰めていく場の空気。
苛立ち、歪んだ彼女の表情は闇の中に在るせいか酷く恐ろしく、血走った双眸に狂気じみた薄ら笑いに御幸の背筋が凍りついていく。
「まぁ、今のお主じゃわからんのも無理はないかの。御鷹の“遺産”の意味が、お主が求めているモノとではかけ離れているからのう。……いいじゃろ、出血大サービスじゃ。その鍵を使う場所を教えてやろうではないか」
そう言うと、フランヴェルはトレスから鍵を引っ手繰ると踵を返し、ホールからまっすぐ玄関へと向かい豪快に扉を開く。吹き込んでくる雨風に髪は揺れ、ドレスがはためき、そのまま彼女は数歩だけ歩き、その足が止まる。
トレスの歪んだ顔がゆっくりと青ざめ、そして彼女は――鍵を弄びながら、心底愉しそうな表情を浮かべた。
「その鍵……って、まさか」
「うむ、なーんの変哲もない白桜邸の玄関の鍵じゃ。……くふ、必死こいて家探ししてもそりゃ見つからんじゃろなぁ。この屋敷こそ、御鷹が残した遺産なのじゃからの」
そして彼女はわざわざ扉を閉め、カチリ、と彼女たちの前で鍵を掛けてみせ、そしてまた鍵を開けて扉を開く。くすくすと悪戯な微笑をこぼしながら、フランヴェルは優雅な歩みでホールへと戻ってくる。
「さぁさ、くだらない茶番はこれにて閉幕じゃ。今すぐこの白桜邸から立ち去るがよい。お主らが求めているような代物はこの屋敷には存在せんよ。今おとなしく出ていけば……そうじゃの、通報はしないでやろうか」
「あ、姐さん? どど、どうするんです? ああ言ってますけど」
「ふ……ふ、ふふ……うふふふ……」
「……姐さん?」
不意に笑いだしたトレスの様子に、両隣のウノとドスが眉根を寄せ彼女に視線を送る。笑い声は徐々に大きく、その身体が震えるほどの高笑いにまで昇華していく。様子のおかしいトレスを見、彼ら二人は彼女の言葉を固唾を飲んで待つ。
「あ――っはははははは!! 茶番と来たか! くふふ、うっふふふ……! ふふふ……ッ!」
「わかったならさっさと出て行ってくれんかの。窓ガラスやら何やら修理せねばならんので――」
「ふざけるなああああああああああッ!!」
彼女の怒声と共に銃声が二つ鳴り響く。
いつの間にか引き抜いた拳銃を構え、トレスは血走った眼差しと銃口をフランヴェルに向ける。
「……何もふざけておらんよ? 正真正銘、この白桜邸が御鷹の遺産じゃよ」
「嘘よ……嘘に決まってるじゃない! あの豪商の遺産が、たかがこれっぽっちの屋敷だけなわけがない!? あるに決まってる……莫大な遺産! 金に、宝石に……ッ!! そんな戯言なんかいらないわ! いい加減に……ッ!」
「んな現金なモノは継いどらんよ。わらわが継いだのはこの白桜邸だけじゃからな」
「嘘だ……ッ! 嘘に、決まってる……!!」
「あ、姐さん……? ど、どうしたんすか? ちょっと、落ち着いて」
「………………いいわ、お嬢さん」
「……む」
ゆっくりと、スローモーションのように降りていく銃口。瞬間、フランヴェルの横顔に初めて不穏な気配が漂い、突然低く身構える。
「フランヴェル……?」
「いいわ、お嬢さんがそこまで隠そうとするならアタシにも手はあるの。最後の、最後の手段にしたかったんだけど……ねぇ?」
「……ほう?」
「出番だよ、クアーロ!!」
彼女の叫び声が爆ぜ、そして直後、聞き覚えのある震動音が東棟へと続く扉の向こうから伝わってくる。屋敷が激しく揺れ、震え、甲冑の類がカチカチと音を鳴らす傍らで――扉に、亀裂が走る。
ウゴォオオオオアアアアアアアアアアアアアア!!
咆哮、そして、衝撃。
粉微塵に破壊された扉の向こうから現れたのは、目測で身の丈3メートルオーバーという異形の大男だった。ドス、ドス、と重い足取りで近づいてくる男の姿を見、御幸は胃の腑から悲鳴が上がりそうになる。
「なん……だ? か、身体に、何がくっつ……ぃ!?」
巨人のような男の身体のあちこちから生えていたのは折れ曲がった鉄パイプや廃材の数々。衣服はズタボロで鼻が腐るのではないかというほどの強烈な異臭を放ち、歪に膨れ上がった全身の筋肉は変色して、まるで別種の生き物かのように鼓動している。もはや人間とは呼べないおぞましい化物だ。
「ば、バケモノ……!?」
「バケモノじゃない!! アタシの……大事な旦那だ!」
「アレが、旦那だって……!?」
人の形をしている、ただそれだけで、他に人たらしめる要素など一つもない。それなのに、トレスは狂気じみた眼光を光らせながら旦那と叫んだ。
「……クラリッサ、しばしの間御幸たちを頼む。ここはわらわが引き受けようぞ」
「了解しました」
「は……はぁ!? お前、何言ってるんだ!? あんなの相手になるわけないだろ!?」
「なーに、アレぐらいならわらわ一人でもどうにかなるよ。……うっかり惚れても構わんぞ?」
そう言うと、フランヴェルはゆっくりとしゃがみ込み自分の影に両手を付ける。紅の瞳を閉じ、彼女は精神を集中させる。
「コイツを使うのは……久々じゃの」
すると、彼女の手がまるで黒い泥の中にゆっくりと沈み込んでいく。手首ほどまで飲み込むとピタリと動きが止まり、次の瞬間彼女は飲み込まれていた腕を思い切り引き抜く。手には、艶美な漆黒に染まる双振りの細 剣が握られていた。不敵な笑みを浮かべ、フランヴェルは切っ先を化物へと向ける。
「……さーて、楽しい楽しいダンスの時間じゃ。一曲、願おうかの?」
有言実行!
ってワケで本日も1話更新です。
そして明日はわざわざかき氷を食べに行く予定。
次回更新も明日の22時頃。
では、待て次回。




