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サツジンキ  作者: Hukkuらはぎ
1/2

世界には絶対悪がある。そう信じ込んでいる僕はテーブルの上に置かれた新聞を見てため息をついていた。

「田村さんどうしました?」

そんな僕を見て、唯一信頼の置ける後輩井上勇輝が心配そうに駆け寄ってくる。

「いや、特に何もないんだけど…なんだろ?この事件は嫌な感じがする」

「刑事の勘ってやつですか?」

「からかうなよ」

「いやいや、刑事歴5年目にもなると、勘も働くんじゃないですか?」

心配そうに駆け寄ってきた割に軽口な井上を横目に新聞の裏に隠していた写真を取り出す。

「うわぁ。あれ?田村さん。それ、田村さんの担当でしたっけ?」

「いや、回ってきたんだよ。たらいまわしにね。だから、やりたくないんだよ。なんか裏があるというか、なんというか」

「でも、断らないんですね」

「それが僕の主義だからね」

「さすが、汚れ仕事大好き田村さん」

「お前本当にからかいに来ただけじゃないか?」

「そうですね」

心配そうな顔なんて、的外れな表現をしてしまったことにがっかりしつつ、写真を井上の見える位置まで持っていく。

「なんですか?嫌がらせですか?嫌がらせの報復ですか?」

「違う。よく見ろ」

「見ませんよ。そんなグロい写真」

「それでも刑事かよ。たかだかナイフ1本胸に刺さってるだけだろが」

「死体には変わりないです」

「確かにそうだけど」

ため息を吐きつつ続ける。

「ま、簡単に説明するとだな。この死体には争った跡がないんだよ」

「まぁそうですね。それだけですか?」

「それだけですかって…。争った跡も残さずに心臓を1突きなんて普通の人にはできないことだろ?」

「それは相手が殺人のプロってことですか?」

「そゆうこと」

少し考えているような仕草を取った後、井上は思いついたように携帯を取り出す。

「これ見てください」

「これは?」

「最近できたサイトなんですけど、このタイトルを見てください」

「『自殺補助サイト』?このサイトが何か問題でもあるのか?ありがちなサイトだろ?」

「刑事として、有るまじき発言ですよ」

「まぁ、そうなんだけど、こういう手のサイトってかなり多い上にあまり実行するやつなんていないじゃないか」

「そのあまりないことを疑うのが刑事だって言ってるのですよ」

ぐうの音も出ないほど正論に論破された僕は話を元に戻す。

「そのサイトが今回の事件に関係があると?」

「そうですね。関係があるどころの話じゃなく、このサイトの管理人が今回の事件の犯人だって僕は思うんですよ」

「根拠は?」

「それこそ刑事の勘です」

井上はいじらしく微笑む。

「はぁ…。実際は?」

「このサイトの背景を見てください」

「ナイフの写真か」

そのサイトの背景は携帯の写真で撮られたような、荒い画質だが、しっかりと血塗られたナイフが写り込んでいた。

「そうです。本題はこれからなんですけど、このナイフよく見てください」

「…。これ、現場に残されたナイフと同型のものか」

「そうです。どうですかね。これでこのサイトの管理人が調査の対象にはなりませんかね?」

「まぁ、ここでグダグダ言うのは先輩としての格好がつかないし、1度調査してみようか」



そんなこんなで…。いや、なんでこんことになったのか、なぜか僕1人がサイトの管理人との待ち合わせ場所に放置されていた。

「まぁ、いつも通りか」

僕はため息をつき、署内の自販機で買ったコーヒーを開ける。

「おやおや、路地裏で缶コーヒーとは刑事の鏡と言ったところですか?」

午後20時過ぎ、サイトの管理人が姿を現した。見た目は若く、性別は女。身長は160センチほど、体格は細身だが、身体能力は高そうだ。服装はスーツを着ている。これがこいつにとっての仕事着なのだろうか。

「お話ししたい…そう書いてありましたけど、刑事さんが私に何の用でしょう?」

「さっきも言おうとしてたんだけど、僕はお前に刑事を名乗ったつもりはないのだが」

「おやおや、失敬。調べればいろいろと出てくるのですよ。ネット社会の現代なら尚更ね」

女は不敵に笑う。しかし、不便な時代になったものである。個人情報が厳守されている時代でありながら、実はどこかしこに個人情報が漏洩している。矛盾の時代。いったい誰を何を信じれば、救われるのだろう。

「では、刑事さん。自己紹介とやらから、始めましょうか」

意外な展開だった。容疑者が自ら自分の名を名乗るだろうか?いや、これは自分は犯人じゃないから、名前くらい知られても問題ないということなのか?

「わかった。俺は田村。刑事の田村だ」

「田村さん。初めまして。私は赤崎と申します。どうぞお見知りおきを」

そう言うと、赤崎は深々と頭を下げた。

「早速で悪いが本題に入らせてもらう。今日の新聞の一面に殺人事件が取り上げられていたのだが、知っているか?」

「知っているも何も。それは私がやったことです」

赤崎は頭を下げたまま、静かにそう言った。

「それは事実か?」

「はい。私のサイトに書き込みがありまして、その内容に則した殺り方で、私が殺しました。しかし、殺した時に使用したナイフは現場に残してきましたし、ナイフは軍手をはめて使用したので、指紋も出てきません。ですから、私が殺したという証拠は何もありません。住民の少ないあの地域では、目撃者も居ないでしょうし」

「しかし、お前は今刑事の前で犯行を認めたんだぞ」

こみ上げる怒りを抑え、なるべく冷静に言葉を返す。

「同意の上の殺人ですよ?何が悪いのですか?」

「は?」

「いや、自分で死ぬのが怖いから、殺してくださいというお願い事を私は叶えてあげたにすぎません。なぜ、それが責められるのです?」

「ちょっと待て、僕の言った…」

「これが悪いのなら、安楽死を実行する。医師も刑務所行きだ。しかも…」

「自分の言いたいことだけ、グダグダ述べるな!」

僕の一喝に赤崎の身体が振動する。なおも頭を下げ続けている赤崎の表情はわからないが、落ち着きを取り戻せたようだ。そう直感した僕は話を進める。

「殺人は絶対悪だ。その悪を取り締まる刑事に事件の犯人は自分だと、お前はそう言ったんだ。証拠なんて、後々出てくる。だから…」

「だから、なんなんだ!」

赤崎は激怒した。

「だから、なんなんだ。殺人は悪かもしれない。だけど、望まれた殺人は悪なんかじゃない。依頼人の頼みごとを叶えてあげただけじゃないか。そう、簡単に言うなら…」

赤崎はゆっくりと顔をあげ、こう言った。

「救ってやったんだ」



「救ってやった?」

「そうです。世知辛い世の中から救ってやったのです」

赤崎は真顔だった。

「こいつは相当にイカれてやがるな。お前は刑務所で命の尊さについてみっちり学んでもらおう」

道徳心の欠片もない人間に説教など無駄だ。僕は懐に下げていた拳銃を取り出し構える。

「それじゃあ、刑務所じゃなくて、天国行きですよ」

赤崎はヘラヘラと笑う。

「お前に天国なんてねぇよ」

元より殺す気なんてない。狙いを右肩に合わせトリガーに力を込め、発砲した。はずだった。しかし、トリガーを引いた拳銃は弾を発射することなく、暴発し粉々に砕け散った。

「なっ!?」

整備は完璧だった。なのになぜ?

「クフフ」

困惑する僕を見下すように赤崎は頬を吊り上げながら、自分の着ているスーツの上着のボタンを外していく。

「田村さんは動体視力とか悪い方ですか?」

「あまり良くないね」

拳銃の暴発で損傷した左手の痛みを堪えながら、赤崎の言葉に返答する。

「じゃあ見えなかったのでしょうね。ま、相当に動体視力が良くなければ、見えないんですけどね。ホラッ。これですよ。これを銃口に投げて拳銃を暴発させたんです」

見れば、赤崎のスーツの裏には数本のナイフが隠されていた。

「人間業じゃないな」

「私はプロですから」

「お前が投げたナイフはどこいったんだ?」

「ん?何ですか?証拠に持って帰ります?でも、残念ですね。私が銃口に投げたのは強度が極めて低いナイフでして、拳銃が暴発した際に一緒に砕け散りましたよ」

そこまで計算してやったことなのだろうか?だとすると、こいつは危険すぎる。これまで会ったどの犯人より、凶悪で狂ってる。ここで引き止めなければ、これからもこいつの手で何人もの命が奪われてしまう。ここで捕まえなければ。しかし、どうやって?戦闘のプロにたかが刑事一人でどうしろと?赤崎の動きに注意を払いつつ、塾考する。

「万策尽きましたか?私も暇じゃないんで帰りますよ?」

すぐに次の手に打って出ない僕を見かねたのか、赤崎は身体を反転させた。これは好機だ。そう確信した。赤崎の視界に僕が写ってない以上、僕の行動は把握できないはず。しかし、僕の足は動かなかった。いや、正確に言うと、動かすことができなかった。右足が前に出ない。

「これは証拠が欲しがっている田村さんへのプレゼントです。まあ、これに懲りて私には関わらないでくださいね」

赤崎の言葉にやっと、身体があるべき感覚を脳に伝える。

「ぐあぁ」

右足からの激痛。全身を痺れさせるほどの痛みが脳まで駆け上る。ナイフが右足の甲を貫き地面に突き刺さっていた。

「私が今日持ってきたナイフの中で一番長いナイフです。少し抜くには時間がかかると思いますが、後遺症は残りません。では、私はこれで」

苦悶の表情を浮かべその場にへたれこむ僕とは対照的に赤崎は鼻歌交じりにその場から去っていった。結果として、僕は赤崎という凶悪な殺人鬼を取り逃がしてしまったのだ。

「くそっ!」

右足を貫いているナイフを掴み、力を込める。一度激痛を与えられ、アドレナリンが多量に分泌されている今、ナイフを足から引き抜くのは、楽とは言いがたいが、貫かれたことを気づいた時よりは幾分かはマシだった。地面までも貫いていたナイフを引き抜き、ポケットから携帯を取り出す。

「ああ、本部か。殺人犯が逃走した。取り逃がして申し訳ないが、こっちは動ける状態じゃない。代わりに追ってくれ」

その後、僕は駆けつけた救護班に連れられ、署内の医療施設へと運び込まれた。結局その後、駆けつけた警官も赤崎を取り逃がしてしまい、赤崎は行方を眩ませたそうだ。



「左手の損傷に右足の重症ですか。散々ですね」

翌日、重い、本当に重い足を動かし、やっとの思いで出社した僕を井上はいじらしい笑みで迎えた。

「ああ、利き手と利き足やられたよ。そういうお前もボロボロだな」

迎えた井上もかなりの怪我をしているようだった。両腕に巻かれたギプスと包帯の量が傷の深さを物語っていた。

「そうなんですよねぇ〜。両腕骨折ですよ。本当に酷いですよね」

本当に酷い怪我だった。

「昨日はお前も大変だったみたいだな」

「田村さんが取り逃がさなかったら、こんな目に合うことはなかったんですよ?」

「それは申し訳ない限りだが、お前だって、あれと対峙してわかっただろ?」

「そうですね。あれと対峙するには相当な実力が必要ですね。そうですね…例えば、一キロ先からスナイプできる人とか。なんにせよ人外的な力が必要ですね」

井上はため息まじりに自分のデスクに腰を下ろす。

「人外的な力か。それはおいおい考えるとして、あのサイト。どうにかして潰さないとな」

「潰すのは簡単ですけど、あんなサイトはいくらでも作り直せますよ」

現代機器については理解を示さない僕にとっては、どうしても事を簡単に考えてしまうのだが、自分の考え通りうまくいきはしないようだ。

「ま、なんにせよ、両腕ギプスと松葉杖ができることなんて、事務作業くらいですよ」

井上はそう言いながら、パソコンの電源を入れる。しかし、諦めの悪い僕は昨日の一連の出来事を再生し、どこかにキーとなるものがなかったか記憶を探る。

「諦めの悪い人ですね。田村さんは。そんな無駄なものまで背負ってたら、禿げますよ?それに今の状況だったら、何回挑んだところで当たって砕けるだけです」

井上はニヤニヤと笑いながら、パソコンから僕へと目を移す。

「別に僕は当たって砕けるような事を考えてるんじゃないよ」

そう言えば、やつの投げたナイフの一本目は砕け散ったな。砕け散ったナイフ?いや、そこじゃない。そのナイフを投げた赤崎の手は…素手だった。だとすると、僕の足の甲を貫いたナイフには赤崎の指紋が残ってるんじゃ。それを検査すれば、

「赤崎の住所くらいは割り出せるかもしれない」



そこからは早かった。トントン拍子に事は進み、赤崎というのは偽名で本名は見上刹那だということ、そして住所が判明した。

「しかし、指紋調査なんてとっくにされてるものだと思ってましたよ。本当にここはいい加減ですよね」

「まあそう言うな。むこうはむこうなりの理由があるんだろ」

「こういうのは諦めが早いんですね」

「内部のことに興味はないからな」

「なんですか?ラスボスは内部にいるとでも思ってるのですか?」

「可能性の話しだよ」

「田村さんは面白い方ですね。刑事ドラマの見過ぎですよ」

「よくあるから、ドラマになるんだよ」

なんてことのない会話をしているうちに目的地に着いたようだ。僕はポケットからメモを取り出し、最終確認を行う。

「よし。合ってる。ここが赤崎の、いや見上刹那の家だ。覚悟はできてるな?」

「大丈夫ですよ。僕らは死にません」

現場に向かう際に必ず出る井上の口癖が今回ばかりはある種のフラグにも見えたが、当然だがこいつを死なせるわけにはいかないし、僕もまだ死にたくない。

「よし。行こうか。とりあえず、僕がインターホンを鳴らすから、後ろの警戒をしておいてくれ」

「了解です。田村さんが背後を取られた時は僕の死んだ時です」

「怖いこと言うなよ」

状況が状況だけに全く笑えないジョークだ。

「とりあえず、後ろは任せる」

僕はそう言い、インターホンを鳴らした。

「はーい」

インターホン越しに女性の声が響く。

「刑事の田村です。少しお話しをと」

「あら?刑事さんですか?…少しお待ちください」

それからしばらく経ってから、ドアが開かれた。いや、緊張感から時間感覚が狂ってるのかもしれない。もしかしたら、ほんの二、三分だったのかもしれない。それはさておき、家の中から女性が顔を覗かせた。年齢は50代程度。白髪混じりの女性は少し驚いたような顔で僕たちを見ていた。まぁ、無理もないだろう。両腕ギプスの人間と松葉杖をついている人間が玄関に立っていれば、誰だって驚く。

「すいません。刑事の田村と井上です。ここは見上さんのお宅でよろしかったでしょうか?」

「あ、はい。そうですが…」

「では、見上刹那さんもこちらにお住まいですか?」

「はい。刹那は娘です」

正直驚いた。あそこまで狂っている見上刹那にまだ家族が存在していたとは…僕はてっきり…。

「あの、刹那が何かしたのでしょうか?」

「あ、いや、そうそう。お宅の娘さんを傷害の罪で追っているのです。よければ、ご協力のほどお願いしてもよろしいでしょうか?」

僕は軽く頭を下げ、懇願する形で協力を要請した。

「チッ」

下げた頭を戻そうかとした瞬間、前方から舌打ちのような音が響いた。そして、続けざまに

「許さない」

と憎悪に満ちた声が響く。慌てて、顔を上げた僕は目の前にいる見上刹那の母親の表情に思わず後ずさった。

「こんなこと…」

そう呟く、見上刹那の母親の表情は憤怒を極めていた。

「あ、あの…」

「すみません。刹那は最近はずっと外出してまして、行方は私たちも存じ上げません。協力できなくてすみません。では、私はこれで」

そう言うと見上刹那の母親は家の中に戻ってしまった。そして、鍵のかける音が小さく響いた。



その後は近隣の住民に聴取を行ったが、見上刹那についての直接的な情報はなく、僕らはすごすごと署に戻ることになった。

「あ、ここに居たんですね。田村さん。今回の調査は変則的でしたけど、何か狙いがあったのですか?」

残っていた事務作業を終え、休憩室でくつろいでしたところに同じく事務作業を終えた井上が入ってきた。

「いや、今回は犯人が割れてるわけだし、手順を省いたんだよ」

「でも、結局、近隣の住民に聴取したじゃないですか」

「あれはする必要が出てきたからだ」

「と言いますと?」

「今日会った見上刹那の母親の態度が気になったんだよ。 だから、何かないか探ってたんだよ」

「なるほど。メモメモっと」

井上はもうボロボロになっている小さいノートにメモを取る。

「そんなこといちいちメモ取らなくても現場に出てたら、嫌でもそうするようになるよ」

「いえいえ、書くことは大切です。僕は田村さん程自分の記憶力を過信してませんから」

「過信してるんじゃない。経験で身体に染み付いてんだ」

「それは失敗の原因になりますよ?」

「あーわかったよ。次からはメモ取るよ」

まったく。有能な部下を持つと苦労するな。

「あ、そうそう。メモ取りついでにもう一つ書いておいて欲しいことがあるんだが」

「はい。なんですか?」

                                     続く・・・

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